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白きエーテルエッジ  作者: 本文:帆立 イラスト:響灼
第1章
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第3話:意外な報酬

 回れ右して、イクとシロコは階段を駆け上がっていく。


「おっきくて足いっぱいで目もいっぱいで気持ち悪いよー!」


 シロコはしきりに叫ぶ。

 背後から迫りくるのは『おっきくて足いっぱいで目もいっぱい』の大蜘蛛型クリーチャー。八本の足を機敏に動かして階段を這い、獲物たちを追う。ギロチンさながらカチカチと顎を鳴らす音が近づくたび、シロコは悲鳴を上げていた。

 肉薄してきたクリーチャーをイクが蹴り落とす。

 階段の踊り場まで転げ落ちても大蜘蛛型クリーチャーは執拗に階段を這い上がってきて、銃を構える隙すら与えようとしない。太刀を抜こうにも、こうも狭くては自由に振り回せないうえ、そばにシロコがいる。

 二度目の蹴りをかます。

 クリーチャーは再び転げ落ちていった。

 もと来た階まで駆け上る。

 渡り廊下を抜けようとしところでイクは足を止める。先走ろうとするシロコの肩も掴んで引き止めた。

 ガラス張りから差し込む光を反射して、放射状の網がかすかに視認できる。周到なことに、退路には既に大蜘蛛型クリーチャーの罠が張り巡らされていた。


「ドア開かないよ!」


 シロコが別の渡り廊下へと続く扉を開けようとしている。

 機械によって管理されていた古代人の『ビル』は電気の供給が途絶えた現在、ほとんどが硬く閉ざされている。冒険者たちが踏み入っていない新たな扉を開けるには、火薬でこじ開ける必要がある。

 残された道は上へと続く階段のみ。

 袋小路に追い詰められていく静かな危機感をイクは覚えた。



 階段を上りきって最上階に到達する。

 正方形に開けた、だだっ広い空間。

 緑に呑まれた古代文明の街並みが、ガラス張りの壁から見下ろせる。

 千年前は古代人たちの会議場として利用されていたのだろう。

 今は大蜘蛛型クリーチャーの寝床と成り果てている。

 床から外壁、天井まで、そこら中に蜘蛛の巣が張り巡らされていて、白い繭の形をした卵のうがところどころ転がっている。イクとシロコ同様、まんまと誘い込まれてしまった餌食たちの腕や脚などの破片も散見される。

 粘つく床が足を絡め取る。地の利は捕食者側にある。

 震えるシロコがイクに抱きつく。


「怖いよ」

「不安がらなくていい。俺がキミの盾になる」

「白い魔法、使うの?」


 返事の代わりに、イクはシロコの白い髪を獣の耳ごとやさしくなでた。

 右腕のあざが疼きだす。まるで己が存在を主張するかのように。

 失われた家族や左脚に代わってシロコを守る。

 それがイクの使命、購い。

 命を削る結果になろうと呪いの力――エーテルエッジを解き放つ覚悟だった。

 抜刀して敵を待ち構える。

 階段の入り口の暗闇に、無数の赤い光が浮かび上がった。


「来るぞ!」


 大蜘蛛型クリーチャーが階段から這い上がってきて、万力めいた顎を鳴らしながら素早い動きで襲いかかってきた。シコロは頭を抱えてしゃがみこむ。イクは迎撃の一瞬を見極めんと、精神を研ぎ澄ました。

 大蜘蛛型クリーチャーが飛びかかってくる。

 その突撃を紙一重で回避しつつ、すれ違いざまに太刀を振りぬいた。

 軽い手ごたえ。

 ちぎれて宙を舞う、毛羽立つ節足の一本。

 大蜘蛛型クリーチャーは突撃の勢いを殺さず、壁を伝って天井に這い上がって敵の間合いから逃げる。イクたちの真上に位置取った。

 口の先から粘性の糸を吐く。糸をかぶって視界を奪われたイクがたじろぐ隙を狙い、クリーチャーは天井から降下してきた。

 イクは細目を開けて天井を睨み、拳銃を掲げて引き金を引いた。

挿絵(By みてみん)

 落ちる撃鉄。響く轟音。伝わる振動。

 大蜘蛛型クリーチャーは降下のさなか、中空で一度跳ね、粘つく床にひっくり返った状態で墜落した。落下の衝撃で半透明の体液が飛散した。

 イノシシ大の胴体ど真ん中が撃ち抜かれており、体液が漏れ出ている。

 もがいていた七本の節足が、ぴたりと動きを止める。

 好奇心に動かされたシロコが、恐るおそるクリーチャーを指でつつく。大蜘蛛はもはや微動だにしなかった。

 緊張から解放されたイクは、床に突き立てた太刀を支えにして全身の力を抜いた。

 銃口から硝煙が立ち昇っている。

 

「探索のたびにこんな戦闘を繰り返していたら、命がいくつあっても足りない」


 事の発端が誰であるか思い出してシロコはしょぼくれる。

 うなだれながら、か細い声で「ごめんなさい」と謝った。


「キミのせいじゃない。俺だってきっと罠にかかっていたさ」

「遺跡って怖いところなんだね。もう勝手に先にいったりしないよ。イクの言うこと、ちゃんと聞くから」

「ああ。キミは俺の背中にいてくれ」


 拳銃をベルトに戻し、太刀を鞘にしまう。


「命に替えてでもキミを守り抜く」

「ホントは私も強いんだよ? 虎に変身して『がおーっ!』って吠えられるし、雷の魔法でビリビリさせてやれるし」

「その台詞、今朝も聞いた」


 両腕を伸ばして威嚇の真似をするシロコに、イクは苦笑した。

 ガラス張りの壁に近づく。


「また階段を下りなくちゃな」


 地上からここまでの高さを目算して嘆息した。



 どうにかこうにか塔を降りた二人。

 遺跡に背を向けようとしたとき、シロコがイクに拳を差し出してきた。


「イクにこれ、あげるよっ」


 拳には一輪の花が握られている。

 白い花弁の小さな花。

 きっと名も無い野辺の花なのだろう。

 シロコは頬を染めつつ上目遣いで彼の顔を伺っている。

 イクが「ありがとう。小さくてかわいい花だ」と手を包み込むと、彼女は弾けるような笑顔を見せてくれた。



 その夜、イクとシロコは酒場に足を運んだ。

 酒場の扉を開け放つ。

 賑やかなざわめきと音が飛び出してきて、夜の静寂は破られた。

 冒険者や鉱山帰りの労働者たちがテーブルを囲んで、各々酒と料理と雑談を楽しんでいる。そんな彼らの間を縫って、従業員の女性が皿を両手にせわしなく立ち回っている。カウンター越しに覗ける厨房でも、料理人たちがせっせとフライパンを振っている。

 冒険者と労働者たちの憩いの場。

 喧騒と料理の匂いが混じるここは、うらぶれた荒野の町で唯一活気の残っている場所であった。

 小さなテーブルに腰を下ろす。

 イクはぶどう酒と干し肉を、シロコはミルクとパンを頼んだ。


「シロコ、依頼完遂の旨を掲示板に書いてくれないか」


 頼まれたシロコはカウンターに備えられたメモ帳とペンを借りにいった。

 イクは掲示板に目を走らせ、依頼主からの連絡の有無を確かめる。

 掲示板には、依頼の書かれた紙切れがおびただしく張られている。

 遺跡の探索やクリーチャーの討伐、尋ね人の捜索に賞金首の捕縛。依頼の内容は多種多様。依頼主もみなしごから公的な機関、正体不明の組織まで、さまざまである。

 他の冒険者たちも酒や肴を片手に掲示板を眺めたり、依頼の受領を書き足したりしている者もいる。


「あっちのおじいちゃん、手を振ってるよ」


 戻ってきたシロコが隅の席を指差す。

 依頼主の学者が腰かけている。手間が省けた。

 持ち帰った遺産を渡すなり、依頼主は「すばらしい!」と狂喜した。

 無学な冒険者たちが好き勝手に遺跡を荒し、遺産を分解して金属を抜き取るせいで、こういった完全な状態の遺産はなかなかお目にかかれないのだという。遺産を手にした依頼主は大いに満足していた。


「カタナと銃の使い手イク。噂に違わぬ仕事ぶりだ」


 酒が回っているのも功を奏し、上機嫌な依頼主はただでさえ高額な報酬に銀貨をいくらか加えてくれた。

 そして去り際、彼は更に思いがけぬ情報を二人にもたらした。

 それはイクにとって銀貨の山よりも貴重な情報であった。


「君、腕のあざを治す方法をさがしているとか言っていたね」


 固唾を飲み、イクは首肯する。


「大学務めの友人がね、似た模様の紋章を研究していたのを思い出したよ」

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