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白きエーテルエッジ  作者: 本文:帆立 イラスト:響灼
第12章
46/52

第46話:ふたりが辿り着いた場所

 天空に都市を浮上させて『地の底に眠る怪物』から逃げ延びた旧人類。

 経た星霜は千年。

 地上に置き去りにされた同胞たちと同じ結末を、最終的には彼らも迎えたらしい。新緑に呑まれたからっぽの都市が何よりの証拠であった。

 断裂した道路から伸びる樹木が灰色の塔に絡まって生い茂っている。四六時中走っていたといわれる自動車や、昼夜を問わず活動していた人々の喧騒の代わりに、今は小鳥のさえずりが飛び交っている。

 幾千の冒険者たちが夢見て目指した天空都市エセル。

 その探索にイクとシロコは挑んでいる。


「随分と、えっと、その、見違えたな」


 戸惑いがちにイクは言った。

 一歩先を歩いていたシロコが立ち止まり、長い髪を翻しながら振り返った。


「お褒めにあずかり光栄ね」


 目鼻立ちや声からは幼さが消え、背丈はイクに追いついてしまった。シロコの驚異的な成長は生物の常識から逸しており、伝説の天空都市に降り立ったにもかかわらず、イクは彼女の変化にもっぱら注目してしまっていた。


「瑞獣ビャッコになった私は長い月日、混迷の大陸を駆け回った。いろんな人たちと出会ったわ。畏れる人、敵対する人、友好的な人……ブラックマターから彼らを守っていくうちに、いつしか私は守護神と崇められるようになっていたわ『ビャッコさま』って。本当に多くの出来事があった。外見も性格も、あなたが驚くくらい変わるのも当然よ」


 突如として獣に変貌したかと思えば、元に戻ったときは十年近く成長を遂げている。人工的に生み出された亜人ミュータントはやはり、人間と酷似していながら決定的に違う点を持っている。


「見えざる痛みを知りたくて、シロコは戦っていたんだよな」

「あなたと同じ、守る者の痛みを知ることができれば、あなたに少しでも近づけると思って。ふふっ、以前の私ってば健気な性格をしていたでしょ?」


 変化は外見に留まらない。性格からも幼稚さが抜け、イクをからかえるほどに言葉遣いが多彩になった。潤った唇の動き、歩くときの腰使いや艶かしい指先の仕草も妙齢の女性に相応しくなっていた。


「私はずっと、あなたと対等になろうともがいていた。あなたがいつか対等と認めてくれるのを待っていた。対等になることはつまり、その人と限りなく近い存在になれることだもの。あなたの一番近くにいられる存在に私はなりたかったの」


 シロコの真剣なまなざしがイクを射抜く。

 独白とも取れる彼女の告白は、二人の旅の最終目的がそれであったのだと錯覚させるくらいの、強い想いを宿していた。

 彼女の告白を耳にするまでイクは少しも気づけなかった。大切な存在だからと背中でかばい、一身に痛みを引き受けていたその実、彼女自身はその痛みを欲しがっていたのだ。守られる立場ではなく、隣に並んで共に歩む関係を彼女は望んでいたのだと、イクはようやく気づいたのだ。


「シロコ」

「なに?」

「これからは二人並んで生きよう」

「もちろんよ。私はそれを最も望んでいたの」

「二人で痛みを分け合おう」

「私とイクの二人なら、どんな痛みだって耐えられるわ」


 ある意味、

 ある意味で、

 イクとシロコの精神的な終着点は『ここ』であった。

 過ちの清算とか贖罪とか――

 命を救ってくれた恩だとか、真なる(かたき)だとか――

 そういった因果のしがらみから解放されて今、二人を結んでいるのは旅路で育んだ絆。

 未熟な二人は、近づきすぎて傷つけあったり――

 遠退きすぎて見失いかけたり――

 大いなる悪意に翻弄されたり――

 紆余曲折に幾度見舞われようと、繋がっていた絆を手繰り寄せあって再会できた。かそけし絆は荒波に呑まれても千切れることはなかったのだ。


「イク、もっと近くに」


 手と手を繋ぎあった二人は互いに寄せ合い、肉体を限界まで密着させた。

 それから静寂が訪れる。

 静寂は十を数える時間で終わった。


「そういえば、俺たちはどうして助かったんだ? ヒラサカの飛行船の爆発に巻き込まれて地上に落ちたはずじゃ――」

「その真下に天空都市エセルはあったの。傍目からは雲に見えるよう魔法で擬態していたみたいね。ヒラサカもすぐ近くに天空都市があることに気づいていたわ」

「だからああも執拗に攻撃してきたのか」

「ヒラサカもここに辿り着いたのかしら」

「きっといるだろうな」


 恐らくこの天空都市エセルがヒラサカとの最終決戦の場になるだろう。

 早まる心臓の鼓動はさながら、刻一刻と近づいてくる運命の足音。

 静かに緊張するイクを尻目に、シロコはくすくすと笑っている。


「愛しかったわ、膝枕をしてあげてたときの、あなたの安らかな寝顔。髪はさらさらで膝がくすぐったくて、ほっぺたはぷにぷに柔らかくて。さっきの唇の感触も――」

「さっ、先を急ごう!」


 やはり相手にしづらい。

 彼女の意地悪な物言いに慣れないイクはばつが悪そうに頭を掻いた。



 生い茂る蔦や葛を太刀で払いながら塔内部を進む。途中、多足虫型クリーチャーと遭遇したものの、運よく息を潜めてやり過ごせた。人間が死に絶えてもクリーチャーは生き延びていたのだ。

 塔の中心近くまでたどり着き、扉付近の端末を操作して昇降機を起動させる。タカマガの秘境や地下遺跡などで機械の類に触れる機会が多かったため、こういった操作にもすっかり慣れていた。

 二人を乗せて昇降機は上昇していく。一階の食品フロアから二階の婦人服・紳士服フロア、三階の音楽・書籍フロア……と上部のパネルが順々に点灯していく。


「こうやって塔を登っていると、二人で遺跡を探索していた頃を思い出すわね」

「大きな蜘蛛型クリーチャーに追いかけられたこともあったっけな」

「ホントはあんな奴、私の電撃魔法でいちころだったのよ」

「ほ、本当か……?」

「私が嘘をついているとでも?」


 地上の遺跡と異なる点は、都市全体の電源が完全に生きていること。照明はもとより、自動開閉式の扉や昇降機も、物理的に破損していなければほとんど自由に使用できた。つまるところ、人間さえ生きていればこの都市も不滅でいられたのだ。

 屋上へ到着し、ほの暗い箱の中から開放された屋外へ。

 長年の風雨で苔むし、錆ついた屋上フロア。

 点在する児童向け遊具のほとんどは軸が折れ、むなしくそこらに転がっている。端の方には簡易劇場らしき施設の面影があった。鉄道を模した玩具も、かろうじて線路のみ床に貼り付いたまま残っていた。


「灰色の塔がいっぱい。競い合って背を伸ばしてるみたい」


 緑色に侵食された灰色の都市。

 住処としていた旧人類はことごとく去り、今は動植物たちにその跡を譲っている。

 天空都市エセルの大地は円形にくりぬかれて浮遊しており、最端の崖際からは青い空と流れる雲が覗き見れる。青空をじっと見つめたまま目を凝らすと、遥かなるグリア大陸がぼやけて見えた。


「私たち、ずいぶん遠くまで来ちゃったわね」


 風にもてあそばれる髪を手で押さえながら、シロコは感傷的につぶやいた。


「目的地はあっちだな」


 イクが指差した先には闘技場に似た楕円形の施設。

 その只中に天駆ける舟トリフネが着陸している。ミドたちも無事に天空都市エセルへと辿り着けていたのだ。


「早くみんなに私たちの無事を知らせてあげないとね」

「多分四人とも、俺とシロコが死んだのを前提に動いているだろうな」


 二人も仲間を失った彼らの心境を想像したイクはいたたまれなくなり、一刻も早く合流しなければと奮起した。


「最初にトリフネを見つけたときよりも離れてしまったみたい。やっぱり迷子になってたんだわ。塔に登って正解だったわね」

「だが、道に迷うたびに塔に登っていたら埒が明かない。道具を調達できたことだし、ちゃんと地図を描いていこう。塔に登るのはこれっきりだ」


 シロコは雑貨屋で手に入れたペンとノートに周辺の簡易地図を描いていき、現地点からトリフネへの道のりを導いていく。計画的に建てられた整然とした都市構造だったため、地図自体は簡単に出来上がった。


「トリフネに着くには早くて半日かしら。最短距離を行けばそう遠くないでしょうけど、安全な道を選んで迂回する必要がどうしてもありそう。徒歩では越えられない障害やクリーチャーもいるでしょうし。肉眼で把握できる範囲だけど、安全そうな道順をいくつか選んでみたわ。どうかしら?」


 シロコが提案してもイクは生返事で頷くだけだったので、彼女は「ちゃんと聞いてる?」と彼の顔を覗きこんで訝った。


「ごっ、ごめん。なんていうか、知的になったな、って驚いてたんだ。語彙が多様になったし、論理的に物事を説明できてるし」

「あら、以前の幼稚で駄々っ子な私のほうが好みだったかしら。小さくて、か弱くて、無知ゆえに無垢で、庇護欲をかき立てられて」

「そういうわけじゃ……」


 すっかり参って目をそらしたイクは偶然、あるものを視界に捉えた。


「シロコ! あれを見てくれ!」


 トリフネとは正反対の方角を見るようシロコを促す。

 大通りの十字路を二つ越えたところの塔に、長方形の看板が掲げられていた。


「……剣だわ。ぴかぴかに光るきれいな」

「黄金の剣。ディオン教授の映像で観た『至宝』だ」


 看板にはうら若き美女。

 手に握られているのは、月桂樹の若葉が絡む黄金の剣。

 その剣はただの剣にあらず。

 その剣は人の願望を顕現させる万能たる至宝。

 伝説の実在を確かめようとイクたちは昇降機へ向かう。その半ば、うごめく化け物に行く手を塞がれた。

 立ちはだかるのは大蜘蛛型クリーチャー。

 大蜘蛛は獲物の接近を感知するや、口から糸を吐いて捕獲を試みてくる。糸はシロコの腕に絡まった。

 太刀で糸を断とうとしたイクであったが、シロコは心配無用とばかりに不敵に笑んでいた。


「かえって狙いやすくなったわ」


 彼女は次の瞬間、大出力の電撃を解き放った。

 放射された電撃は彼女と敵を繋ぐ糸を導線にしてほとばしり、大蜘蛛型クリーチャーをあっという間に黒こげにした。


「言ったとおりでしょ『いちころ』だって」


 炭化した糸を払いながら得意げにシロコは言った。


「ちょっと待って」


 一階の出入り口から外に出たイクは、後ろに続くシロコに手首を軽くつかまれた。

 彼女は彼の足元で屈む。

 そして、足元に咲いていた可憐な花を一輪、手折り――かけたところで指を茎から離し、周りの土を浅く掘り、根ごと花を手のひらに載せた。塔の影で咲いていたそれを陽当たりの良い場所に移した。

 シロコの心身の成長を、イクが最も実感した場面であった。

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