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白きエーテルエッジ  作者: 本文:帆立 イラスト:響灼
第6章
24/52

第24話:奇跡の剣と翼の聖女

 炭鉱の山腹に空いた坑道の口。

 頭上には渇いた空。

 眼下に広がるのは木枯らしに揺れる寒々しき針葉樹林。

 地平線の付近には荒野が漠々と。


「これでしまいだ!」


 黒装束の傭兵が拳から電撃の矢を放つ。

 瀕死のサソリ型クリーチャーはとどめの一撃を受けてもだえ、崖下に滑落した。

 戦闘が終わり、訪れる静寂。

 武器を収めたイクと傭兵はしばし黙し、荒いでいた呼吸が落ち着くまで吹く風の音を聞いていた。

 崖際で樹林を眺望していた傭兵が口を開く。


「他者を人間かミュータントかで区切るのは愚かな真似。肝要なるは個人の本質を見極めること。そう教わってきたのを、お前が思い出させてくれた」


 血の通った柔和な声色。


「次に会うときは」


 イクをちらと見やる。


「敵同士ではないといいな」


 坑道の口から飛び降りた彼女は、山肌の急斜面を滑って勢いをつけてから針葉樹の枝に飛び移り、次々と別の樹に飛び移っていきながら樹海の奥へと消えた。

 先ほどの光景を、イクは惚けた頭で回想する。

 清らかな風にはためいていた傭兵の黒装束。

 なびく装束の隙間から覗けていたのは恐らく、人ならざる獣の体毛。

 陽の光に眼が慣れていなかったせいで記憶の面立ちがぼやけているのを、彼はもどかしがった。

 戦闘の騒ぎを聞きつけたミドたちが入れ替わりに駆けつけてきた。



 イク、シロコ、ミド、ディオン教授は族長ロッジの円卓を囲んでいる。

 イクが握っているのは以前、教授から託された銀色のペン。


「側面の突起を押下してみたまえ」


 教授に促されるまま、ペンの出っ張りを指で押し込む。

 すると、ペンの先端から光が生じた。

 生じた光は扇状に広がり、天井に庭園の光景を映した。


「異世界への扉が開かれたのかい!?」

「あれ、触れないよ?」


 信じられない、と黒ぶちメガネをしきりに動かしながら庭園の光景に食い入るミド。シロコも興味津々、庭園を映す光に手を透かしている。庭園の光景に、幼い手の影が重なって揺れていた。


「そこに映っているのは古代文明の映像だ。およそ千年前の」

「映像という言葉の意味がよくわかりませんが、つまるところペンに保存されていた過去の記憶を再現しているのですか?」

「その認識で問題なかろう。さあ、映像をしかと観るのだ」


 青空の下の、枯れた庭園。

 大理石の台座が庭園の中心部に据えられており、何かが突き刺さっている。

 それは剣だった。

 月桂樹の若枝が絡む黄金の剣。

 枯渇した大地に跪いて祈りを捧げていた乙女が台座に上り、黄金の剣を引き抜く。

 乙女によって黄金の剣が高々と掲げられると、切っ先から一条の光が天に伸びていった。

 幾許かの後、世界に変容がもたらされた。

 青空から清らかな雨がやさしく降り注ぎ、庭園を濡らす。青空には虹の橋が架かり、大地から数多の新芽が芽生えてつぼみをつくり、花を咲かせた。荒れ果てていた庭園は若葉萌える花畑へと変わり、青空に相応しい色に彩られた。


「剣が雨を降らせて花を咲かせたの?」

「魔法……いや、奇跡だ。奇跡だよ」

「この黄金の剣こそ、おとぎばなしとして現代まで語り継がれてきた究極の遺産。人の願いを具現化し奇跡を起こす『至宝』なのだ」


 その変容はまさしく教授の言葉そのもの『奇跡』であった。

 脚を折って横たわっていた軍馬が活力を取り戻して立ち上がると、血だまりに伏していた勇士も再起して武器を手に、軍馬にまたがる。氾濫していた河川が清流へと安らぎ、力みなぎる軍馬は勇士を乗せて清流を渡っていった。

 三人が呆気に取られる間にも映像は次々と切り替わり、再誕の奇跡を映していく。


「博物館にいた巨人」


 シロコが映像を指差す。

 古代人の機械文明が栄える灰色の大地。

 それを蹂躙する、赤黒くただれた巨人。

 地上の塔群を無差別に壊しまわっていた『地の底に眠る怪物』は、天空から落ちてくる聖なる光を浴びるなり、突如もだえ苦しみだす。手足の指先から徐々に『怪物』は塵となっていき、最終的には跡形も無く浄化されてしまった。

 逃げ惑っていた人間たちは諸手を挙げて歓喜する。勝利の歌を唱和し、剣の奇跡を称えていた。


「これが千年前の、古代文明の記録」

「『至宝』が実在していたなんて」

「私も空想の存在だとばかり思っていたのだよ。この映像を目にするまでは。古代人は黄金の剣『至宝』の奇跡を頼り繁栄し、滅びをもたらす脅威『地の底に眠る怪物』をも打倒したのだ。至宝が宿すのは再生と浄化を司る神聖魔法。この力ならばイク君の呪いも浄化できるだろう」


 聖なる雨を浴びた奇跡の剣は、蒼き天空で黄金の輝きを放っている。

 映像が途切れ、銀色のペンより生じていた光が収まる。

 人智を超越した奇跡を目の当たりにし、イクもシロコもミドも狐につままれたように呆気にとられていた。


「こりゃあ氷雷会(ひょうらいかい)に付け狙われるのも当然だね」

「すごい。すごいよ! これならイクの呪いだって治せちゃうよ。やったねイク。やっと見つけたんだよ!」


 喜ぶシロコ。興奮が度を超して無意識にイスから立ち上がった彼女は、左脚の膝から下がないことを失念しており、バランスを崩して前のめりによろめいてしまった。

 間一髪、転倒の寸前でイクが抱きとめる。


「義足が直るまでの辛抱だ」

「うっ、うん。我慢する」

「それにしても『地の底に眠る怪物』すら倒しちゃう力かぁ。とんでもない代物だね。確かにイクの呪いなんてちょちょいと治せそうだ。うん」


 言葉とは裏腹に、ミドは疑り深げに眉を寄せている。


「至宝と、その在処である天空都市エセルは千年後の現代でも天空を浮遊している。若人たちよ、さがしだすのだ。願望を具現化する万能たる『至宝』を」

「あー、やっぱりまだ浮いてるんだねぇ、天空都市」

「私たちミュータントをつくった人たちも、天空都市で生きてるのかな?」

「かもしれないよ。シロコちゃん改造されちゃうかも――なーんて冗談ジョウダン。さすがに古代人は生きていないでしょ」


 シロコが髪の毛を逆立たせて放電しはじめたので、いたずらっぽく茶化していたミドは身の危険を察知してイクの背後に避難していた。


「万能たる至宝。それさえあれば俺は」


 やっと見つけた。呪いを治す手立てを。

 死の呪いから解き放たれる具体的なすべをついに発見したのだ。

 イクの胸に希望の光明が差し込む。興奮のあまり口元はほころび、破裂しそうなほど心臓が高鳴っていた。


「さて、肝心の至宝の在処だが」


 教授は円卓に大陸路線図を広げて集落の位置にチョークを立てる。そこを始点に、地図の西端付近まで長い線を引いた。

 王都一つ分の面積はある湖を丸で囲む。この集落のそばにある湖とは比較にもならないほど広大で、海原か運河に相当する規模である。


「湖の付近の隠れ里に天空都市エセルの居場所を知る者がいる」


 固唾を飲むイクたち。


「かの者の名は、癒しの魔法を授かりし聖女『ミソギ』」


 教授が古びた紙切れを二枚、差し出してくる。

 表面がつやがかったその紙切れには大勢の人物が描かれている。手のひら程度の紙切れであるのに背景から人物まで精巧に描き込まれ、色彩も完璧である。過去の光景を忠実に切り抜いていた。


「古代文明の撮影機を復元した際、記念に撮った『写真』なるものだ」

「サツエイキ? シャシン?」

「反射と熱を利用して風景を写し撮る装置だ。これには及ばぬがグリア王国軍でも秘密裏に開発されている」


 透き通る湖を背景に人々は並んでいる。

 いかめしい面構えで直立している長身の青年は若かりし頃のディオン教授だろう。

 犬猫の耳や尾などを生やした子供たちが大勢、親しげに彼を囲っている。

 イクは教授の隣に立つ少女に目を引かれた。

 可憐な乙女だ。

 透明感のある素肌。つやがかった長い黒髪。生地の薄い衣装に身を包んでいる。教授の周囲に群がるはつらつたる子供たちとは異質な、触れれば溶ける淡雪の微笑を浮かべている。

 二枚目の写真は少女が祈りを捧げている場面を写している。

挿絵(By みてみん)


「教授のご夫人でしょうか。古代文明を共同で研究していたという」

「その娘が聖女ミソギだ。私が女房自慢で写真を出したとでも?」

「すっ、すみません……」


 恥をかいてバツが悪くなったイクは頭を掻く。至宝の話を聞かされて相当舞い上がっていたのをようやく自覚した。

 彼の手を離れた二枚の写真を今度はミドとシロコがそれぞれ持っていく。


「聖女ミソギ、ね。いやはや、べっぴんさんだ」

「おっきな翼」


 儚げな佳人――聖女ミソギ。

 少女の最たる特徴は、華奢な体躯で背負う、鳥類の堂々たる大翼であった。

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