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白きエーテルエッジ  作者: 本文:帆立 イラスト:響灼
第1章
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第2話:イクとシロコ

「左脚の調子はどうだ」

「心配性だなぁ、イクは。あれからもう一ヶ月だよ」

「義足の具合は」

「もう転んだりしないから。自分の力で歩けるからちゃんと見ててね」


 真珠の輝きにも似た光沢を持つ、白く美しい髪。

 それを掻き分けて、頭の頂点から獣の耳が二つ生えている。

 ベッドに腰かけるその半獣の少女はイクにはにかむと、左脚の膝の下に義足をはめてベルトでしっかり固定した。右脚を軸に立ち上がって、義足の馴染み具合を確かめるように部屋をゆっくり回ってみせた。木製の義足が床を打つ硬い音がした。挿絵(By みてみん)

 ねっ?

 と屈託のない笑みをつくる。

 少女の前向きな態度にイクは安堵した。

 悪夢の日から一ヶ月が経過した。

 ミュータントの生まれつきの治癒能力は驚異的で、左脚の膝から下を欠損した少女は、一晩のうちに切断面の傷を塞いでしまった。高熱にうなされていたのも一週間程度で、傷が完治してからは義足に脚を馴染ませる日々であった。


「この脚は、イクが私を守ってくれた証」


 少女が愛しげに義足をなでる。


「成人の儀式が行われるはずだった日、クリーチャーに村を襲われて仲間も家族もみんな死んじゃった。私は持っていた全部を失った。でも、イクがいてくれるから私は『生きよう』ってがんばれる」

「……強いな、キミは」

「イクのおかげだよ」


 えへへ、と頬を赤らめた少女は肩を揺らした。

 こみ上げてくる罪悪感を、イクは強引に喉の奥まで押し込める。彼女が健気な姿を晒せば晒すほどイクを安心させ、同時に彼を追い詰めていった。

 村を襲うよう、クリーチャーを仕向けたのは俺だ。

 そうぶちまけて、彼女との関係をぶち壊して楽になりたい衝動に何度も駆られた。だが、そうしたが最後、彼女は今度こそ独りぼっちになってしまう。イクは自分に何度も言い聞かせて真実を胸の中に隠し続けていた。

 何よりもイクは、太陽みたいな笑顔を浮かべる彼女に罵られるのを怖がっていた。


「イク、今日も『遺跡』にいくの?」

「学者からの依頼だ。遺跡に眠る古代人の機械遺産を発掘して欲しいらしい。単純な依頼のわりに報酬を弾んでくれる」

「今日から私もいっしょに行くよ」


 腰に太刀の鞘を差して黒の防塵マントを羽織るイクに少女はすがる。

 短い逡巡の後、イクは「ああ」と彼女の同行を許可した。


「俺と二人で旅をする以上、キミも冒険者の一人だ。遺跡の探索も経験しないとな」

「左脚がなくたって、クリーチャーが襲ってきたら雷でビリビリ戦えるし、いざとなったら『変身』もできるよ」

「キミには荷物を運んだり地図を描いたりする役目を頼みたい。戦いは俺がやる」

「わかった。イクがそう言うなら」


 弾倉に六発分の弾薬を詰め、拳銃をベルトに差す。

 少女は荷物の詰まったリュックサックを担ぐ。


「さあ、行こう。シロコ」

「うん!」


 白い髪と獣耳。

 ミュータントの少女シロコは人懐っこく元気にうなずいた。



 宿を出るとちょうど、甲高い汽笛の音が空に響き渡った。

 微震と共に轟音が近づいてくる。

 荒野の真っ只中にある寂れた町。その真横に敷かれた線路の上を、蒸気機関車がとてつもない速度で走り去っていった。土煙が巻き上がってイクとシロコは咳き込む。煙突からごうごうと蒸気を吐きながら、機関車は力強い走りで荒野の彼方に消えていった。それに伴い震動も遠退いていった。


「ねえねえ、この町に止まらないの? あの汽車」

「あれは王国軍の輸送列車だ。たぶん、軍馬を運んでいる」

「汽車が走る線路、ずっと遠くまで伸びてるの?」

「線路はグリア大陸全土に張り巡らされている。非力な人間にとって、赤土の荒野が大半を占めるこの大陸を移動するには鉄道が必要不可欠だ」

「ほほう、なるほどなるほど。イクは物知りだね」


 シロコは機関車が過ぎ去った方角をじっと見つめる。


「私も汽車に乗ってみたいな」

「これからいくらでも乗る機会があるさ」


 馬小屋で一番安い騾馬を借りた二人は『遺跡』を目指して町を出た。

 岩や石ころばかりの渇いた荒野。

 申し訳程度に舗装された道路に砂塵が積もっている。

 二人が目指す先に、灰色の四角柱の塔が無数に建ち並ぶ『遺跡』はあった。

 しばらく歩くうちに赤茶色の荒野が途切れ、灰色の硬い道路に変わった。



 目の前に建ち並ぶ無数の塔にシロコは圧倒されていた。

 無数の塔で構成された古代人の都市――遺跡。

 灰色の硬い素材と正方形のガラスで造られた塔を、古代人は『ビル』だとか『マンション』だとか呼んでいたという。科学と魔法で高度な文明を築き、隆盛を極めていた証拠である。

 それも今や、千年も昔の話になる。

 舗装された灰色の道路の上に築かれた、栄華のなれの果て。

 多くの塔は経年によって損壊、倒壊している。いずれも木々の枝が絡まったり、蔦や葛にまとわりつかれたり、苔が生えたり、動物たちが巣を作ったりしている。荒野の数少ない緑の自然は古代人の遺跡と融和して生きていた。

 自然の枝葉が天蓋となって生い茂り、遺跡内は薄暗い。

 ところどころ木漏れ日が差し込んでおり、灰色の地面を照らしている。


「高いねー」


 シロコはあんぐり口を開けたまま、塔が伸びる天を仰いでいる。鳥の鳴き声をしたほうに指を差して「鳥だよ。鳥がいるよ」とはしゃいでイクの袖を引っ張った。イクは呆れ気味に肩をすくめた。


「遺跡はクリーチャーの巣でもある。油断しちゃいけない」

「はわわ。ごめんなさい」


 肉食獣型、鳥型、昆虫型……さまざまな形をとるクリーチャーたちは、いずれも獰猛で理性に欠き、本能の赴くままに他の生物を捕食する。人間、特に冒険者たちの天敵である。


「弾薬はなるべく節約したいから、クリーチャーと出くわしたら太刀で戦うことになる。至近距離での戦闘だ。気をつけて」


 そこまで言って、余計なおせっかいだったかとイクは思いなおした。

 左脚を欠損していても、シロコは白い虎のミュータント。人間とは比較にならない身体能力と野性的本能、そして魔法の素養を有している。小型のクリーチャー程度なら軽々とあしらえるだろう。


「魔法は使わないの?」

「俺たち人間は魔法を使えない。古代人は魔法兵器を用いていたらしいけど、その技術も彼らの滅亡と同時に失われた」

「でも、でもでも、イクは白い魔法で私を助けてくれたよね?」

「エーテルエッジは呪いを活性化させる」


 右腕に刻まれた呪いのあざ。

 宿主の生命力を搾り取って魔力に変換するその呪いを逆手に取れば、強力な魔法攻撃『エーテルエッジ』を放つことができる。ただし、消費した分の魔力を補うために呪いは急激に進行し、イクを死に近づける。

 つまるところ、エーテルエッジは己の命を消耗する切り札というわけである。


「だめっ、だめだめ! イクが死んじゃうからそれはだめ!」

「ああ。俺のだってむざむざ死ぬのはゴメンさ」


 イクが先頭に立って遺跡の奥へと進んでいく。

 天高くそびえる無数の塔の下を歩いていく。割れた地面につまずかないよう、足元に注意する。クリーチャーが通りすがったときは物陰に隠れてやり過ごす。

 シロコはイクに教えられたとおり、描きかけの地図に道を描き足していく。遺跡の地図は冒険者間で高く取引されている。貴重な収入源ゆえに丁寧に描かなければならない。詳細に描けば描くほど価値が増す。


「私と出会う前、イクは何を目的に冒険していたの?」

「この『呪いのあざ』を治療する方法をさがしていた。今もそうさ」


 イクは布で巻かれた右腕を前に出す。

 隠されたその右腕には、彼を死に至らしめる禍々しき呪詛の印が刻まれている。


「その前は?」

「ひと山いくらの冒険者たちと同じく、金銀財宝を求めて」

「へえ。そのお宝はどこにあるの?」

「古代人が空に打ち上げた天空都市に」

「空! 町が空に浮かんでるの!?」

「世間ではおとぎばなしとして伝わっているけどね」


 与太話を続けている間に、イクとシロコは遺跡の奥地まで踏み込んでいた。

 灰色の塔の内部に入り、扉を開けて一室ずつ探索していく。狭い部屋の中は金属製のテーブルが多数並んでいる。自然の侵食は部屋の内部にも及んでおり、葛や雑草だらけ。草木の生臭いにおいが立ち込めている。

 依頼主の指定した遺産をさがす。

 シロコは小さな滑車のついた椅子に乗っかって床を滑って無邪気に遊んでいた。


「キミもさがしてくれ」

「おっとっと、そうだったね」


 目的の物は見つからず、次の部屋へ。そこにも見当たらず、上の階に移動した。ぎこちない足取りのシロコの手を握って、慎重に上がっていった。

 探し求めていた遺産は結局、最上階の渡り廊下を越えた先、隣の塔にあった。

 平べったくて重い、片腕で抱えられる大きさをした二つ折りの機械。依頼主がイクに教えた形と確かに一致していた。


「これって何に使うんだろ?」

「古代人の活版印刷機らしい。折り畳まれた内側に古代文字が並んでいる」

「かっぱ?」

「文字を打つ機械さ」


 目的を達成し、もと来た道を引き返す。

 塔と塔を繋ぐ空中の渡り廊下。

 側面はすべてガラス張りになっており、目もくらむ高さから古代都市の全容を眺望できる。シロコは「空を飛んでるみたい」とガラスにへばりついて、いにしえの街並みを見下ろしていた。


「古代人は本当に空を飛べたらしい」

「魔法を使って?」

「海を泳ぐ船のように、空を飛翔する乗り物を造ったんだ」


 千年の時の流れで古代人の科学技術は失われた。今を生きる現代人は、ようやく大陸に鉄道を敷いて喜んでいるところである。

 渡り廊下を抜けて階段を下りている途中、ふいにシロコが立ち止まる。


「なんかネバネバする」


 不愉快そうに頭をかきむしる。

 イクは目を凝らす。

 極めて細い、粘性のある半透明の糸がシロコの頭や肩に絡まっている。

 蜘蛛の巣か……?

 粘性の糸で編まれた半透明の網が、正面の空間に張り巡らされている。網にはウサギやキツネ、小鳥などのか弱い動物たちががんじがらめにされている。飾られたそれらの中に人型の物体を発見した瞬間、イクの背筋に怖気が走った。

 すかさずシロコを抱き寄せて飛び退く。

 直後、罠にかかった餌食を食らわんと、天井から罠の主が降ってきた。

 イノシシ大の胴体から伸びる八本の節足、赤くて小さい無数の目、鋭い昆虫の顎。罠の網と同じ糸が尻から天井に伸びており、身体を宙吊りのまま固定している。

 ぼとり。自ら糸を断って床に落ちる。

 カチカチカチカチ……顎を噛み合わせて鳴らす音が恐怖を掻き立てる。

 遺跡の捕食者――大蜘蛛型クリーチャーがイクたちの前に立ちはだかった。

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