ダンジョン
「うそじゃないもん。わたしわかるもん!」
「そんなこといっても、なんでわかるの?」
「えっと、それはひみつ。でもほんとう」
フードの下からのぞく彼女の目は、嘘をついているようなときのそれとはまったく違っているように思われた。
「ジニーちゃんが転移する前は、この中にいたの?」
「ちがうとこだったよ?」
ということはロイ氏もまたランダム転移石を使用し、その結果ダンジョンの中に転送されてしまったと。
緊急脱出アイテム使って自分からさらなる危機に飛び込とは、なんて運のない男だったのだろう。
ゴブリンの群れのど真ん中に飛ばされたジニーも相当だけれども。
この兄妹、危険に好かれすぎだろ。
「うーん、ダンジョンは外よりも危険だしなぁ。ロイ兄ちゃんが出てくるのをここで待ってるのがジニーちゃんの安全を確保する上で最も確実だけど」
「ルーナがこないなら、わたしひとりでいくね」
「えっ!?」
言うが早いが、ジニーはさっさとダンジョンの入口に足を踏み入れた。
「ちょ、ちょっと!」
俺の制止も聞かないで前進する彼女の姿は、あっという間に見えなくなった。
「……ゴブリンに囲まれただけで泣いてたのに、どんな理屈だよ」
ジニーを放っておくわけにもいかず、俺も仕方なく彼女のあとを追った。
ダンジョンの内装は石造りの遺跡であった。
「おそいよ。こっちこっち!」
ジニーが手招きして俺を奥地へ誘う。
「待ってってば! モンスターが出たら危ないよ!」
「へっへーん。ルーナがやっつけてくれるからだいじょうぶだもんねー!」
なんか普通に頼りにされちゃってるし。
ネトゲ時代の情報をもとに考えると、このダンジョンは初心者向けの難易度低め設定になっていて、モンスターも比較的少なめだ。
まあなんとかなるかと鷹をくくりつつ、どんどん深層へと進んでいく。
「あれ……?」
今まで迷いなく進んできたジニーが、別れ道の真ん前で突然立ち止まる。
「どうかしたの?」
「ふたりいる」
「お兄ちゃんが?」
「ロイ兄ちゃんが2人もいるわけないじゃん」
だめだ会話にならん。
「どういうことか、私にわかるように言ってくれないかな?」
「えっとね、かたっぽはロイ兄ちゃんなはずなんだけど……。でも」
うんうんうなって、ジニーは結局右手の道を選択した。
「とりあえずこっちのほうがちかい! はやくはやく!」
ジニーが俺の手を引っ張って先導する。
「ここ」
立ち止まったジニーが指差したのは壁である。
「そっちがわになにかがあるはず!」
ダンジョンでは隠し通路や隠し部屋はつきもので、たいていはおいしい宝物がおいてあったりする。
「隠し扉なんてあったんだ、うかつだったぁ」
もと廃ゲーマーとしての甘さを呪っている俺をよそに、ジニーは壁を押して部屋の入口を出現させた。
とりあえず入ってみる。
かなり広々とした空間で、明るさが足りないためか奥のほうは暗くてよく見えない。
「なんにもないよジニーちゃん」
「えー、すぐちかくのはずなんだけどなー」
奥も含めて部屋中見回してみても、宝箱一つおいていない。
「ジニーちゃん、1回出よ。なんか嫌な予感がする」
初心者用のダンジョンだからといって舐めていたかもしれない。
だが、ゲーマーとしての長年の勘が告げている。
ここはまずい、と。
「でも、ドアがないよルーナ。どうしよう」
「しまった!」
入口は開けたままにしていたはずだったが、閉じ込められた。
いわゆる強制閉鎖。
そして何もない部屋。
このふたつの状況が意味することはただひとつ。
「ジニーちゃん、私から離れないで!」
「え、うん」
周囲に警戒を向ける。
「……上か!?」
視線を上に向けるのとほぼ同時に、巨大ななにかが天井から落ちてきた。