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白きエーテルエッジ  作者: 本文:帆立 イラスト:響灼
第6章
22/52

第22話:クルーガーの執念

 集落近郊の炭鉱。

 大きな横穴を穿つ坑道入り口前に黒服の男たちと黒装束の傭兵はいた。


「クルーガー、やはりお前か」

氷雷会(ひょうらいかい)一の荒くれ者とはよく言ったもんだね」


 黒服の男たちに守られてふんぞり返る大男クルーガーが、拳銃の銃口をイクに向けてくる。


「小僧。大陸鉄道での借りを返させてもらうぜ」


 彼を取り巻く多数の手下たちもライフルを構え、イク、ミド、ディオン教授にそれぞれ狙いをつけた。


「小僧とメガネ野郎はそれ以上進むんじゃねえぞ。坑道にはミュータントがたんまりいるんだぜ。獣臭くてたまらねぇ、あの未開人どもがな」

「卑怯者めが。彼らを解放するのだ」


 ミュータントを小ばかにされた教授の口調はいつにも増して険しい。


「口の利き方に気をつけなジジイ。主導権はこっちにあるんだぜ」


 クルーガーは「おい」とあごで部下に指示する。

 クルーガーの部下は縄で縛られたミュータントを連れてきた。そして羊のツノを生やす彼をその場に座らせて、ライフルの先を頭に当てた。羊の彼は「助けてください、ディオン先生!」と涙ながらに命乞いをしていた。


「コイツを殺されたくなかったらジジイだけで俺のところまで歩いてきな」


 指示に応じたディオン教授は、湿った地面の枝葉を踏みしめて歩みだす。


「私の犠牲を無駄にするでないぞ。クルーガーの隙をつくのだ」


 立ち尽くすイクとミドに去り際、後のことを託した。

 一歩、一歩、ゆっくりとクルーガーのもとへと向かっていく教授。

 何か、何か手立てがあるはずだ……このままではクルーガーの思う壺。ここで教授を明け渡したところで、ミュータントたちも俺たちも始末するに決まっている。教授がクルーガーと接触した瞬間なら確かに隙ができるか……いや、ダメだ。犠牲だなんて、そんなのは許せない。

 葛藤と戦い、焦燥に駆られながらイクは練る。この窮地を打破する策を。

 隣に立つミドは静かな殺気を放ちつつ、クルーガーの一挙手一投足をつぶさに観察している。両裾の影からは短刀と火薬針がちらついている。

 ディオン教授がもう数歩でクルーガーのもとにたどり着く――そのときであった。空気の異様な変容が、居合わせた全員に伝わったのは。

 素肌の表面がにわかにぴりつく。

 葉擦れの音に混じる、連続的な乾いた破裂音。

 皆、動揺しながら周囲を見回す。

 次の瞬間、強烈な閃光と鼓膜を破らんばかりの炸裂音が発生し、彼らの視界を奪って足元を激しく揺さぶらせた。

 いかづちだ。

 クルーガーの眼前に小規模の落雷が発生したのだ。

 目の眩みと耳鳴りに怯む一同。

 まぶたを擦り、イクは薄目を開ける。

 枝葉を揺らして地上に降り、坑道内にすばしっこく侵入する小柄な影がちらつく。


「イクはこいつらをやっつけて!」


 そう聞き慣れた声がした後、坑道から銃声や雷鳴、人間やミュータントたちの悲鳴が響き渡ってきた。

 電撃魔法。そしてあの白い影は間違いない。

 シロコが救出に来たのだ。

 視力が正常になったイクは、なおも目を眩ませてひるんでいるクルーガーの手下を拳銃で即座に撃つ。狙い撃てる距離の外であろうと高低差があろうと、イクの射撃は敵の心臓を初撃で破壊した。

 ライフルの銃口を向けられていた人質のミュータントは、その機に乗じてすかさず逃げだした。ディオン教授も安全な距離まで下がり、草陰に伏していた援護の羊型ミュータントたちに保護された。


「くそがっ。撃て! 撃て! とにかく撃ちまくれ!」


 クルーガーの怒号で始まった銃撃戦。

 飛び交う発砲音と銃弾。木の葉が乱舞し、鳥たちが飛び立つ。

 クルーガーの手下たちはイクを狙ってライフルを撃ち、弾薬が空になると拳銃に持ち替えて乱射する。

 やたらめったらに飛んでいく銃弾はイクにかすりもしない。

 逆にイクが遮蔽物の陰から身を出して引き金を引き、撃鉄が落ちてシリンダーを回すたびに一人、また一人と黒服の男たちは倒れていく。


「小僧一人相手に何てこずってやがる! さっさと――」


 怒鳴り散らすクルーガーはしかし、己の喉笛に短刀の刃が突きつけられているが分かった途端、ぞっと凍てついてしまった。

 刀身の腹には鞘と同じ、竜の図柄がうっすら浮かんでいる。

 クルーガーは背後に立つ影のごときミドを、眼球だけを動かして見た。


「いっ、いつの間に。しかもそれは竜の紋章の短刀。メガネ野郎、まさかてめえ『あの女』と同じ……」

「そのまさかさ。今度はアンタが人質になる番だから大人しくしてね。この紋章が何を意味しているか、似た界隈に住むアンタなら理解しているはずだよ」

挿絵(By みてみん)

「ちくしょう。てめえら銃を捨てろ! 捨てろって言ってんだろ!」


 銃声が鳴り止む。

 生き残っているクルーガーの手下たちは親分の命令に従って武器を捨てた。

 人質にされていた羊型ミュータントが炭鉱からどんどん逃げ出してくる。シロコが上手い具合にやってくれたのだ。

 援護のミュータントたちが草陰から姿を出して包囲を狭める。

 形勢は逆転していた。

 戦意を喪失する氷雷会の構成員たち。

 その中で唯一、黒装束の傭兵だけが手甲から鉤爪を出したまま静かに立っている。

 頭巾から覗ける据わった双眸はじっとミドを捉えている。


「さあ、おっかない鉤爪つけてるキミも武器を捨て――」


 ミドの脅しなどそ知らぬふうに、傭兵はゆらり、鉤爪を水平に構える。

 ぞっと顔を青ざめさせるミドとクルーガー。

 鉤爪を構えつつ腰を深く落とした傭兵は、やおら接近を試みてきた。

 最初の一歩で突進速度は最速まで加速した。

 突き出される鉤爪。

 殺意をはらんだ突風。

 ミドはクルーガーを捨てて間一髪、鉤爪から逃れる。

 風圧で帽子が木の葉に混じって舞い上がる。

 獲物を逃した鉤爪はクルーガーの上等な黒服をかすめ、勢い余って炭鉱の岩肌に突き刺さった。

 刺さった鉤爪を引き抜く。

 ひびの入った周囲の岩肌が砕け散り、尻餅をつくクルーガー頭や肩に塵がぱらぱらと降った。


「てっ、てめえ、俺ごと殺すつもりか!」


 忌々しげに歯軋りするクルーガーは傭兵に悪態をつく。

 なだめすかす手下たちに手引きされ、彼は坑道内に逃げ込んだ。

 銃を再度手にしたクルーガーの手下たちは無闇に発砲してイクたちを足止めし、撤退の時間を稼ぐ。傭兵もしんがりとして坑道に逃げていった。

 地面に落ちた帽子を拾い、砂埃を払うミド。


「さながら狂戦士だね。あの鉤爪の傭兵は」

「ミド、クルーガーを追おう。集落のみんなは炭鉱労働者たちの手当てを頼む」



 冒険者の必需品、組み立て式カンテラを片手に坑道を進む。

 置き去りにされた手押し車がひっくり返り、中身の石炭がぶちまけられている。その中には銃弾も混じっており、歩くたびに石炭を擦って不快な金属音がした。

 地面に転がる氷雷会構成員にときおり足をつまずかせる。シロコにやられたのか、はたまた炭鉱労働者たちに抵抗されたのか。

 先に進んでいくと羊型ミュータントの死体も何度か見つけた。『変身』した腕の蹄にはたっぷりと血が塗りたくられていた。

 つきあたりには分かれ道が二手。両方とも真新しい靴跡が暗闇の奥まで続いている。

 右手からは雷鳴や銃声。地面を叩く硬い音は……義足の足音か。

 イクは右手を、ミドは左手を選ぶ。

 右手に進んですぐ、イクは膝をつくシロコを発見した。

 彼女の背後、クルーガーの手下がシロコの背中に銃を向けている。


「ううっ……あっ、イク」

「シロコ! 避けろ!」


 叫びながらイクは銃を撃つ。

 同時に響く二つの銃声。

 否、イクの銃のほうが刹那に勝っていた。

 彼の弾丸は敵の額に命中して頭蓋骨を貫き、死に際に放たれた敵の銃弾は坑道の岩肌にめり込んだ。

 イクの手を借りて起き上がるシロコ。


「魔力が枯渇してふらふらしてるだけだから平気だよ。魔力もすぐ溜まるから」

「義足の止め具が壊れているじゃないか」


 太ももがあらわになるまで服の裾をまくり、義足の付け根をじっくり確かめていたイクであったが、茹で上がった怪物エビのように顔を赤くして恥らうシロコに気づくや、大慌てで服を元に戻した。


「シロコの無茶も大概だな。いくらキミがミュータントだとしても、銃を持つ連中の前にいきなり飛び出してくるなんて」

「えっ、えっと」

「ありがとう。シロコのおかげで教授を救えた」


 また叱られるのかと怯えて身をすくめていたシロコは、イクにやさしく頭をなでられて緊張を解いた。くすぐったそうな照れ笑いをし、萎れていた獣の耳を元気に立たせていた。


「クルーガーたちは奥へ行ったのか?」

「わかんない。戦うのに夢中だったから。もっと奥に分かれ道があったから、私がいなかったほうに進んでいったのかも。たぶん出口があるのかもしれない。風が吹いてたよ」


 外への出口があるとすれば、もたついてはいられない。


「イク、一人で行くの?」

「ここで逃がしたら、執念深いクルーガーは必ず報復を仕掛けてくる。俺がやらなくちゃならないんだ」

「でも」

「大丈夫だ。俺がすべてを終わらせる」


 あてが外れて合流してきたミドに衰弱したシロコを託し、イクはクルーガーの手下を倒しつつ坑道の奥へと挑んだ。



 坑道の先には二つの分岐。その更に先には外への出口。

 太陽光がまぶしい出口を背にクルーガーと黒装束の傭兵はいた。

 周囲には無造作に置かれたつるはしやスコップ、発破用の火薬が詰まった樽。

 吹き込む風がイクの髪をなびかせる。

 清涼感のある風は、暗い坑道内に立ち込めていた陰鬱な空気を払拭する。


「とんだ馬鹿げた因縁だぜ」


 クルーガーが自棄気味に吐き捨てる。

 逆光による濃い陰影が、彼の追い詰められた焦りを強調させている。


「やっぱりあのとき獣臭い小娘ともども、てめぇをぶっ殺しておくべきだった」

「クルーガー、お前を逃がしはしない」

「逃がしはしない、だと? 誰のせいだと思ってやがる!」


 怒りに任せてクルーガーは天井に発砲する。耳鳴りを伴う銃声が坑道に反響した。


「ディオン教授の暗殺に二度も失敗した俺を、ヒラサカさまが許してくださるはずないだろうが。しくじった者には死を――それが氷雷会の掟だ。俺はなぁ、無様に失脚したんだよ」

「ヒラサカ……氷雷会の首領か」

「小僧ばかりかイザベルまで俺を裏切りやがって。おかげで幹部の座も『黄昏と暁』に加わる算段も台無し。同胞の追っ手から一生逃げるハメになっちまった。もはやてめえを八つ裂きにしなけりゃ気がすまねえ」


 逆恨みも甚だしい恨み節。


「報酬は前払いしてんだ。今度こそ仕留めろよ!」


 クルーガーの指示を受けた黒装束の傭兵がイクに躍りかかる。

 傭兵は横薙ぎに腕を振り、複数のクナイを一度に投てきする。イクは止む無く拳銃を捨て抜刀し、クナイを払い落とした。

 拳銃を拾う隙を与える間もなく傭兵は接近戦を仕掛けてくる。

 鉤爪の一撃。イクは太刀で打ち払い、すかさず攻撃に転じる。傭兵も防御と回避を巧みに使い分けて攻撃を受け流していく。そして攻撃の合間を掻い潜って鉤爪の届く距離まで詰めてくる。

 めまぐるしく入れ替わる攻防。

 躍る刀刃。

 金属のぶつかり合う甲高い音が絶え間なくこだまし、薄暗闇の坑道で火花が弾けていく。

 二人の戦いはつばぜり合いにもつれ込んだ。

 攻守一体を成す大鷲の鉤爪は、太刀の刃を平然と握って押し返している。


「足止めできたな」

「なに!?」


 両眼を血走らせて病的ににやつくクルーガー。

 彼の拳銃の銃口は火薬の樽に向けられている。


「あばよ」


 銃弾の発射。火薬の引火。

 大規模な爆発。炭鉱全体がとてつもない力で震動する。

 爆破の威力で坑道が崩落し、爆風に巻き込まれたイクと傭兵は落盤に飲み込まれた。

 崩落が坑道を埋め尽くすまで、クルーガーの狂った高笑いが響き渡っていた。

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