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白きエーテルエッジ  作者: 本文:帆立 イラスト:響灼
第4章
16/52

第16話:天空都市エセルの伝承

 平民への学術啓蒙を目的としたグリア古代文明博物館。

 館長に案内されてイク、シロコ、ミドは展示箱が並ぶ廊下を歩いていく。

 ガラス蓋の展示箱には古代文明の遺産が納められている。

 三人は出口手前の展示箱の前で揃って足を止める。

 箱の中には手のひら大の、つやがかった長方形の物体。平べったく、蝶番を軸に折り畳まれている。


「遺跡にいっぱい落ちてるやつだよね」

「古代文明において広く普及していた小型の通信装置です。装置内に宿る魔力が持ち主の思念に作用し、遠隔地の相手と意思疎通を図るのです」

「初めて遺跡探索したときに僕さ、お宝だと思ってリュックいっぱいに拾ったんだよね、コレ。二束三文にしかならなくてがっかりしたんだよなぁ」

「こっちのキレイなわっかは?」


 シロコが指差すのは、七色に光を反射させる小型の円盤。こちらも先ほどの代物と並んで冒険者には馴染み深い品で、遺跡のそこかしこで発掘される。やはりこちらも、ろくな値打ちはしない。

 館長が「科学の粋を集めたカラス除けだと、研究の末に解明されました」と解説する。興味津々だったシロコはがっくりと肩透かしを食らった。


「イクと遺跡に入ったとき、一枚取っておいたのに」

「農耕に腐心していたのは古代文明も同じか。親しみがわいてきたな」


 通路の先の小部屋には大型の模型が展示されている。

 皆を置き去りに、一人小走りで駆けていくシロコ。床を叩く義足の硬い音が廊下に響いていた。


「街が空に浮かんでる」


 シロコが興味を惹かれたのは、現存する資料をもとに描かれた『天空都市エセル』の想像図であった。

 天空都市は雲に紛れて青空を漂い、何にも遮られない日差しを浴びている。地面から掘り起こされたかのように、基盤の大地ごと天空を浮遊している。大地からは灰色の塔群が数多生えている。

 ガラス越しにその絵に食い入っていたシロコは、ガラスに薄く映っている奇妙な人影に気づき、びっくりして振り返った。つられてイクとミドも背後に目をやった。

 巨人の人形が、小部屋の中央に立っている。

 全身の皮膚は焼けただれて赤黒く、顔は溶け落ちて人間の相をなしていない。足元に腰上程度の塔の模型があることから、生物の常軌を逸した巨大であることが窺える。

 その醜悪な巨人は灰色の塔群を上から楽々と見下ろし、大樹と見紛う巨腕でそれらを薙ぎ払っていた。


「『地の底に眠る怪物』」


 イクが唇と舌を慎重に動かし、その邪悪なる存在の名を口にした。


「古代文明を滅ぼした張本人だと言い伝えられている」

「地底から突如目覚めた殺戮の巨人『地の底に眠る怪物』に立ち向かうため、古代人は人間兵士の代理となるクリーチャーやミュータントを生み出しました」


 それらをもってしても『地の底に眠る怪物』に太刀打ちできなかった古代人は、都市を天空に打ち上げ『怪物』の侵略が及ばない場所に移住を試みた。そして天空都市の魔法兵器で『怪物』を焼き尽くした――地上もろとも。

 今日まで残る、天空都市エセルにまつわる歴史の一端である。


「しっかし、人間もミュータントもクリーチャーもたくましいよね。地上に置き去りにされた僕らのご先祖様もどうにかこうにか生き延びて、千年先まで子孫を残してこれたんだから」


 怪物の足元には『地の底に眠る怪物』に蹴散らされて逃げ惑う人間の、小さな小さな人形が散らばっていた。


「そういえば『至宝』の伝承って今も残ってないのかな」

「天空都市に眠る、何でも願いが叶うっていうあれのことか。まさかミド、あんなおとぎばなしを信じているのか?」

「あながちおとぎばなしとも言い切れませんよ、イクさん。我が父ディオンによって古代文明の研究が進む以前は、天空都市も伝承の一節に過ぎなかったのですから」



 七日後。しとしとと小雨の降る出立の日。

 私服にポンチョ姿のディオン教授はイクたち三人を従え、カバン一つで駅のプラットホームに立っている。

 息子や孫たち、教え子に同僚、学長など大学の面々が涙ながらに別れの言葉を送っているも、教授本人はぶっきらぼうな返しに終始している。遠くにあるサーカスのテントを見つめるシロコのほうがよほどさびしがって見える始末であった。


「よろしく頼むよ、諸君」


 閉じた傘を息子によこす。

 未練など微塵も感じさせず、振り返りもせず、教授は一等列車のタラップに足を乗せた。

 手すりにつかまって腰を引き上げ、連結通路を経由して客室の奥へと進んでいく。イク、シロコ、ミドも彼に続いた。

 甲高い汽笛の音を合図に、蒸気機関車は動き出す。

 重々しく進みはじめた列車は徐々に加速し、蒸気の尾を煙突から引きながら、水煙に霞む大陸の彼方へと消えていった。



 懐中時計が午後の時刻を刻みだした頃合。

 城壁に囲まれた大都市は山岳の影に隠れてしまい、緑の茂っていた豊沃な大地も渇いた荒地に変わっていた。この荒野こそ冒険者たちの知るグリア大陸であった。

 緑の枯れたこの大地、いくら恵みの雨が降ろうと潤うことはない。


「長旅になるな」

「大陸を横断する形になるからね」


 イクは指を折って終点までの日数を数える。

 宿泊予定の各町村では、既に大学が宿を手配しているとのこと。おまけに列車も終点まで一等車両の席を予約してある。今回の旅路はそういった煩雑になる部分に関しては気楽であった。


「『地の底に眠る怪物』と道連れに葬り去られた、古代文明の航空技術。その再現を志し、若かりし頃の私は大学の道に進んだ。私も青かったな」


 ポンチョを脱いだ教授は上等な革張りの座席に深くもたれ、雨露したたるガラス窓に目をやる。視線のはるか彼方の方角には、隠居先の集落があるのだろう。


「私には最後の使命が残されている。家族との生活を投げ打ってでも果たさねばならぬ使命がな」

「最後の使命とは?」

「いずれわかる」

「以前も似た台詞を聞いたような」

「いずれわかるものを重ねて説明するなど二度手間、非効率的ではないかね。老い先短い私に無駄口を叩かせるでない」


 そんな調子で、隠居先の集落についても詳しくは教えてくれなかった。

 頑固な老紳士は手元で銀色のペンに似た物体をもてあそびながら、雨降る荒野の景色をぼうっと眺めていた。

 シロコが隣の座席にちょこんと座る。


「ディオン先生。先生は家族と離れ離れになってさびしくないんですか?」

「出会いと別れは因と果を成す対なるもの。すなわち宿命にして摂理なり」


 シロコは「う、ううん……?」と難しそうに首を捻っている。


「む、難しくてよくわかんないです。でも、先生が家族と別れてさびしいのはなんとなくわかった気がする。うん。先生、泣いてたの隠してたもん」


 勝手に納得する彼女を、教授は特に言い返すわけでもなく沈黙していた。

 身内らと最後の別れを交わすとき、教授は振り返らなかったのではない。振り返ることができなかったのだ。


「愛情を愛情として伝えてしまったら甘やかしに成り下がるのだよ。愛とは内なるもの、そして密やかなるもの」


 それがこの老紳士の信念らしい。

 イクは幾重も皺の刻まれた横顔を盗み見つつ、彼の研究者としての半生に想像をめぐらせていた。


「やあ、そこの少年」


 イクの頭上から不意にさわやかなあいさつが。


「ああ、そうだ。お前のことだよ少年」


 座席のそばに立っていた貴族の若者が、白い歯を見せてキザに笑んでいた。


「突然ですまない。お前のその得物を見せてくれないか。剣に興味があるんだ」


 座席に立てかけられているイクの太刀を指差す。

 剣に興味があるとの言葉どおり、若者の腰には凝った趣向の細剣(レイピア)がぶら下がっている。機能的とは言い難い金細工の装飾から、単なる金持ちの道楽だろうとイクは判断する。

 イクの許可を得た貴族の若者は太刀を鞘から抜いて、客室の明かりを反射させる刀身をうっとりと眺めだした。その間、イクは若者の容姿を観察していた。

 一言で表すならば――容姿端麗な美男子。

 中性的な声質に加え、潔くさっぱりと切り整えられた短い髪が好青年さを際立たせている。ぱっと見の背丈はイクどころかミドにも勝っている。細剣同様、演劇にでも出るかのかと疑いかねない気取った衣装はカポーテをまとう闘牛士を想起させる。

挿絵(By みてみん)

 イクの太刀に首ったけだった若者が視線を感じ取る。


「おっと、名乗り遅れたな。私の名はイザベルだ。不名誉だが『あのエスパーダ家の』とでも付け加えれば、平民のお前にも察しがつくはずだ」

「イザベル……女だったのか」


 うっかり声に出してしまったイクは慌てて口を押さえる。

 ところが容姿端麗なる男装の令嬢イザベルは、気分を害するどころか逆に「ふふっ、初対面の者をいつも驚かせてしまってな」と得意面になっていた。

 太刀をイクに返す。


「研ぎ澄まされた良いカタナだ。それにだいぶ使い込まれている。ほう、腰に吊るしている銃は……いや、遠慮しておくか。鉄砲はそれほど趣味じゃない。少年、お前の名を聞かせてくれ」

(イク)でございます」

「おいおい、寒気のする言葉遣いはよせ。そこのメガネくんやフードを被っている娘と話しているときみたいに気安くしてくれ」


 そう言われても、イクにはディオン教授の付き人という手前がある。

 イクはしばし悩んだ末「変な奴だな、お前は」と小声で答えた。


「お前こそ変わった名前だろうに。イクは東洋の国から来たのか? まあ、今はいいか。長旅に飽きた頃にまた聞かせてもらうとしよう。一等車両に乗っていて、しかも考古学の権威と同席している冒険者なら、たいそう面白い話を聞き出せるに違いないからな」


 イザベルは狸寝入りしているディオン教授に会釈し、踵を返す。


「カタナのみならず、お前自身も相当の手練だな。数々の死線を潜り抜けてきた刺激が肌に伝わるぞ」

「俺は冒険者だ。危険とは日々隣り合わせさ」

「イクのそばにいるだけで血が昂ぶる。いつか一対一の決闘を所望しよう」


 去り際に挑戦的な言葉を残していった。

 イザベルが隣の車両に帰ってからすぐであった。車掌たちの様子が慌しくなり、甲高い車輪の摩擦音と共に列車が急激な減速を始めたのは。

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