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白きエーテルエッジ  作者: 本文:帆立 イラスト:響灼
第7章
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第28話:見えざる証明

 ミソギの棲家は、さながら社か神殿の趣向であった。

 住み心地は二の次で、聖女たる彼女の神聖さを保つための造りを重視されている。

 応接室の丸椅子に腰かけるシロコと、両手をかざして癒しの光を浴びせる対面のミソギ。

 膝から下が失われた左脚は宙ぶらりん。

 最初、身体をこわばらせていたシロコは光がやさしいものだと分かるや、肩の力を抜いて眠るように落ち着いた。母の抱擁と同種の心地よさは、かたわらで見守るイク、ミド、イザベルにも伝わってきていた。


「終わりましたよ」


 ミソギがそう言った後も、イクたちはしばらくシロコの変化に気づけなかった。

 閉じていた両眼をゆっくりと開くシロコ。

 己の変化に真っ先に気づいた彼女は目を剥き、つい先ほどまでとは異なる身体の一部をそっとなでた。

 左脚の膝から下――本来あるべき部分が元通りになっている。

 当然、壊れた義足は壁に立て掛けてある。

 信じられない、といったふうにシロコは恐るおそる立ち上がる。

 両脚で直立し、両腕で身体のバランスをとる。

 踏み出す一歩目は右足で。

 二歩目は左足で。

 おっかなびっくり二歩進んだ次からは、自然な足取りでイクのもとまで近寄った。


「足、治った」


 ぶっきらぼうに告げてくる。


「ああ」

「えっと」

「どうした?」

「外、いってくるね」

「おっ、おいっ」


 急に俊敏な動きになって、シロコは外に飛び出してしまった。

 一同、呆気に取られる。

 当事者の突飛な行動のせいで白けたというか、反応に困ったというか……とにかくミソギに対して申し訳なかった。茶を淹れにきた犬耳の少年もこの場の雰囲気に首を傾げていた。


「自由奔放な娘だ」


 イザベルが嘆息した。

 シロコがいなくなってから訪れた妙な静寂を破ったのは、ミドの胡散臭いほど大げさな歓喜であった。


「いやぁ、僕はまだ信じられないよ! 癒しの魔法を使えるってディオン教授から聞いてたけど、まさか欠損した左足をまるまる再生させちゃうだなんて。イクもぽかーんって口開けっ放しだしさ」

「……ああもあっけなく治ってしまったから、気持ちの整理が追いつかない」


 寝覚めの面持ちでかぶりを振るイク。

 何故だろう。大切な目的を成し遂げたはずなのに、胸にこびりついているわだかまりは。溢れてくると思っていたうれしさはなりを潜め、本来なら場違いであるはずの罪悪感や後ろめたさが代わりに湧いている。シロコもこのわだかまりを感じて、耐え切れずに飛び出したのだろうか。

 悶々とする心を押し隠し、イクは無理に笑みをつくる。


「まずは礼を言うよミソギ。ありがとう」

「ディオン先生が見初めた方々ですもの。お安い御用です」


 堅物教授と翼の聖女が並ぶ写真は今、額縁に収められ机に飾られている。


「して、聖女ミソギ。次はイクの呪いを解いてもらうぞ。洞窟での戦闘でも発作が起きてな。白い娘を治して疲れているのは承知だが早々頼みたい」

「シロコさんに施す前にも申しましたとおり、イクさんの呪いは……」


 イクの右腕を見つめていたミソギの目が伏せられる。


「くどいってばお嬢。イクの呪いは治せない、って最初にミソギちゃんが言ってたじゃないか。その台詞、もう三度目だよ」

「破滅の時を先延ばしにはできるでしょうが」

「やはりダメなのか。押し通れんのか」


 惚れた男だからこそ、イザベルも強引になるのだろう。


「シロコさんの場合はミュータント特有の強靭な肉体があったため、左脚の完全な復元に至りました。とりわけ白い虎の一族は瑞獣(ずいじゅう)ビャッコの因子を移植されていますから」


 瑞獣ビャッコ。

 初めて聞く言葉に首を傾げる三人。

 ミソギは額縁に似た物体を書架から取り出す。タブレットなる名称の、古代文明の書物らしい。表面のガラス板に触れると古代文字が浮かび上がった。

 ガラス板に指を擦らせ、本をめくるように項を切り替えていく。

 挿絵の載った項で彼女の指は止まった。


「地上の脅威であった巨人『地の底に眠る怪物』の打倒を目的に、兵士の代理となるクリーチャーとミュータントを古代人が造りだしたのはご存知ですね」

「貴族学校の古代史で習ったぞ。クリーチャーは野生動物を戦闘用に改造したもので、ミュータントは人間と獣を掛け合わせた存在だったとか」


 描かれている挿絵は四体の獣。

 白い体毛を有する虎、紅蓮の鳥、黒き亀、胴の長い龍。


「地上生物との融合を用いても『怪物』に太刀打ちできなかった旧人類は晩年、外宇宙や神話の世界にまで力を求め、人にその因子を組み込んだのです」


 古代人は『怪物』に対抗せんと幻獣や魔族、英傑たちを異世界から召喚し、人間と掛け合わせて特別強力なミュータントを造ったのだとミソギは続けた。


「白い虎の一族は四聖獣の白虎(ビャッコ)。わたくしミソギは神鳥カラドリウスの因子を移植されたのです。カラドリウスの聖なる魔力に加え、体内を循環するナノマシンの修復機能により、わたくしは不老の身でございます」


 それがミソギの、聖女とうたわれる所以であった。


「貴様、ずいぶんと古代文明に詳しいのだな。因子だとかナノマシンだとか、王立大学でも習わなかった単語ばかり並べ立てて。古代遺産の操作も手馴れている」

「えっと」


 何気ないイザベルの指摘は、意外にもミソギの言葉を詰まらせた。


「あっ、はい。わたくしは灰色の塔に眠る古代文明の記録を管理してきましたから」

「なるほど。年をとらないミソギちゃんなら管理者としてうってつけだもんね」


 皆、素直に納得した。

 イクはタブレットを手に取って間近にし、まじまじと挿絵を見る。

 墨で描かれた白い虎。

 鋭利な牙を一対伸ばす勇ましき面構え。牙にも負けぬ爪も両脚に。身体の周囲には細い雷が帯びており、白い体毛が猛々しく逆立っている。

 瑞獣ビャッコ……シロコが宿す獣の側面。


「わたくしたちミュータントとは異なり、貴方は純血のか弱い人間です。わたくしの魔法をもってしてもせいぜい軽傷をふさぐ程度が限度でしょう。貴方がたが『呪い』と呼ぶ古代文明の刻印ともなれば……」


 それ以上語っても詮無いだけだろう。

 とでも言いたげにミソギは半ばで押し黙った。

 宝石のはめられた杖を手にする。


「ですが、約束は果たします。やれるだけやってみましょう。食後、中央の塔に赴いてください。それまでどうぞごゆるりと」


 その後、彼らはミソギの昼食に招かれた。

 イクは一人、シロコを心配して霧深き木立に足を運んだ。



 湖畔の木の枝にシロコは腰かけていた。

 退屈そうに両脚をぶらつかせながら。

 うわの空。

 惚けた様子。

 白銀の髪は微風に揺れ、猫っぽい瞳には湖の照り返しを映している。


「喜びより戸惑いのほうが大きい、って感じだな」

「イクのせいだよ、たぶん」


 励ましてあげようとした矢先、よもやそんな答えが返ってきたため、イクは二の句が継げなかった。


「絆の証だったから」

「絆の証? 何が?」

「なくなってた左脚は、私とイクの絆の証だったんだよ。私たちを繋ぎとめるクサビだったんだよ」


 『無いもの』が『証』だと、矛盾を投げかけてくるシロコ。

 木から飛び降りても彼女はイクにそっぽを向いたまま。

 イクは戸惑い、悩む。

 左脚を治したがっていた彼女は、いざ念願を果たすと機嫌を損ねてしまった。しかもそれを「イクせい」だと断じて。

 ……いや、待て。シロコは本当に「左脚を治したい」と言っていたか? 義足を直したいとは確かに口にしていた。なんだ、この微妙で確かな誤謬は何を意味しているんだ……。


「イクはいつも言ってくれた。私を『守ってあげる』って。左脚が元通りになってミュータントとしての力を完全に取り戻したら、私はもう守ってもらえなくなる。それは私とイクの絆が終わるってことだよね」

「馬鹿を言うな」

「バカはイクだよ」


 即座に言い返されてしまう。


「やさしさとかいたわりとかが誰も傷つけないやわらいかものだっていうのは間違いなんだよ。誰かを守ってばかりのイクは知らないでしょ。守られる側の気持ち」


 淡々と責め立てるシロコ。

 たじろぐイク。


「イクは私の本当のココロ、わかってない。わかってないよ」


 急所をつかれ、ついによろめく。


「元通りになっちゃったから、なくなっちゃったんだよ。私がイクのそばにいられる理由が」

「理由なんていらないさ」


 その安易で安っぽい慰めは、かえって彼女を激昂させた。


「私はいる! 欲しい!」


 叫ぶ――みなぎる感情をほとばしらせる。

 微弱な放電が起こり、ばちっと弾ける音がした。


「誰かと繋がっている証が!」

挿絵(By みてみん)


 瞳にたゆたっていた涙の海は決壊し、しずくとなってはじけ飛ぶ。

 普段怒るときは駄々をこねる子供みたいであるのに、このときのシロコは感情の制御が取れた状態であえて怒りをぶちまけていた。自分の感じているものを理解して欲しいという、明確な理由に基づいた理性ある怒りであった。

 出会った頃と比べて彼女は変わった。

 あどけない無邪気な女の子――と単純に括れないほど多感になった。何が彼女を感化させたのか。見るもの全てが新鮮な旅路か、硝煙血煙にむせぶ戦いか、恋敵のイザベルか。

 いずれにしても未熟なイクにはそれが喜ばしき成長なのか判別がつかなかった。

 感情の昂ぶりからくる一時的なかんしゃく。

 そう切り捨ててはならない局面とだけはわかっていた。


「教えてくれ。シロコの本心を」


 シロコは嗚咽を上げながらかぶりを振る。


「それは……イク自身が気づいて。おねがい。それを私が口にしちゃった途端、私たちのこれまでのぜんぶが消えてなくなっちゃいそうだから。届いてる。イクに私の想いは届いてるよ。あとはイクが気づいてくれるだけ」


 イクは途方に暮れていた。

 険しい絶望の壁を前にして立ちすくんでいた。腕を伸ばせば容易く届く位置に大切な人がいるはずなのに、見えざる壁が二人を阻んでいるのだ。

 湖の水面のように二人の時間は停滞する。

 背を向けるシロコはしきりに横目でイクを窺っている。

 シロコだって彼を心配しているのだろう。聖女ミソギが呪いを解く力を持っておらず……しかも、至宝の存在まで知らなかったのだから。

 長い旅路はふりだしに戻りつつあるのだ。


「イクさん、シロコさん。お食事の用意が整いました」


 猫耳の侍女を脇に従えたミソギが迎えに現れた。

 気まずそうに、よそよそしく。



 食後の昼下がり。

 四人と聖女ミソギは秘境中心部に建つ灰色の塔へ赴いた。

 コンクリートと呼ばれる古代の石材で建てられた塔は、千年後の現代でも原型を保っていた。天井には長方形の照明が白く照っており、ガラス扉は人間の接近を感知して自動で開閉していた。例の昇降機もミソギの端末操作に従って、金属ワイヤーを巻き上げながら上昇していった。

 見晴らしのよい、塔の最上階。

 灰色の硬い足元には不可思議な紋様の魔法円が描かれている。

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