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EX# とある僧侶の人生

◆エピソード:

 とある僧侶の人生 第一週以前◆


 私が今住んでいるは、この大陸の北東に位置する〈カーウェル皇国〉にある《宝瓶之迷宮》というダンジョンだった。

 しかし私自身がそれを望んだ訳ではなく、それは不慮の事故によるものだった。


 私は裕福な家庭に生まれ、それなりに充実した人生を送っていたと思う。

 幼い頃に魔法の才を見出し、だが争いごとには興味がなかった私は僧侶の道を歩み、これまで多くの迷える子羊達を救済してきた。

 怪我をした者を見れば無償で癒し、救いを求めてきた者がいれば神の教えを説き、生きる術を持たぬ子供達を発見した時には少なくないお金と共に孤児院に預ける。

 人々は皆感謝し、少なくない笑顔を私に見せてくれた。

 そのような顔を見るのが私はとても好きだった。


 稼ぎ頭であった父を事故で亡くし、流行り病で母が亡くなった後、私は旅に出る。

 人々からは僧侶様と呼ばれていても、私は別に教会に属していた訳ではなく、個人的に奉仕活動をしていたお人好しの慈善家だった。

 土地や組織に縛られずより多くの人々を救いたいと思った私は、ちょうどその頃町を通りがかった冒険者パーティーの一つに少し無理を言い、住み慣れた村を出る。

 確かその時はまだ12歳だったと思う。


 回復魔法が使え、また聖水を自作出来るぐらいの腕は持ち合わせていた私を、仲間はとても歓迎してくれた。

 戦闘力はほとんど無いに等しかったが、私という後衛職をパーティーに迎えた事で戦闘がかなり安定しだし、彼等は非常に喜んでいたと思う。

 ただ、行く先々の町や村で私が奉仕活動に精を出しすぎてしまい、たまに自分の蓄えが底を尽き、仲間達に何度となく迷惑をかけてしまう事には少なからず辟易したかもしれない。

 その欠点も含めて彼等は私の事を好いてくれていた。

 呆れた顔をした彼等の顔が、仕方ないなといった風の苦笑へと変わる。

 その顔を見るのが私は大好きだった。


 だがそんな充実した日々も終わりがやってくる。

 悲しい別れではなかった。

 仲間の一人が子をお腹に宿し、それが切っ掛けとなりそのパーティーは解散する事になった。

 その子供の父親も仲間の一人で、前からずっとそういう関係だった事は知っていたので、その別れは半ば予想していたものである。

 僧侶である私が2人に祝福の言葉を与え、誰もが笑顔でその別れの時を迎えた。


 それからは一人で各地を放浪し、自分が食べるに困らない程度に奉仕活動を行い続けた。

 とはいえ私には戦闘能力がほとんどないため、治療の報酬や自作の聖水を売ったお金での生活となる。

 旅自体はそれまでの冒険者生活で慣れているのでほとんど問題なかったが、やはり手に入るお金は微々たるもの。

 自然と、私が好きな笑顔を見る機会も減っていった。

 それでも人々に奉仕する喜びは私の中から消える事はなかった。


 そんな私の噂をどこかで聞きつけたのだろう、偶然通りかかったとある国の旅の司祭様が私に声をかけてきた。

 もしその気があるのならば、手渡された紹介状を持って一度彼の国に来て欲しい、と。

 そうすれば彼の国の巡回司祭の地位が与えられ、多少束縛を受けるだろうが私の活動を国が支援してくれる筈だ、と司祭様は言う。


 私は、仕える神が違うのでは?と聞いた。

 司祭様は、人々を救済するのに仕えている神は関係ない、とおっしゃられた。

 そして彼の国はそれを許容する、とも。

 神ではなく世界樹を崇め奉っているので何も問題ないと言う。


 私はその申し出を有り難く受ける事にした。

 季節は長い冬が開けたばかり。

 人々の顔にも暖かな春の笑みが浮かぶ季節でもある。

 まずは北に向かう旅となるので、その開花していく春の笑顔を追うように旅をするのもまた楽しそうだ、などとその時の私は少し浮かれていた。


 北に向かえば雪が増えていく。

 その事は当然頭の中にあったし、これまでの経験から雪や寒さに対する知識もあった。

 事前に聖水をしっかり用意しておけば、モンスターから襲われても逃げ延びる事は難しくない。

 一人では危険だと思う道は、護衛を雇って旅をする商人に同行を申し出ればほとんどの場合は温かく迎え入れてくれる。

 回復魔法を使えて高い報酬を求めない私のような巡回僧侶はそれほど珍しくなく、彼等も慣れているからだ。

 何も問題なかった。


 いつも通りに旅をする。

 行く先々で治療を行い、自作した聖水を売り、神の言葉を伝え、日々の糧を得る。

 稀に不死者(アンデッド)の浄化依頼を受け、思わぬ大金が転がり込んでくる事もあった。

 そんな場合には、私は手に入れた大金をこれまで通り惜しみなく人々の救済のために使用する。

 困っていた人を助けて得たお金で、困っている人達を救う。

 いつも通りの旅だった。


 だが、それだけではいけなかったのだ。

 今思えば、私はとても恵まれていたのだと思う。

 父母が生きていた頃は、2人が私を影から支えてくれていた。

 仲間がいた頃は、彼等が私の無知をカバーしてくれていた。

 私が自分の思い通りに行動出来るようにと、いつも誰かが私に足りないものを補ってくれていた。

 その事に気付いた時にはもう遅かった。


 旅をするという事は、事前に旅の安全を確保するために情報収集をしておかなければならない。

 どの道を進めば良いのか、どのような対策が必要なのか、どれぐらいの日数がかかるのかなど、色々な事を聞き集めなければならない。

 もちろん私も旅の前にはきちんと情報収集を行っていた。

 だが、必ずしも全ての情報が揃う訳ではない。

 特に私は一人で旅をしているので、集まる情報も一人分しかない。

 その事をもう少し良く考えておくべきだった。


 旅の危険を極力回避するために、これまでは仲間と共に巡った土地をメインに活動していたから問題無かったのだろう。

 そのルートから外れ、初めての土地を旅する事に対する配慮をもう少しするべきだった。

 いくら私が今は冒険者ではなく、基本的にダンジョンには用が無かったとしても、この大陸の至る所にあるダンジョンの情報は――特に、最も危険な《黄道十二異界(ゴールドダンジョン)》の情報は、もっと良く集めておくべきだったのだ。

 その国が比較的危険度の少ない土地であり、またダンジョンの脅威も低いという情報に私は安心するべきではなかった。


 〈カーウェル皇国〉にある《宝瓶之迷宮》の入口は、国の至る所にある。

 だがそのダンジョンの難易度は初級から中級。

 私が以前所属していた冒険者パーティー《山羊の牙(バフォメットファング)》は上級目前という強さだったので、それほど脅威とは感じなかった。

 戦闘力のない私一人では流石に危険ではあるが、私には自慢の聖水がある。

 逃げるだけならばそれほど問題になるようなダンジョンではなかった。


 だがこの《宝瓶之迷宮》には、通常の入口以外にもダンジョンに入る方法があった。

 それは、地上に空いている無数の穴。

 閉じる事も出来ず、しかも不定期に位置を変えてしまうという、明らかに罠としか思えない地面にポッカリと空いた穴。

 その穴は入る事は許されても、その穴から出る事は決して許されないという。

 落ちても深い階層に落とされる訳ではないので、運が良ければ出てくる事も不可能ではない。

 そんな穴に、私は運悪く落ちてしまった。


 雪のない季節に旅をしていれば、きっと私はその穴に落ちる事は無かっただろう。

 事前にもっとよく情報を集めていれば、周囲だけでなく地面も良く観察してから用を足しに向かっていた。

 一人で行動していなければ、もしかしたら救援を望めたかもしれない。

 私は自分が愚かであった事を悔いた。


 しかし。

 そんな愚かな私がいたからこそ、助かった命もあった。

 あの穴に落ちてしまうのは、何も私だけではないのだ。


 穴に落ちれば当然怪我をする。

 私は回復魔法を使えたので問題無かった。


 穴の中はダンジョンなので、下級とはいえモンスターが徘徊している。

 水さえあれば私は聖水を作れるので、モンスターを寄せ付けないようにする事が出来た。

 但し全てのモンスターに効く訳ではないし大量に作れる訳でもないので、流石にそのダンジョンを脱出する事は出来なかった。


 あとは食さえ確保する事が出来れば生き永らえる事が出来る。

 幸運にも、私が餓死してしまう前に、そこそこの腕を持った若者が穴に落ちてきてくれた。

 いや、その事は決して喜んではいけない事なのだが。

 お互いに不幸ではあるものの、幸いでもあった事は確かだろう。


 聖水で安全圏を確保しつつ、若者と協力してモンスターを狩る日々が続く。

 そうしているうちにまた新しい住人が穴から落ちてきた。

 足を滑らせてしまい落ちてきた若者とは違い、その者は町で悪事を働いた事でこの穴に放り込まれたのだとか。

 早く言えば盗賊。

 本来ならば私はその者に己の過ちを悔いて更生するよう長い長い説教を行うのだが、時間はたっぷりとあったので毎日少しずつ説いていく事にした。

 毎日聞かされる本人にとっては大変迷惑であろうが、私にそれを止めるつもりはない。

 これも運命だと思い、諦めてくれ。


 それから更に暫くして、また一人落ちてくる。

 4人目は現役の冒険者で、しかも生粋の戦士だった。

 穴はどこにでも空くらしいので、酔っぱらって町を散歩している際に悪運を引いてしまったらしい。

 だが帯剣していたので、一気に戦力がアップした。


 現役の戦士がいて、小回りのきく盗賊がいて、それなりに戦える若者がいて、そして回復の出来る後衛(わたし)がいる。

 私達はダンジョンを脱出する決意を固めた。

 欲を言えば何らかの攻撃魔法を使える者が欲しかったが、それは贅沢というものだろう。

 そこまで運が良ければ、そもそも私達はこの穴に落ちるような事にならなかった筈だ。


 しっかり準備期間を取り、聖水を持てるだけ作る。

 ほとんどその場凌ぎになってしまうが、慎重に脱出計画を練る。

 力不足だと判明したらまた此処へ戻り、新たな戦力が確保されるまでレベルアップに努めるという提案には戦士が難色を示したが、私と若者と盗賊の3人は今更なので多数決でその案は可決される。


 そして遂に決行の日が訪れた。


 遭遇するモンスターは全て倒し、通って来た道には聖水を巻いて逃げ道の確保と後方から襲われる危険を排除する。

 強敵が現れる可能性が高い水場には出来る限り近づかず、宝箱があっても決して開けないようにし、モンスターから取れる素材も最小限に留めた。

 周囲を慎重に探りながら、時には少し大胆に通路を駆け抜け、私達はそのダンジョンの入口へと向けて着実に進んでいった。


 だがそこで想定外の出来事が起きる。

 私達は、そのダンジョンに別の穴から落ちてしまった子供に遭遇した。

 しかも子供は運の良い事にまだ生きていた。


 すぐに私は子供を介抱し、安全を確保するために残り少なくなっていた聖水を迷わず周囲へと振りまく。

 と同時に、脱出の一時中断を主張。

 地上に妻と子を残しているという戦士はかなり渋り、明らかに足手纏いが増える事に私以外の全員が難色を示していたが、最終的に3対1で私の主張は受け入れられる。

 若者と盗賊の2人は、例えこの子供を見捨てても今脱出するのは難しい事をしっかり理解していたからだろう。

 戦士もその事は理解していると思うのだが、感情を優先してしまう傾向にあった。


 それは兎も角として、私は子供が助かった事に安堵する。

 聖水で安全圏が確保されていない場所に、しかも穴の真下にどれだけの頻度でモンスター達が通り掛かるか、4人の中で経験的に知っているのは私しかいない。

 だからこの子供が助かったのは、本当に運が良かったと言うしかなかった。


 この新たな出会いが果たして私達にとって吉となるか、凶となるか。

 獣の耳と尻尾を持っていた子供と、混沌の民(ヒューム)である私達4人のダンジョン暮らしは続く。




[《僧侶(クレリック)》〝×××〟が規定人数の命を救った事を確認しました。


 〝×××〟は『職業昇格(クラスアップ)』可能レベルに達しています。


 〝×××〟は『職業昇格』条件を全て満たしている事が確認されましたので、『職業昇格』申請(ねがい)が届き次第、『職業昇格』します]





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