表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白きエーテルエッジ  作者: 本文:帆立 イラスト:響灼
第11章
41/52

第41話:ばかげた因縁に決着を

「いつもいつも」


 踏み潰した吸殻を執拗に踏みつけるクルーガー。


「いつもいつもいつも! てめぇらは俺の邪魔立てばかりしやがる!」


 憤りに任せるまま踏みつけ、踏みつけ、踏みつけ、地団太となる。踏みにじられた葉巻は無残に分解され、茶色のくずを灰色の床に散らしていた。


「思い返せば小僧、てめぇに会ってからだった。俺の運命が狂っちまったのは。てめぇは正真正銘、呪われた人間。不幸をふりまく存在だ」


 聞くに値しない、八つ当たりめいた大人げない文句。しかし思いがけず、クルーガーが

無闇に放つ言葉はひとつひとつ、イクの心の弱い箇所を的確についてしまった。心の揺らぎをさとられまいと、奥歯を噛みしめて彼は耐えた。

 甲高い口笛に応じて背後から黒服の男が続々と現れる。


「俺たちは新生氷雷会(しんせいひょうらいかい)。謀反に失敗して尻尾を巻いて逃げたヒラサカに代わって、俺が新しいボスになったんだよ。ちくしょう。何が『黄昏と暁』だ。ふざけやがって。あの片目女のベラドンナも前々から鼻持ちならなかったんだ」


 本人らがいなくなったのをいいことに散々悪態をつく。


「穴倉に潜んで息巻くクズども、か。ヒラサカが見たら腹を抱えて笑うに違いない」


 カズラに冷笑されたクルーガーは「ほざけ、未開人の獣女が!」と理性のかけらもなく吠えた。

 新生氷雷会は、おおむねカズラの評するとおりであった。

 新生を自称していながら、取り巻く手下は両手で数えられる程度。おまけに持っている得物もナイフや斧といった原始的な武器のみ。民衆からの迫害を怖れて地下に籠っているせいで弾薬もろくに調達できないのだろう。マフィアと呼ぶにはあまりにみすぼらしい、山賊に片足を突っ込んだ出で立ちであった。

 クルーガーの怒号を合図に、黒服の男たちは目を血走らせて襲いかかってきた。

 オレンジ色の電灯が照らすトンネル内、敵味方入り乱れての戦闘。視界の悪い薄暗闇で多数の人影が無秩序に躍る。

 戦いの行方はあっけなく決した。がむしゃらに暴れるだけの連中にイクたちが後れを取るはずもなく、頭数に倍近くの差があっても男たちは軽々とあしらわれてしまったのだ。そもそも男たちは親分に対する忠誠が致命的に欠けており、どいつもこいつもイクたちに敵わないのを理解した時点で降伏、あるいは逃走してしまった。

 肝心の親分は子分よりも逃げ足が早かった。手下たちが乱戦を繰り広げるどさくさに紛れてクルーガーは姿を消していた。


「尻尾を巻いて逃げちゃいました」

「放っておけ。立ち呆けていた私たちに矢を当てられなかった時点で、奴の運命は決まったも同然だったんだ。『天駆ける舟』とやらをさがすぞ」

「罠に用心だね。あいつ、なりふり構わず僕らに復讐してくるだろうから」


 敵を退けた一同は突き当たりの巨大昇降機で更なる深部へと至る。金属ワイヤーを巻き上げるウィンチの恐ろしげな音が長々と響く。扉の上部で点灯する数字がB1からB2に移り、やがてB3『駐車フロア』に達したところで昇降機は停止した。

 白い光に目を細める一行。

 最下層の空間は白色の明るい電灯でくまなく照らされていた。

 等間隔で並ぶ四角柱。小型昇降機も遠くにいくつか見受けられ、天井には管が張り巡らされている。壁沿いには長方形の白線がずらり引かれている。線に合わせてところどころ輸送機械『自動車』が停められているため、見通しは悪い。


「クルーガーはマフィアの幹部にまで上り詰める実力を持っていながら、粗野な性格が災いしてこの最期を招いた」


――イザベル。裏切り者のくせして知った口利きやがって。


 どこかに身を潜めているのであろうクルーガーの声が反響する。


――てめぇが誇りにしているその剣でどんな真似してきたか、お仲間の前でぶちまけてやろうか。


「貴様らからの報酬を見返りに『決闘』と称して市民を殺し、土地の所有権をぶんどってきた話か? 猛者と血の昂ぶる闘いができると聞かされて喜び勇んだが、いやまったく、とんだ期待はずれだった」


 笑いすら交えて自らあけすけに語るイザベルに皆、仰天していた。彼女の血の気の多さを過小評価していたクルーガーも二の句が継げないのか、しばし黙っていた。


――……それよりも小僧。俺と手を組まないか。俺たちで新生氷雷会の旗揚げだ。影人形どもがはびこるグリア大陸をまとめ上げようぜ。手下になれだなんてケチなことは言わねぇ。俺と小僧、二人がアタマだ。


 イクは不愉快に眉をひそめる。ミドすら「この状況でどんだけ図々しいのよ」と呆れ果てていた。


――だが、あのいけ好かねぇ獣女だけはダメだ。ミュータントほど陰気で信じられないものはないからな。俺が大陸を仕切ったあかつきには未開人どもを徹底的に排斥してやる。文明社会についていけない邪魔な獣どもめ。


 仲間の制止を振り切ってカズラが前に進んでいく。


「クルーガー、よく聞け」


――それ以上近づくな!


「今からお前を殺しにいく」


 理性を伴う殺意が静かなる宣言に含まれていた。

 コンクリートの床を叩く駆け足の音が遠くよりし、柱と自動車の間に影が幾度かちらつく。次いで扉が乱暴に閉められる音が端のほうからした。

 カズラは険しく細めた両眼で前を見据えたまま白線を跨ぎ、駐車された自動車を避けて進んでいき、隅っこに発見した小部屋の扉を蹴り壊した。

 モニタールームと書かれた小部屋。

 壁に埋め込まれた多数の四角いガラス板には遺跡の様子が映し出されている――雪の吹き溜まりとなっている遺跡の入り口、薄暗いトンネル、そしてこの駐車フロア。その他、目に付くのは……。


「舟が停泊している」


 小部屋の分厚いガラス窓一枚隔てた先は、巨大な船渠になっていた。眠っているのはグリア城地下にあったものと同じ鋼の船舶。やはり帆の無いマストに金属の羽が畳まれている。この地下遺跡にも天空都市へ至るための舟が残されていたのだ。

 浮上させた天空都市へと人々を運ぶための舟。天駆ける舟。天空都市タカマガに昇るためのこの舟には『トリフネ』と名づけられていた。


――ついに見つけたぞ!


 大男の歓喜がガラス越しにも届いてきた。



 船渠に降り、トリフネの前でクルーガーと対面する。


「これさえ、これさえあれば俺は……神になれる。ヒラサカになんて負けやしねぇ」


 鋼の船体を仰いでいた彼はイクたちに正面を向ける。最期の賭けに臨む彼の表情は媚びと怯えと自尊心で醜く歪んでいた。


「なあ、もう一度提案する。俺と手を組まないか」

「くどい」

「ああ、そりゃあ武器を持ってちゃ信用ならないよな」


 クロスボウを捨てて諸手を挙げる。


「氷雷会残党どもを束ねるには、元幹部の俺の力が絶対に必要だ。俺はまだ連中に影響力を――」


 言葉のさなか、突風でクルーガーのつばつき帽子が宙を舞う。

 唖然とする彼の両眼に映るのは、鉤爪を振るったカズラ。

 ふわりと帽子が床に落ち、同時に彼の額に浅い傷が一文字に引かれた。

 一文字から垂れる血が目に入る。

 正気をたがが外れたクルーガーは袖に忍ばせていたナイフを翻し、猛然と攻撃をしかけてきた。

 捨て鉢の一撃。閃く刃。

 マフィア仕込みの果敢な攻撃は、今まさに引導を渡そうとしていたカズラの不意をついた。獣の勘が働かなければ、痛み分けのかすり傷では済まなかったであろう。

 飛ぶ血のしずく。

 血走ったまなこ。

 食いしばられた歯が開かれ、幾多の地獄を経験してきたであろう大男の雄叫びが轟く。


「俺の舟だあああああッ!」


 振り切ったナイフを持つ手を振り下ろし、二度目の攻撃に転じてくる。

 ……が、それが届く前に、カズラの鉤爪が彼の心臓を貫いていた。

 猛獣の雄叫びはくぐもったうめきを最期に止まった。

 カズラが腕を引き、鉤爪はするりと抜かれる。

挿絵(By みてみん)

 支えを失った大男は数歩よろめいて踏ん張る。握りこぶしを突き出す。掌中に仕込んでいた小型拳銃の引き金が引かれ、訪れかけた静寂は発砲音で破られた。発射された弾丸はカズラの髪をわずかに躍らせ、モニタールームの窓を粉々に砕いた。

 刹那の拍に込められたマフィアの意地。

 それを見せ付けた後、クルーガーは仰向けに倒れて吐血した。

 ちくしょう……ちくしょう……未開の……獣人間め……。

 残された生命力は怨嗟のつぶやきに費やされた。

 高鳴っていた二人の心臓のうち、片方が止まった。

 まんまるに見開かれた眼は最期まで鋼の舟を捉えていた。


「あの世でフェルナンデスと仲良くするんだな……こんなものでアタシの怒りは収まるものか。アタシは必ずシロコを取り戻して、そしてヒラサカを報いの刃で刻んでやる」


 肩で息をするカズラは鉤爪を横に薙ぐ。刃を濡らしていた鮮血が飛散した。

 ミソギが掲げたタブレットから赤い光が一筋伸びる。

 赤く細い光の筋はトリフネの船体を飾る水晶の装飾に当てられる。すると、その真下の側面に長方形の切れ目が生じ、跳ね橋の要領で倒れて船内へと導くタラップとなった。

 鋼の船舶は無言で彼らを招く。

 イクたちは慎重な足取りでタラップを踏み、船内へと入っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ