ロイ
「それにしてもジニーちゃん、さっきの魔法すごかったね」
中級攻撃系魔法バーストショット。
その効果は突発的な衝撃を直線状に発射し命中した目標を爆砕することにある。
高密度に圧縮されたアニマを一挙に放出するという一見シンプルなこの魔法は、実は制御が難しく失敗すると自分の手元で暴発してしまう危険を伴う非常にリスキーな魔法である。
そしてアニマを溜めれば溜めるほど威力は増し、その制御は困難を極める。
よって中ボス程度のモンスターを一撃で吹き飛ばすほどの威力をもったバーストショットを使いこなす魔法使いはそうはいない。
「えへへ。ユウェルの石があればすごいのがつかえるんだよ!」
ない胸を精一杯張って、ジニーは得意げに悦に入る。
「すごいねー! わたしもあんな魔法が使えたらなぁ」
アニマは腐るほど溜まっているのにマジックアローしか発動できない今の自分には、ジニーの中級魔法が羨ましく映った。
「でも、アニマをためるのにじかんがかかっちゃうんだぁ。さっきだってルーナをたすけるのぎりっぎりだったし」
「そうなんだぁ。うん、間一髪だったけど間に合ってよかった。ジニーちゃん、助けてくれてありがとうね」
「えへへ。ルーナにはたすけてもらってたからね! そのしかえし! ……かんいっぱつってなに?」
満面の笑みで幸せを振りまくこの小さな魔法使いには敬意を表さねばなるまい。
だが言語能力の稚拙さには改善の余地がありそうだ。
「あっ……ちかづいてくる!」
ジニーの額の宝石が桜色に煌めき、なにかに反応しているように見えた。
「え、だれが?」
「ユウェルのだれか! たぶんお兄ちゃん!」
そのすぐ次の瞬間、フロアの扉がじゃりじゃりした石ずれ音を響かせて開かれた。
現れたのは白いローブをはおり、濃い緑色の髪の毛をもつ男だった。
「ジニー! 無事か!?」
「ロイお兄ちゃん!」
息せき切って俺とジニーに近づいてくる。
「ジニー! なぜフードをとっている! あれほど人前で魔宝石をさらすなと言っただろうが!」
「えっとえっと、ごめんなさいお兄ちゃん!」
兄の怒号を受けたジニーはあわあわと取り乱す。
すぐ手前まできてやっと俺に目を向けた彼は、おもむろに左手に携えた杖を俺に向ける。
まるで、余計なことは喋るなとでも圧力をかけているかのような気迫が感じられる。
「あんたは何者だ」
先ほどジニーの安否を確認するために叫んだ優しさをふくんだ声とはうってかわって、警戒心がありありとにじみ出ている声だった。
「えっと、何者って……」
ジニーの友達だとでも答えるのが正解なのだろうか。
「まさかこの子に危害を加えようと思ってたんじゃないだろうな」
「いや、違いますけど。ありえませんけど」
ジニーを傷つけるやつは許さないぞ!
わずかな俺の動作を見逃そうともしない鋭い彼の眼つきは、初対面の女に向ける友好的なそれでは決してなかった。
不意にジニーが立ち上がって、俺と彼との間に割って入った。
「お兄ちゃん! ルーナはそんなことしないもん! わたしのことまもってくれたんだよ!」
ジニーの必死の弁護が心にしみる。
「ほう」
妹の言葉を聞き入れて、彼は警戒を緩めて杖を下げた。
「そうか、ジニーを守ってくれたのか。そうとは知らず無礼なことをした。非礼を詫びよう」
即座に深く頭を下げた彼から、強い謝罪の意が伝わる。
硬派で礼儀正しい紳士的な行為だった。
「いえいえ、心中お察ししますよ。妹思いなんですね」
「ああ、うちの妹は天才なんだ」
いきなりの妹自慢に、彼の第一印象は即座に変更される。
シスコン紳士、っと。
そんなのもはや紳士じゃねーよ。
まじまじと彼の顔を見つめると、彼の額には宝石がついていないことに気がついた。
「ジニーと同じ場所に宝石があるわけじゃないんですね」
「ん、ああ。おれの魔宝石は胸についてるからな。ユウェルの宝石の場所は個人によって違うんだ」
だから彼はフードをかぶらないで済んでいるらしい。
「……それでな、ジニーのどこがすごいかっていうと、魔宝石の使い方がもう天才の領域なんだよ。この年から中級の魔法をぶっぱなせる魔法使いはそうそういないからな。それになんてったてこの可愛らしさ愛らしさだ。これはもう神がかってるとしか言いようがないと思うんだ。天が遣わした天使だってこんなに慈愛にみちた微笑みを浮かべることはできないだろうからな。ジニーの可愛さを表現する適当な言葉がこの世にないのが悔やまれるな。いろいろ語りつくせないジニーの魅力があるんだが――総合的に言うとジニーは世界で一番の妹だ」
こいつやべえ。
妹の目の前で妹自慢とか正気か。
「えへへ。お兄ちゃん、そんなに褒めてもなにもでないよぉ」
ジニーも満更ではなさそうだし、この兄妹の行く末が心配になってくる。
ただ、ジニーへの愛は俺とも共通する部分は多い。
清少納言曰く、『小さきものはみなうつくし』。
この世の真理である。
「ええ、ジニーはとても可愛いわよね」
「わかってくれるか同志! あんたの名前はルーナでいいんだよな?」
「そうよ」
「おれの名はロイ。あんたとは仲良くできそうだ。よろしくな」
「ええ、こちらこそ」
俺とロイとの間に奇妙な友情が芽生えた瞬間であった。
なんだこれ。