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英雄

 大剣はダニエラの心臓に突き刺さっていた。


 クラディウスを引き抜き、再び俺は地面に伏す。


「な、なんで……」


「その疑問はアニマの壁が発動しなかったことについてか? それとも血が出てないことについてか?」


「どっちも、よ」


 クラディウスは確かにダニエラを突き通した。


 しかし彼女の身体から出血が起こることはない。


「アニマの壁はロイさんがとめてくれたんだ」


 死してなおジニーのことを想う兄の力によって。


 ロイさんはやっとユウェルの力を扱えるようになったらしい。


 守護の力を失ったダニエラに、クラディウスの刃は届いた。


「血が出てないのは、お前を切ったわけじゃないからだ」


「それはどういう……?」


「俺はお前の心を切った」


 クラディウスは言った。

 

 俺が望むものはなんでも切れると。


 俺が切ったのはダニエラの肉体ではない。


 彼女の悪の心だ。


「死んで終わりじゃつぐないにならない。お前はこれから生きて罪をつぐなうんだ」


 アニマの壁が発動しないのもダニエラの心だけを切るのも、賭けだった。


 どちらかが失敗していたら勝利はなかったはずだ。


「うぅ……」


 さて、そろそろ俺の身体のほうがまずい。


 クラディウスを手放して左腕をきつく押さえているが、どうにも意識がいまにも飛んでしまいそうだ。


「ん……」


 ほとばしる激痛のさなか、一筋のぬくもりを感じた。


 ゆっくりゆっくり、左腕が再生されてゆく。


「ペローナ、手を出すなって言ったのに」


怪我人けがにんはだまっとれ」


 朦朧もうろうとしていた意識が鮮明によみがえってくる。


 倒れたまま首を傾けると、ペローナがこちらに歩いてきているのが目に入った。


 おそるおそるジニーもついてきている。


「ペローナ。背、縮んでる」


「くっくっく。安い代償じゃ」


 ジニーがすぐ近くにいるので簡単に比較できた。


 グロームの塔の最後のボス戦の前にはジニーとペローナは同じくらいの身長だったはずだが、いまはペローナのほうがふたまわりも小さくなっていた。


「まったく、無茶するんだから」


「こっちのセリフじゃ」


 なんにせよ、まだ取り返しのつかない若返りではなさそうで安心した。


「あなた、さっきと口調がぜんぜん違うのね」


「ぎくっ!」


 実際は「ぎくっ!」などとは口に出していないのだが、もう少しで声になってしまうところだった。


「べつに、感情が高ぶって口が悪くなってただけだって」


「そうかしらぁ。さっきまでのも結構よかったわよ、男らしくって。ぞくぞくしちゃったわ」


 俺は死ぬかもしれなかったという恐怖のほうでぞくぞくしてました。


「……そう言えば、ダニエラが盗んだ禁書ってなんだったの?」


「『禁呪召喚の体系的原理』って本よ。ためになる召喚魔法がいっぱい載ってたわ~。失敗したのもいくつかあるけど」


「ふうん、どんなのに失敗したの?」


「『英雄召喚』ってのがあってねぇ。召喚中でも術者が動けるってのが魅力的な魔法だったわ。召喚には成功したっぽいんだけど、肝心の召喚獣がどっかに飛ばされちゃったっぽいのよね」


 今日あたりそろそろ召喚の契約が切れるはずなんだけど。


 と、ダニエラは付け足した。


「英雄?」


「なんでもこの世界に来たいって思ってる異世界の英雄を呼び出す魔法なんですって。ちょっと異世界なんて眉唾まゆつばものだけれど、面白そうじゃない?」


 異世界の英雄。


 俺は背中に変な汗を感じていた。


 まさかとは思うのだけれど、否定できる要素が見当たらない。


 むしろ肯定できる材料のほうが多いくらいだ。


 俺はオンラインゲームで何度もダンジョンを攻略していた。


 街や国を救ったりするイベントにもたくさん参加し、成功してきた。


 英雄という称号に見合う戦歴だったはずだ。


 それに俺が最初にこの世界に来て、ダニエラとすぐ遭遇している。


 ダニエラの言う『失敗』でどれくらい召喚獣がとばされたのかはわからないが、決して遠くではないはずだ。


「まあ、呼び出した英雄はマジックアローしか使えないってのがデメリットだったんだけど」


 決まり、か。


「ルーナ、からだがすけてない?」


 ジニーが言う。


 腕も足も胴体も、色の薄いステンドガラスのように透けてきていた。


「ダニエラ、召喚した英雄ってわたしのことだったのかも」


「あら、まったく言うこと聞かない召喚獣で困ったわね」


 ふふっ、と明るくダニエラは笑う。


 どんどん身体の透明度が高くなってきた。


「これでお別れかな」


「そんな! ルーナ、おいてかないでよ!」


 俺にふれようとしたジニーの小さな手はむなしくも宙を切る。


「ジニー、約束して? ロイさんもわたしもペローナもあなたを助けることはできるけど、あなたもだれかを助ける力がある。だから、自分の力の使い方を間違えないこと」


「……うん」


 静かにジニーの双眸そうぼうから涙がこぼれ落ちる。


「泣いていいのは悲しいときじゃないって教えなかった? いつなら泣いていいんだっけ?」


「……うれしいときと、おとこのひとをおとすとき」


「よくできました」


「お主、ろくなこと教えとらんの」


 横からペローナが口をはさむ。


「ペローナ、ジニーのことよろしくお願い」


「くっくっく、お安いご用じゃ」


 もっともっと、身体が見えなくなっていく。


「ダニエラ、償える罪は償うこと」


「……わかってるわよ」


 ふん、とそっぽをむくダニエラ。


 案外子どもっぽいところもあるらしい。


 最後にクラディウス、ありがとう。


≪最後、か……あるじたるお前と我は常に一心同体だがな≫


 ん、よくわからんが離れてても心は一緒って意味だろう。


「みんなと会えて本当によかった」


 短い旅だったけど、どうやらここで冒険は終わりらしい。


 薄れゆく意識のなかで俺は、たぶん笑っていたと思う。


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