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雷神

「よし」


 禍々しい絵が彫られた大きな両扉を前に気合いをいれる。


「いこうか」


 右にいるジニーと左にいるペローナのそれぞれの頭に手を置きながら声をかける。


 頭をなでられるのが好きらしいジニーはえへへっ、とだけ機嫌よさげに返す。


 ペローナは意外にも手を払うことなく黙ったままだった。


 ジニーとペローナの身長ってぴったり同じくらいなんだなーと思いながら、心配してみる。


「ペローナ、どうしたの?」


「なんでもないぞ。作戦通り動けばよいのじゃな? 余は回復するだけじゃが」


「え、ああ。うん」


 釈然としないものを感じながら、ふたりに頭から手を離して扉を押す。 


 小声でクラディウス、とつぶやき魔法の袋から得物をとりだす。


 重厚長大な石の扉はゆっくりと開き、その奥にボスの姿があった。


【雷神トール】


種族:???


ランク:S


特徴:雷を自在に操る


属性:雷


弱点:なし


 巨人があぐらをかいてしていた。


 目はまだ閉じられている。


 雷神トールの両手は鉄の手袋に覆われており、右手には大きな槌が収まっている。


 巨人の圧倒的な大きさのせいで槌が小さく見えるのだが、比較対象なしであればかなり大きい。


 大槌の柄は短いのだが。


 あと座ってるのは立ったら天井に頭をぶつけてしまうからなのだろう。


 雷神トールはフロアの移動を一切行わない。


 そのかわり周囲には10体のスケルトン・コボルトロードが控えており、やつらは自由に攻撃してくる。


 ふつうのダンジョンの最後のボスは一体しかいないのだが、グロームの塔の特徴として複数ボスがいることが挙げられ、ボス攻略の難易度は比較的高めとなっていた。


「ほう。ルーナの予想通りじゃったな」


「まあね。ジニー?」


「うん! ……アースリメイク!」


 開戦早々ジニーの魔法が発動する。


 11階でのフロアボス戦と同様にしてまずは戦場をこちらに有利なようにつくりかえてしまう。


 雷神トールの移動がないことを考慮しての行動だった。


 ゆっくりと盛り上がった地面が壁の様相をなしてゆく。


 まず初めの作戦は成功だ。


 開戦前に、もしも何匹も敵がいるようならばこうするようにと打ち合わせしていたのである。


 もちろんグロームの塔の最後のボス戦がこうなるであろうということはゲームでの経験からわかっていた。


「だぁあー!」


 11階での戦闘と同じように一匹ずつスケルトン・コボルトロードを始末していく。


「くるっ!」


 スケルトン・コボルトロードはこちらの攻撃動作のすきをみて雷の魔法をはなってくるが即座にクラディウスの能力でキャンセルする。


 みえる。すべてわかる。


 相手が何匹いようとこの先の行動が手に取るようにわかる。


 グロームの塔でのくりかえしの戦闘で敵の癖が無意識レベルで定着したのだろうか。


 それにしてははっきりと確信をもって、わかってしまう。


 未来が今を追い越して、頭のなかにイメージされている。


≪前よりはましになったようだな≫


 コイツ……直接脳内に……!?


 遊んでいる場合ではなかった。


 というか前にも聞いた声だ。


 クラディウスの中の人である。


 今までだんまりだったのにいきなりどうしたのだろう。


 なにもこんないそがしいときに話しかけなくてもいいようなものなのに。


≪なに、だいぶアニマの使い方がうまくなったからほめてやろうというのだ。だがこの剣の力はこんなものではないぞ≫


 と、そこへ背後ですさまじい破壊音が響き俺の意識をひいた。


 残った数体の敵をそのままにして、通路をまっすぐ駆けて安全なはずの壁の内部へと撤退する。


「ルーナ! なんか飛んできた!」


 ジニーが指差すほうへ目をむけると、壁が壊されているのがわかった。


 右に一か所、左に一か所。大穴があいている。


 ジニーとペローナに被害はなさそうだ。


 さて、飛来したはずの『なにか』はみえない。


 俺にはわかっている。


 壁をぶち抜いたのは雷神トールの大槌、ミョルニルだ。


 雷属性のアニマを帯びた大槌は、いったん所有者の手から離れてもまるでブーメランのように手元にもどってくる。


 移動できない雷神トールが主に使ってくる遠距離攻撃だ。


 土属性のアースリメイクでつくった壁をいともたやすく貫通してしまうのは強力に過ぎる。


 ミョルニルは雷属性のアニマは付加されているが、そもそも単なる大槌としての重量が半端ないので攻撃力も相当である。


 直撃したらまずい。


 ふたりには前もって遠距離攻撃に注意するように言っておいたので今回はうまくかわしてくれたようだ。


 ここで、俺を追いかけて追いついたスケルトン・コボルトロードを相手する。


 そして10体目。


 ほどなく殲滅して、あとは雷神トールだけだ。


「ジニー! 解除して!」


「う、うん!」


 アースリメイクでつくられた壁が消え去る。


 スケルトン・コボルトロードがいなくなり、ミョルニルの攻撃を防げないことも判明した壁はもう機能しない。


 フロアを広く使うために壁はないほうがよい。


「続けて攻撃! あとは臨機応変に!」


 スケルトン・コボルトロードを俺が相手にしている間にジニーのアニマは自力で回復しているはず。


「スピニング・ロック!」


 回転する大岩が雷神トールの正面からせまる。


 雷神トールはこれは大槌を構えて受け止める。


 防御。


 ゲームでは見られなかった行動だ。


 システム外行動だが想定内だ。


 これはゲームではないのだから。

 

「はああ!!」


 スピニング・ロックの軌道をさけて走り込んでいた俺は雷神トールの左膝にクラディウスを突き立てる。


 雷神トールは右手に大槌を持っているからだ。


 大槌からは遠いほうがよい。


 上から大きな手が落ちてくるのがわかった。


 手にはゴツイ鉄の手袋がはめられているのでつぶされたら即死だろう。


 振り下ろされた雷神トールの左手をよけるため、大剣を抜きだしてバックステップする。


 だれもいない地面を叩きつけた巨大な左手だったが、予想以上に大きな衝撃波を生み出して俺を吹き飛ばした。


 空中で後ろ向きに三回転したのち、なんとかひざをついて着地する。


 曲芸師さながらの自身の身体能力に驚きを隠せない。


 即座に、地にめり込んだ雷神トールの左手に剣を振り下ろす。


 キイィィン! と鋭い金属音。


「んっ!」


 鉄の手袋はクラディウスの刃をものともせずに弾いたのだった。


 神器ヤールングローヴィ。


 雷神トールの手袋の名称だ。


 ゲームでは魔法でしか攻撃しないのでヤールングローヴィの強度を意識したことはなかったのだが、まさかこれほどの固さとは。


 鉄の手袋らしいのだが、ただの鉄ではなさそうだ。


 手がしびれてうまく剣が持てない。


「――くる!」


 真上から雷が落ちてくる。


 『再生破壊リメイクブレイク!』


 とっさにしびれる手でクラディウスを構えて魔法を消去する。


 しかし、


「……なんて魔力だ!?」


 クラディウスは相手の魔法と同じ量のアニマを消費して魔法を打ち消すことができる。


 魔法が強ければ強いほど消費する魔力は多い。


 いまの雷で残りのアニマがほとんど持っていかれてしまった。


「ルーナ! スケルトンが復活した!」


 ジニーの声。


 スケルトン・コボルトロードの復活?


 そんなことはゲームではなかったが……。


 気がつくと周囲をスケルトン・コボルトロードに囲まれていた。


 さらにみえる。未来。


 直下する落雷が。


 これは避けられるスピードではない。


 そして当然これ以上キャンセルできるアニマは残されていない。


「……くっ」


 すべて打ち消せずとも、少しはダメージを軽減するべく天井に剣を構える。


 俺がここで倒れたらジニーもペローナも危険にさらしてしまう。


 目前に迫る雷撃。


 天の咆哮をあらわしたかのような、轟音。


 まさに神鳴り。


 その刹那、再び舞い戻ったその声が頭の中に響く。


≪たとえ絶望が目前にあろうと意思を強く持て。……我の力はこんなものではないと、言ったであろう?≫

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