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白きエーテルエッジ  作者: 本文:帆立 イラスト:響灼
第12章
47/52

第47話:伝説の真実

 

 エセルシネマ。

 黄金の剣が描かれた塔の入り口上部にその名は記されている。現代語と意味が同じならば劇場の類であろう。受付らしきカウンターはあるし、カーペットの敷かれた細長い廊下が薄闇の彼方に続いている。

 イクとシロコは廊下の先で見つけた『シアタールーム』と表示されている分厚い扉を押し開けた。

 天井が高く、最奥に舞台が据えられたひな壇状の広いホール。窓はなく、ほとんど暗闇。オレンジ色に灯る小さな照明が気休め程度に全体を照らしている。折り畳まれた革の椅子が連結されて何列もひな壇に並んでいて、舞台には白い幕が垂れている。

 王都のオペラハウスと雰囲気が似ている。

 ひな壇最上段の狭い通路から楽屋裏へと至る。

 楽屋裏には正体不明の機器が大小さまざま置かれていた。壁にも用途不明のスイッチが無数に設置されており、隅には円盤状のケースが乱雑に積み重なっている。二人の目を特に引いたのは丸いガラスがはめ込まれた長方形の物体で、天井から吊るされたそれは小窓越しにホールの白い幕を睨んでいる。二人は首を傾げた。


「ディオン教授が以前話してくださった撮影機の類か。直線上にはホールの見える小窓が備えられてるな。ここから演劇を撮影していたのか」

「イク、わかるの?」

「えーと、あっちの円盤状のケースにはフィルムが入ってるのかもしれない」


 へえ、とシロコは感心する。


「私がいない間に随分と古代文明にかぶれたじゃない」

「ミソギから教わったんだ。飛行船とか地下施設とか、古代文明に触れる機会も多かったしな」

「ふぅん」

「とはいっても、機器の操作なんてできっこないぞ」


 暗がりを進んでいたイクは足元の機材につま先を引っ掛けて姿勢を崩し、壁に手をついた際に誤ってスイッチを押してしまった。

 天井に吊るされた長方形の物体が低い音を唸らせて起動する。はめ込まれた丸いガラスから光が照射され、小窓を抜けてホールの白い幕全体を照らした。

 荘厳な音楽が鳴り始める。


「……ホールに映像が」

「『撮る』のとは逆の『映す』機械だったみたいね」


 二人は足元の機器を蹴り倒す慌しさでホールへと急いだ。

 白い幕に黄金の剣の『映像』が映写されていたのだ。



 劇場を後にした時分には、頂点にあった太陽は茜色に色を変えて天の地平線に沈みつつあった。

 うわの空のイク。

 シロコは頬を上気させている。

 長い映像を観終えてから二人は、現実感を薄れさせる妙な浮遊感に包まれていた。


「終わりまで見入っちゃったわね」

「すごい迫力だったな」

「映像の爆発に合わせて大きな音がホールに響いたとき私、びっくりして飛び上がっちゃったわ」

「俺も心臓が止まるかと思ったよ」

「イクの『ひっ』ってうわずった声、面白かったわよ」

「あのな……」

「あんな娯楽がたくさんあったのなら、古代文明も悪くない時代だったのかも」

「古代人はああやって演劇を映像に記録した『映画』を観て楽しんでいたらしい。旅路でミソギに教わった」

「またミソギさん? イクったらデート中に他の女の子の名前出してばかり。癪ね」

「でっ、デートだったのか?」

「もちろんデート。逢引よ。前だって王都グリアを二人で観光したじゃない」


 こんなふうにね。

 とシロコはイクと手を繋いだ。

 彼女の姉カズラをさがして修道院を訪ねたのも、今となってはやけに遠い思い出だとイクは感じた。

 うんと背伸びしたシロコは、前屈みになってイクの顔を覗く。

挿絵(By みてみん)


「案外、楽しめたんじゃない?」

「……右腕の呪いと無関係だったらな」


 おどけた口調を努めていたシロコであったが、イクの顔にかかった陰を払うには不足していた。

 黄金の剣がもたらす奇跡によって、人に仇名する巨人『地の底に眠る怪物』を倒し、人類に恒久の平和がもたらされる――それが映画のあらまし。ディオン教授が隠し持っていた遺産の映像でも見覚えのある場面がいくつかあった。

 それは人々の興奮と感動を駆り立てる劇的……演劇であった。

 主人公の青年が勇気と知恵を合わせて戦い、ヒロインの美女が青年の無事を祈る。衆人は主人公の勇敢なる行動を目の当たりにして奮起し『怪物』との戦いに挑む。ときに悲愴な、ときに勇壮な音楽を背に――旧人類の文化に疎い二人にだって理解できた。この臨場感溢れる映像は史実を記録したものではなく、民衆の退屈を紛らわすための娯楽。王都グリアの貴族たちがこぞって観ていた演劇の類なのだと。

 だとしたら『怪物』を打倒する切り札となった『至宝』は、劇中の小道具に過ぎないのではないか。

 ここまでの旅路は全部、無駄足だったのか?

 すがっていた希望を打ち砕かれ、打ちひしがれる。


「願いを叶えてくれるなんて都合の良い代物、あるわけないよな」


 イクは自嘲する。


「早合点しないで。ミソギさんたちと合流して情報交換しましょう」

「ディオン教授が氷雷会(ひょうらいかい)から守っていた遺産も、ただの映画の宣伝道具だったんだ」

「悲観的になってても解決しないわ」


 胸の内で燃え盛っていた炎はあっけなく消えてしまった。

 ヒラサカとの決着が急にむなしく、どうでもよくなる。数多の冒険者が目指してきた天空都市が空虚でだだっ広い空間としか認識できない。自暴自棄になりつつあり、このままシロコと二人、ここで余生を過ごそう、などとあまりにも馬鹿げた考えすら浮かんできてしまった。

 まだ己の意思で動かすことができるかどうか、異形と化した右腕の手のひらを開いたり握ったりして確かめる。指を曲げると金属の擦れ合う音がする。感触は喪失している。一応のところ自由は利くとはいえ、自分の肉体の一部とは到底思えなかった。

 よしんば呪いに関係する研究施設を見つけられたとしても、ここまで変異してしまった肉体をすっかり元通りに治療できるのだろうか。

 居たたまれなくなったシロコに背後から抱きしめられる。


「教授から預かった依頼もこれじゃこなせないな。右腕の呪いだってもう――」

「諦めちゃだめ」


 抱擁が強まる。痛いくらい。


「せっかく再会できたのに、ここで諦めるなんて悲しすぎるわよ」

「これが俺に対する罰なんだ」

「私はあなたに罰なんて望んでない」


 イクと向き合ったシロコは彼の肩を幾度も揺する。


「だいじょうぶ。だいじょうぶよ。だって私たち、伝説の天空都市に来れたのよ。奇跡の一つや二つもらったっておかしくないわ」

「奇跡……そうだな。奇跡か。奇跡でも起きない限り、俺の腕は」

「イクってば!」


 そのとき、奇怪な音が都市の森にこだました。

 狂った狼の遠吠えに近い、説明しがたい人工の音で、耳にする者の恐怖を煽る。

 次いで、点在する街灯から機械的な音声の避難指示が流れてくる。


――天空都市浮上安定装置の異常が発見されました。緊急メンテナンスが完了するまで市民のみなさまは局員の指示に従い最寄りのシェルターに避難してください。繰り返します。天空都市浮上安定装置の――


「シロコ、あそこのモニターを見てくれ!」

「もっ、もにたー……?」

「あの大きなガラス板だ!」


 交差点の中央にやってきた二人は、塔に嵌め込まれた街頭モニターを見上げる。

 モニターに映る映像は都市の最外周、空と都市の境界のがけっぷち。

 槍型の鋭利な突起が都市側面からせり出してきている。その周囲から小型の突起が四つ、合計五つの突起が出現した。

 四つの小さな突起の先端に青白い光が灯る。


「……地上もろとも『地の底に眠る怪物』を焼き尽くしたと云われている魔法兵器」

「これも映画なの!?」


 五本の突起が傾斜し、先端を地上に向ける。

 否応無く胸騒ぎを覚えさせる。

 先端に宿っていた光が中央の突起に集束し、一つの光の塊となる。光の塊は平たく変形し、表面に紋様が描かれて魔法円となった。

 地鳴り。

 破壊をもたらす魔力が高まる余波か。

 四つの小型の突起は依然として中心に魔力を送っており、魔法円の光は際限なく強まっている。沈みゆく太陽の反対、夜の闇に呑まれつつある東の空は青白く染まり、モニターの映像が映画ではないのを証明していた。

 地鳴りから地響きに。そして最終的には地震と呼べる規模まで震動が大きくなる。さび付いた電子看板が頭上から落下し、砕けた金属やガラスが飛散する。脆い足場に根ざしていた古木が次々倒れていき、鳥たちが逃げ場を求めて一斉に飛び立った。

 魔力が極限に達する。

 東の空にまやかしの暁が訪れた次の瞬間、魔力の光が魔法円から放出された。

 突起の先端から濁流のごとく魔力がほとばしる。

 視界がぶれて定まらなくなる激震。内臓までも揺さぶる轟音が夕暮れの寂寥をぶち壊した。

 たとえるなら大時化(おおしけ)に呑まれた船。

 強烈な閃光がまぶた越しの眼球を熱くする。

 歩くどころか直立しているのもおぼつかなかった二人は、激しい横揺れに投げ出されて地面を転がった。二、三度道路の上でもてあそばれながらも街灯につかまり、目が焼かれないよう地面に伏せて地震をやり過ごした。

 震動が収まり、騒がしかった葉擦れが静まる。光も消えて夜が舞い戻る。塔の落下物も降ってこなくなった。

 木琴の能天気な音色の後、無機質な機械音声の放送が続く。


 ――緊急メンテナンスの完了をお知らせいたします。天空都市浮上安定装置の修理は無事に終了いたしました。シェルターからの退出は局員の指示に従うようお願いいたします。市民のみなさま、ご協力大変感謝いたします。なお、指示に従わず屋外にいた方は局員と共に天空都市保安課までご同行ください。


 街頭モニターはグリア大陸の俯瞰映像に切り替わっていた。

 何者かからイクたちへの見せしめなのか。魔法兵器が発動した場面が再生される。

 槍状の先端から発射された魔力の光線が荒野の一点に落ちた――その途端、すさまじい魔力の塊である光の柱が昇り、線路や小村を巻き込んで大地が爆ぜた。

 地がえぐられ、大量の土砂が巻き上がる。直撃を免れた周辺の都市は魔力の熱でまたたく間に業火に呑まれた。挙句、巻き上がった土砂が降り注いで無作為に建築物を破壊していった。

 乾いた風しか吹いていなかった荒地に天変地異がもたらされた。

 映像が再び切り替って都市の様子が映される。

 煙と粉塵で空は塞がれている。

 業火の赤が黄昏(たそが)れた都市を染めている。

 激しく踊る炎に混じり、多数の影法師が地面から起き上がってゆらゆら揺れている。

 ――否、それは影に似せた不死なる人形。黄泉の魔王が遣わした心無き尖兵。

 大挙して押し寄せてきたブラックマターの軍勢が、業火から生き延びたわずかな者たちを捕食している。影人形たちは飛来する土砂を浴びようが倒壊した建物に巻き込まれようが、欠損部分を修復させて平然と進軍していた。

 地を焼く天空の雷を受け、立ち向かう勇気を奪いつくされた人間とミュータントは火の海を逃げ惑っている。


「……ようやくお出ましね」


 地獄の有様に釘付けになっていたイクは、シロコの台詞で初めて己の危機を自覚した。


「ブラックマター!」


 召喚されたブラックマターの群れが二人を包囲していた。

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