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白きエーテルエッジ  作者: 本文:帆立 イラスト:響灼
第12章
48/52

第48話:最後の戦いへ

 十数体のブラックマターにイクとシロコは包囲されていた。

 影人形は二重三重に二人を囲っている。易々と通してはくれないだろう。


「強行突破するわよ」


 シロコは両腕両脚を獣のように用いて垂直に跳躍した。

 放電の光が彼女を包み、目を眩ませる。

 着地したときには、彼女は猛々しき瑞獣ビャッコに変身していた。

 白き虎は唸り、牙を剥き、黒柄の混じる白い体毛から威嚇の電撃を撒き散らす。


――背中につかまって!


 言われるがままイクが背中に飛び乗るや否や、ビャッコは四肢を躍動させて地を蹴って疾走し、その巨躯でブラックマターの包囲を強引に突き破った。体当たりを食らった影人形たちが木の葉のように宙を舞った。

 稲妻の速度でビャッコは疾駆する。

 めまぐるしく流れていく灰色の都市の風景。

 時折、熱光線の赤い線が紙一重の位置で二人を追い越していく。

 樹根を俊敏に避け、絡み合う枝葉のトンネルを低姿勢でくぐり、無秩序に建ち並ぶ木立を紙一重でかわしていく。熱光線を浴びて倒壊した建物も軽々と。大通りで待ち受けていた底なしの陥没も難なく飛び越えてしまった。

 彼女に振り落とされまいと、イクはビャッコの体毛を握り締めて背中にぴったり張り付いていた。髪を逆立てる風圧が彼の胆を嫌というほど冷やした。



 追撃を振り切り、人型に戻ったシロコは額の汗を拭った。


「地上が燃えていたわ。町や人だって」

「あれが『地の底に眠る怪物』もろとも地上の文明を滅ぼした魔法兵器……ヒラサカ。ブラックマターでは飽き足らず、あんなものまでも」

「災禍の只中でも平然と進軍する兵士――ブラックマターを不死に仕上げた一番の目的、なんとなく理解したわ」


 がむしゃらに逃げて辿り着いた場所は繁華街。

 まばゆい。

 赤、青、黄……原色の妖しい光が闇に溢れている。太陽が没して夜が訪れた都市は、建ち並ぶ店舗のきらびやかな明かりで幻惑的に照らされていた。イクとシロコにもここが夜の歓楽を求める場所だとすぐにわかった。

 仰げば満天の星。雲のない夜空で輝く彼らを遮るものは夜空を貫く塔群くらい。その塔群の無数の窓には四角い明かりがおぼろ灯っている。俗っぽいまばゆさで装飾された街の空には、幻想的で清廉な美しさがあった。

 二人はただただ立ち尽くして幻想世界の夜空を見上げる。言葉無く。凄惨な映像を目の当たりにしてかき乱されていた心が、すとんと落ち着いていた。


「星の輝きひとつひとつがはっきりわかるわ」

「空に近い場所にいるからかな。俺たち、雲より高いところにいるんだから」

「月だっておっきくてまるい。手を伸ばせば届きそう」


 夜空にめいっぱい腕を伸ばすシロコは手のひらを握ったり開いたりして、星を捕まえるふりを無邪気に楽しんでいた。その仕草に、彼の記憶に懐かしい少女シロコの面影がちらついた。

 イクも異形の右腕を天にかざす。

 星に願いを託すかのように。

 それから二人はまた密着し、互いの体温を確かめ合った。


「こんなときにこんなことしてる場合じゃないんだがな……」

「どんなときだろうと『こんなとき』だろうと、この一瞬一瞬は私たちに与えられた『生きている時間』よ。宿命だとか使命だとかに占有されてがんじがらめなんて、そんなの生きてる意味なんてない」

「生きてる意味か」

「それを見出せなかったヒラサカは、世界を巻き添えに破滅へと至ろうとしてる」

「生きる意味を見失ったら獣と同じ。本能に従って生きるしかなくなる。だからか」

「知恵や善悪の概念を認識した私たちは、摂理の円環から逸脱した存在。だから恋愛を楽しんだり、命がけの冒険に心を躍らせたり、おいしい料理を食べたり、楽しい音楽を聞いたりして、生きる行為自体を謳歌する……あのおじいちゃんの受け売りの人生観だけど」

「あのときのシロコ、相当酔ってたじゃないか」

「あら。だとしたら私の演技も捨てたものじゃないわね。二日酔いはホントだったけど」


 イクの肩を押して距離を取るシロコ。


「ああでもしないと私の本音、伝えられなかったから」


 照れ隠しのつもりか、上目遣い気味にはにかむ。イクにはそれがたまらなく愛しかった。

 二度目の『ふれあい』も長くは続かなかった。

 林立する灰色の塔の中でひときわ背の高い一本の塔――芸術性を取り入れた、ねじれた形をしており、銀色の表面が都市の灯火と月光、月明かりで輝いている。その塔から突如、夜空に向かって青白い光の奔流が柱となって立ち昇っていったのだ。


「魔力の光が目で見えるまで濃くなっている。二射目を撃つつもりか」

「させない。私とイクが旅してきた場所を壊そうとするなんて!」


 シロコは再び瑞獣ビャッコに変身する。


――痛みを知るためだけじゃない。イクが暮らす場所を守るために、私はビャッコの姿で世界を駆けてブラックマターと戦ってきた。だってそうでしょ? 呪いから解放されたって、住む場所がなくちゃ意味がないじゃない。


「俺だって同じさ。キミが人間だとかミュータントだとかにこだわらず幸せに暮らせること。それを願って旅をしてきた」


――ふふっ。なら私たち、ずっと以前から相思相愛だったのね。


 軽口をつくビャッコの背中にイクは飛び乗った。

 商店が多数を占めていた地区を抜け、背の高い塔が集中して建ち並ぶ地区に進入した二人は、魔力の光を立ち昇らせるねじれた塔の前に到着した。


『株式会社エセルメディカルコーポレーション・エセルタワー』


 開け放たれた門扉の大理石にその名が掲げられていた。

 エセル製薬本社。

 ヒラサカは確実にここにいる。


「行こうシロコ」


 つないだ手をぎゅっと握り締める。


「最後の戦いに」

「私とイクを取り巻く全部にケリをつけましょう」


 イクとシロコは息を合わせて門扉を押した。



 エセルタワー内部には異世界が広がっていた。

 門扉を抜けて自動扉を隔てた向こうは、茶色く曇った空とススキの白い穂が風にそよぐ平野。

 何の神を祀っているのか、ちっぽけな(ほこら)がそこかしこ点在している。中には木が腐って朽ち果てたものもある。漠々と広がる地に、祠は打ち捨てられたかのように点々と建っており、そよぐススキのもの悲しい雰囲気と相まって、まるで神々の墓地であるかのよう。


「古い神さまがたくさん祀られてる」

「神さまの世界、って雰囲気だな。それか、死者の往く場所か」

「静かで穏やかで、さびしいわね。ススキのそよぐ音しかしない。古い祠もなんだかもの悲しい」


 ススキのそよぐ地を歩いていくと、黒い影に二人は遭遇した。

 ブラックマターが朽ちた祠の前でひざまずき、両手を合わせて祈りを捧げていた。足音を殺して通り過ぎるイクとシロコの存在を無視して、ひたすらに。影人形の人間味のある行為を初めて目撃したイクは、通り過ぎるまで祈祷の様子をじっと観察していた。

 彼らが本来は何者で、どういった経緯で影人形に成り果てたのか。彼は何処の神にどんな祈りを捧げているのだろう。

 想像をめぐらしたイクは彼らに同情の念を抱いた。


「イク、後ろ!」

「ぐっ!?」


 首筋に強烈な熱の痛みが走る。

 祈りを捧げていたブラックマターが突如、照射された熱光線を浴びて祠を巻き込んで爆ぜた。紙一重でシロコが抱き寄せてくれなければ、爆ぜていたのは熱光線の射線上にいたイクであったに違いない。

 イクとシロコの背後に新手の影人形がいた。

 不気味な複眼が備えられているはずの顔面には、嫌というほど知っている者の顔がうっすら浮かんでいる。ただし、黒々とした増長と尊大が特徴だった悪党面は、今は虚ろな表情をしており、自我を感じさせない。石膏で型を取られた仮面のよう。


「ほんっと、執念深さならこいつの右に出る者はいないわね」

「……クルーガー。今のお前がヒラサカの悪趣味な演出で生まれた死の成れの果てだとしたら、暴虐の報いとしては妥当なところだ。お前に関してはちっとも同情しない」


 不運にも攻撃に巻き込まれて爆ぜてしまったブラックマターは、散らばった破片を合体させて元通り人型に再生し、別の祠へと去っていった。取りこぼした破片が別固体の小型ブラックマターに成長し、その後ろに追従していった。

 影人形クルーガーは幽霊めいた足取りでゆらゆら接近してくる。

 その間、地面から次々とブラックマターが湧いてくる。

 生じてくる影人形たちは影人形クルーガーと同様、誰かしらの人間の面をしている。生気の失せた双眸は虚空を見つめており、やはり彼らも自我を奪われていた。

 輝ける命を有するイクとシロコを目指してふらふらと近寄ってくるその様子は、己のいるべき位置――主の足元に影が帰ろうとしているかのよう。

 イクとシロコは駆けた。掻き分けるススキの穂のくすぐったさを感じながら。

 肩をぶつけてしまった祠の足が折れて倒れ、それに足を引っ掛けたブラックマターがぱたぱたと重なり倒れる。知性のかけらも窺わせない彼らは命の光を目指し、貪欲に動いているのだろう。

 振り切ろうが振り切ろうが、人面ブラックマターは地面から無尽蔵に生じてくる。逃げても逃げてもススキの地は延々と続き、二人は否応無く焦燥に駆られる。

 地面から出た黒い腕が、息を切らしたシロコの足首をついに掴んだ。

 足をもつれさせて転倒するシロコの前に、影人形クルーガーがぬるりと湧いてきた。

 影人形クルーガーの額に熱光線の光が宿る。

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