終結
そして意識は自我を取り戻し、瞳は再び開かれる。
薄暗い闇は辺りを優しく包み込んでいた。
シックな落ち着いたブラウンのカーテン。
使いふるされたきずだらけの本棚。
かちこちと、正確な律動を保つ白黒の掛け時計。
勉強机とPC用デスク。
新品のCDプレーヤー。
久々に目にする現代風の空間。
すべて見知っている。
俺の部屋と、部屋のものだ。
「戻ってきた、のか」
横たわっているのはベッドの上だった。
身体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。
軋むベッドの音が懐かしい。
とりあえずドアの近くのスイッチをつけて明るさを確保する。
「……今って、いつだ?」
異世界で過ごした日数を考えればゆうに一カ月近くは経過しているはずだが。
カレンダーはめくられていない。
机の上の携帯電話を手に取る。
青いガラケーを開くと画面に日時が表示された。
確か、最後にこの部屋にいたときのと同じ日付だ。
時刻は数時間ほど経ている。
「まさか、ただの夢……?」
それにしてはなんともリアルな感覚だった。
ダニエラは『この世界に来たいと思っている異世界の英雄』を呼び出したと言っていた。
たしかにファンタジー世界に行ってみたいという願望は長年持ち続けていたが。
でもそれだけだろうか。
なにか、きっかけのようなものがあったはずに思われた。
「――!」
そうか。
思い出した。
昨日、つまり異世界へ迷い込む前日のことだ。
俺は目の前で妹を助けられなかった。
彼女は生きている。
生きているけれども、いまは病院にいる。
学校の帰り道のことだった。
ささいな、はたから見れば取るに足らないどうでもよいことで俺と妹は口げんかをした。
いさかい。いや、すれ違いだったかもしれない。
その果てに彼女はさきに帰ると言い出して走り出してしまった。
そして、横断歩道の信号は青だったはずなのに……。
責めた。俺は自分を許せなかった。
もしもけんかなどしなければ「あの車危ないね」で済んだはずのことだったのに、と。
こんな世界は嫌だと、間違っていると。
逃げたのだ。ファンタジーの異世界へ俺は逃げ込んだ。
そしていまもういちど自分と向き合う時が訪れたのだ。
かすかな夢の、そのあとに。
「ほんとうに、夢?」
ジニーもロイさんもペローナもダニエラも、みんな夢のなかでしか存在していなかったというのだろうか。
そんなの認めない。
認めたくない。
ふと、PC用デスクの上のノートパソコンが目に入った。
おそるおそる電源のスイッチを入れる。
起動。
目的のところへたどり着くまでにかかる時間がすべてもどかしく感じた。
『ウィザード・エイジ・オンライン』のログイン画面が表示される。
下の掲示板にはメンテナンス終了のお知らせ。
そして『新職業≪魔法戦士≫が解禁!』とあった。
「……そうか」
高鳴る鼓動に胸を躍らせながらIDとパスワードを打ち込み、ログインする。
キャラクターはもちろんルーナだ。
聞きなれたBGMが心を少し落ち着かせる。
「――!?」
ルーナが立つ場所はグロームの塔の手前。
ゲームではしばらく訪れていなかった。
そう、ゲームでは。
ステータス画面を見る。
そうして俺は、異世界でのできごとが夢ではなかったことを知る。
彼女のレベルは上限いっぱいの120。
そして両手のなかでは、柄頭にルビーの宝玉がはめ込まれた大剣が輝いていた。
了
あとがき
『異世界ファンタジスタと夢見ぬ少女』はこれにて完結です。
「とりあえずファンタジー小説が書きたい!」という思いからなかば衝動的に始めた作品でした。
最後まで読んでいただいた読者様には本当に感謝しております。
私の作品が読者様の心に少しでも残ってくれることを願って、あとがきとさせていただきます。
またいつかどこかで会う日まで。
真白ざくろ




