決戦
「召喚魔法! デュラハン!」
ダニエラの前に新たな召喚獣が出現した。
中世風の漆黒の鎧に身を包んだ騎士の魔物、と説明したいところだがそうもいかない。
デュラハンは鎧そのものだからである。
その中身は空洞にしてがらんどう。
右に白刃の片手剣、左に黒の盾を携えている。
手はないので右手・左手に持っているとは言えない。
目をこらしてよく見てみると剣も盾も空中に浮いている。
「どんな敵がいたところで!」
すべて薙ぎ払うのみである。
俺の頭の中はいま猛烈に煮え立っている。
煮え立つなどという表現では文字通り、生ぬるい。
それは脈動する火山の奥深く、噴火の瞬間をまちわびるマグマのよう。
そしてそのマグマがいま吐き出される。
「やあぁぁぁ!」
逆袈裟切りを一閃。
巨体を瞬時に斜めに切断され、ずるずると上半分の身体がずれ落ちてゆくサイクロプス。
ほどなく音もなく、サイクロプスは霧のように姿を消した。
次いでダニエラの前に立ちはだかるデュラハンに一太刀を浴びせる。
渾身の横真一文字。
素直に片手剣で受け止めに来たデュラハンだったが、その甲斐なく己の剣そして鎧までもが大剣の餌食となる。
あっけなく、じつにあっけなく。
まるでハサミで紙を切るかのように。
「次はお前だ!」
軽くも重いステップで一気にダニエラに距離を詰める。
ダニエラは召喚獣を失ってすでに移動できるはずなのに、一歩も踏み出さない。
大剣を、クラディウスを突き立てるがしかし。
「うぐっ!」
ダニエラの一メートル手前で、なにも見えなかった空間にぶつかって大剣は弾かれた。
見えない壁、いや見えなかった壁か。
クラディウスがその壁のようなものに当たった瞬間だけ、全貌があらわになっていたが、それはダイヤモンドの塊のようだった。
さきほどジニーのバーストショットも弾かれた魔法だ。
クラディウスでも切れないとなるとやっかい極まりない。
おい! なんでも切れるとか言ってただろ!
≪相手はユウェルの力を持つものか。……この場合、アニマどうしのぶつけ合いとなるな。切れないわけではない≫
再びクラディウスで切りかかる。
今度は手ごたえあり。
刃が空間に少しだけめり込む形となった。
抜き出して今一度、大上段から振り下ろす。
同じく剣は壁に切れ目をいれることはできたがダニエラまでは届かない。
「この魔宝石の力は最高よ。召喚士のわたしにはもってこいだわ」
あくまで余裕の表情を崩さないダニエラ。
召喚中は自身の身体がもっとも脆くわかりやすい弱点となる彼女としてはありがたい守りの力なのだろう。
「もっともどっかのだれかさんは、ちゃんとこの力を扱えていなかったけれどもね。笑わせてくれるわ」
「……」
俺は黙って剣を振るい続ける。
「道具はね、それを扱える者が持つべきなのよ。わかるでしょ?」
「……」
くそ、硬すぎる。
「まあさすがのわたしでも禁書に載ってた魔法をすべて習得できたってわけじゃないけど」
「……」
切っても切っても、壁は剣を抜けばすぐ再生してしまう。
「だからって図書館の奥に使われないまま埃かぶらせておくなんてもったいないじゃない」
「……」
なにかほかに良い手はないのだろうか。
いや、きっとある。
「要は道具は使いようってわけよ」
「……」
道具か。
「あなたのルビーの大剣だってそうなんだから」
「違う!」
クラディウスも道具?
なにかどこか違う気がする。
いまは剣として力を貸してくれているけれども、俺はクラディウスをひとつの道具として認めたくない。
「仮に道具と認めるとして、クラディウスは……」
なんか無口で自分が喋りたいときにしか話しかけてこないけれど。
それでもクラディウスは。
「相棒だから」
棒じゃなくって剣だけど。
≪なんど言わせる気だ。我の力はそれだけはない≫
いまから試そうと思ってたし!
「くらえ!」
『絶対吸収!』
相手はアニマの壁ならば、雷神トールの雷撃の魔法を吸収したときと同じようにできるはずだ。
そして、思い通り。
クラディウスが壁にふれた瞬間、アニマを吸収し、溶かしてゆく。
切り込みを入れた時とは段違いのスピードで浸食していく。
「なっ!」
焦りの色を見せたダニエラ。
「スクリュードライブ!」
杖をくるくるっと高速で振るって、黒い螺旋の閃光がせまる。
即座にクラディウスでガードし、吸収する。
初めて体内にとりこんだ闇属性のアニマだ。
だが取り込んだからといって呪いがかかるわけでもなく、すぐに無属性に変換できた。
「ちょっと舐めすぎてたわ……でも」
近未来予知でせまる危機を察知する。
後方から刃が、先端だけになった刃が俺に向かって飛んできた。
デュラハンの……!
このときは余裕がなくて気づかなかったのだが、横に真っ二つにされたデュラハンは召喚を解かれることなくその場に残っていたのだった。
ダニエラが動かなかったのも、単純に召喚獣を戻していなかったから。
とっさに右手のクラディウスで払う――しかし。
「がら空きよ! スクリュードライブ!」
螺旋の斬撃。
防御が間に合わず、左腕を黒い力で抉られる。
態勢を大きく崩してなんとか被害を左腕だけに抑える。
そのまま地面にどさりと倒れこむ。
途中で削るべき対象をそらされた黒い螺旋は勢いを殺されることなく、直線の軌跡を描いて飛んでいった。
危なかった。
ダメージは大きいがしかし回避行動をとらなかったら腕のみならず身体も貫通していただろう。
傷口が悲鳴をあげる。
血液がちぎれた血管から飛び出していく。
左腕は皮一枚でつながっているようなものだ。
ひじから先の感覚がない。
「甘かったわね。これで終わりよ」
「待った、待ってくれ。冥土の土産に聞きたいことがある」
唐突な提案に面喰うダニエラ。
「死ぬ寸前なのにいい度胸ね。いいわ、なにが聞きたいの? なにが知りたいの?」
「お前は、自分が悪だと思うか」
そして大きく首をかしげる。
「ふふっ、難しい質問ね。怪盗を自称するわたしが自分を悪だと認めていないと思う? まあ、人が他人のために良いことをすることが善で、自分のために良いことすることが悪だというのなら、そんなのわたしは認めないけれど」
人のものを奪うのは悪だとは思うわ。
でもわたしはわたしが生きたいように生きる。
そのためにはだれかを殺すことだっていとわない。
だからいまからあなたの命を奪う。
だからわたしは悪。
「俺はお前が悪だなんて思わないよ」
「あら。べつにそんなこと言われても嬉しくはないけど。でも、どうして?」
「お前が悪なんじゃない。お前がしたことが悪なんだ」
刹那の逡巡を経て、ダニエラは口を開く。
「……ふーん、ふーん。あなた面白いわね。そのルビーの剣を渡してくれるなら、命だけは助けてあげるのもやぶさかじゃあないわよ?」
「それはできないな。俺を殺してから奪えよ」
クラディウスは渡せない。
なぜならまだ俺はあきらめてないからだ。
人の強さを、信じていたいからだ。
「あら残念。じゃあ大サービス。最後に言い残す言葉はない? 一応覚えておいてあげるわよ?」
「そうだな……じゃあ妹を残してひとりで勝手に死んでしまったお兄さんへ一言」
ダニエラの左目の位置、ダイヤモンドを見つめて。
ルビーにクラディウスの心が宿っているのと同じように、ダイヤモンドにロイさんの心が残っていることを信じて。
いや、もうわかっている。
さっきアニマを吸収したときにわかっていた。
そして信じるものはあとひとつ。
兄の妹への愛を、兄として俺はロイさんの強さを信じる。
「ロイさん、あんた! ジニーが殺されるのを黙ってみてるつもりかよ! ……それでも!」
それでも兄かよ!
これでもかという大声で叫び上げた俺は、最後の力を振り絞る。
そしてクラディウスで、ダニエラを、貫いた。




