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ダイヤモンド

 その髪は闇色に染まり、不吉そうな雰囲気をにじませていた。


 ぺろりと舌舐めずりする様子はさながらヘビのようである。


 ダニエラ。怪盗ダニエラだ。


 ロイとジニーの魔宝石を狙っていた魔法使い。


 しかし、以前に見た彼女の顔とは少し異なっているようであった。


 どこかが違う。


 目が違う。


 彼女の左目には黒い眼帯がつけられており、その奥をうかがわせない。


「やっと、やっとこの時が来たわ……」


 うふふ、とダニエラは妖艶な笑みをこぼす。


「ピンクダイヤモンド、ルビー。そしてそれが賢者の石かしら? すべてわたしのものよ」


 ダニエラは右目でゆっくりと、ジニー、俺、ペローナへ視線を移動させてゆく。


「わざわざそちらから出向いてくるとは賢者の石でさがす手間が省けたわい。お主が盗み出した禁書、返してもらうぞ!」


 ペローナが叫ぶ。


「あらあら、元気がよろしいこと。でもペローナ館長様、ずいぶんと背がお縮みになられましたわね。お若くなられて羨ましい限りですわ」


 ダニエラは今度はあざ笑うかのような声で失笑をもらす。


「やはり不老の魔法にはそれなりのリスクがあったみたいねえ。わたしのかけた呪いと相まって思わぬ効果が生まれてしまったらしいわね」


 ペローナの祖国で禁書を盗み出した犯人はダニエラだったらしい。


 どこまで強欲なやつなのだろう。


「ペローナ、呪いって?」


「……魔法封じじゃ。ふつうはかけられても時間が経てば勝手に解除されるもんなんじゃが、余の場合は事情が違っての」


 ペローナが開発した不老の魔法はその強力さ故にそれなりのデメリットも付随していた。


 呪術的な魔法、つまり呪いの魔法に耐性がなくなってしまう。


 いや、なくなるだけではなくその効果を悪化させてしまうのである。


「黙っていようと思っとったんじゃがの。余は、魔法を発動させるたびに若返ってしまうのじゃよ」


 ペローナが不老の魔法を編み出したのが二十代の後半のころ。


 そこからまったく年を取らずに年月を重ね、禁書の事件が発生する。


 そしてペローナはひとりでダンジョンを4つ踏破。


 当然、魔法は使わざるを得なかった。


 そうペローナは説明した。 


 今ではペローナはジニーと同じくらいの外見だ。


 たしかジニーは11歳と言っていたか。


「魔法を使うとそれ正比例して若返る?」


「いや、正比例ではないぞ。前に言わんかったかの?」


 魔法も魔法具も『呪い』も、使えば使うほどその効果を増す。


 よくある話じゃな。


 と、ペローナは教えてくれていた。


「……わかった。ペローナは下がってて。絶対に手を出さないで」


 あとどれくらいペローナが魔法を使えるのかわからない。


 もしも等比級数的に若返ってしまうとしたら……?


 ペローナに頼らずにダニエラを倒すのが一番良いだろう。


 右手に握ったクラディウスの刃を発現させる。


「ダニエラ、今度は逃がさない!」


「ふふっ。こっちの台詞よ」


 瞬間、ダニエラの前方に魔法陣が2つ浮かび上がる。


召喚魔法サモン! サイクロプス! カトブレパス!」


 幾何学模様を描いた円陣から、巨大な紅い一眼の魔人と、紫の瞳をもつ一眼の野獣が出現した……はずだ。


 はずだ、というのは俺が目をつぶっているから。


 カトブレパスの特徴は視線による硬化魔法を使ってくること。


 ゲームでは正面に向き合うだけで硬化させられた。


 だから、見ない。


 近未来予知でカトブレパスの魔法陣の場所に目をつぶって飛び込み、一閃。


 手ごたえあり、だ。


 カトブレパスの目を貫いた。


 続いてサイクロプスに攻撃……しない。


「ジニー!」


「あ……。バーストショット!」


 突き抜ける衝撃波。


 俺がカトブレパスだけを切り、サイクロプスに攻撃しなかった理由は明白だ。


 召喚獣を使役している間は術者は移動できない。


「うふっ」


 不敵な笑みのダニエラ。


 目前に迫った攻撃魔法にまったく動じることなく、召喚を解除することもなく、ただ立って待つ。


「なっ! オートガード!?」


 驚いた。


 ジニーの放ったバーストショットはダニエラに直撃することなく、その直前で打ち払われた。


 ダニエラが杖を振るうことなく。


「ふふふ……。あっはっははは! 残念だったわねピンクダイヤモンド! まさか兄の力に妨げられるなんて、とんだ皮肉があったもんだわ!!」


 叫びわめいた後、ダニエラは左の眼帯を荒々しく薙ぎ払った。


 左目があるはずのそこには、輝く透明な宝石、


「お兄ちゃん……!?」


 ダイヤモンドがはめ込まれていた。


「そんな……」


 へなへなと足の力が抜けて座り込んでしまうジニー。


「あっはは! ダイヤの騎士に潰された左目の代償は本人の命で払ってもらったってだけよ! すばらしい力だわ!!」


 にやりと、邪悪な笑顔であざ笑う。


「そしてプレゼント」


 ジニーの下に黒い魔法陣。


「マジックシール!」


「いかん! よけるんじゃジニー!」


 足に力が入らないジニーは立ち上がることなく、呪いを受ける。


 魔法封じか。


 涙でジニーのローブが濡れていく。


「返してよ! わたしのお兄ちゃんを、返して!!」


 俺は握りしめる。知らず、クラディウスの柄を強く、力強く握りしめる。


「うるっさいガキね。……さてさて、これでまともに戦えるのもあんたひとりってわけよ。降参するっていうなら命くらいは見逃してやってもよくってよ?」


「こっちの台詞だ、ダニエラ。……る」


 ジニーの悲しみ、悔しさは俺が受け取った。


「え? 聞こえないわよ?」


「俺が今からお前に! 土下座で命乞いと謝罪させてやるって、言ってんだよ!」


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