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出生

「賢者の石を……?」


 思わずがばっと身体を起こして身を乗り出した。


「なんじゃ? まさかお主も探しとるのか?」


「あー、わたしがじゃなくて。さっき言ったロイさんが」


 賢者の石についての著作をまず探そうとしていたはずだ。


「ほう。おおかたユウェルをなんとかしたいと願うつもりなんじゃろうな」


 願う、と。

 

 賢者の石については知っているところはあまりないが、その言葉にはひっかかった。


「賢者の石ってなんなの? ペローナはなにを知ってるの?」


「くっくっく。賢者の石は国家レベルでの機密事項みたいなもんじゃからの。あまり公にするべき存在ではないんじゃ。ただ……お主にはここまで協力してもらった恩もあるしの」


 信頼できる人以外にはしゃべってはいかんぞ? 


 と、声をひそめて彼女は言う。


「簡単に簡潔に言うと、賢者の石は持ち主の願いを叶えるという。眉唾ものの話じゃが、禁書にはそう記されておる」


「なんでそんなこと知ってるの?」


「これでも余はもともとさる国の王族の血をひいておってな。王立図書館の司書……実質的には警備なんかも担当しておったが、とりあえず禁書の存在も知っておった」


「じゃあ王女ってこと?」


「余は第3王女じゃった。後継ぎには余を含めた三人の王女しかおらず、男には恵まれなかった」


 ペローナはとつとつと昔のことを語りだした。


 当時、王には正室がひとりと側室がひとり。


 その側室がペローナの母親にあたる人物だ。


 正室は子をふたり、側室がひとり産んだ。


 男は産まれなかったが正室の長女が後に王位を継承する運びとなるはずだった。


 王国では慣例的にそうなるのが自然だった。


 だが、奇しくもペローナの魔法の才能は三人の王女のなかで群を抜いて優秀だった。


 そこでペローナに王位を継承させるべきではとの声が根強く聞かれた。


 このとき世は魔法大戦の直前であった。


 力あるものを頂点においたほうが戦争での家臣らの士気も高まるという目論みもあったのだった。


 権力争いは泥沼化していった。


「それでどうしたの?」


「戦争が始まりそうだというのに内輪もめで内部分解なんぞしておったら国が潰れてしまう。……結局余は自分から王族の名を捨てて家臣に下った」


 おかげで幼い日から余は人間不信気味になったの、と自嘲するように付け足して。


 暗殺の危険もあったのだろう。


 さて。国は大戦後も存続することができた。


 救護兵ヒーラーとして戦争に参加したペローナも生き残った。


 権力争いにも戦争にも疲れたペローナは自ら、闘争の渦からもっとも遠ざかれそうな王立図書館の勤務に志願した。


 その後、静かな暮らしが続く。


 水系統の魔法の研究に造詣が深かったペローナは不老の魔法を開発。


 だがその魔法はペローナにしか扱えない高度なものであった。


「ちょっと待って。それ何歳いつの話?」


「人の話は最後まで聞くもんじゃ」


 不老の魔法を駆使してペローナは生き続け、その間ずっと図書館で平穏な暮らしを続けていた。


 当然、禁書の存在も知っていた。


 禁書はひとつだけではないとのことだ。


 王位や権力への執着がまるで見られずただ王国への忠義の姿勢を長年示していたペローナへは王室の信頼も厚かった。


 もともと王族の血をひいていることもあり、禁書を閲覧する機会もあった。


 賢者の石について知ったのはそのときだったが、興味は湧かなかった。


 ただ静かに生きたかった。


 その幸せは長く続いたがしかし、一生継続するわけではなかった。


「余の記憶が一部分失われたのはこの先からじゃ」


 詳しいことは覚えていないという。


 知っていることは、周囲の人間からもれ聞いた情報だけ。


「禁書が一冊盗まれた。賢者の石についてのものではないぞ。ほかの禁書じゃ」


 王立図書館の最高管理責任者だったペローナはその罪科を問われる。


 家臣になったとはいえ王族の血をひくものに重すぎる罪は背負わせることははばかられたし周囲の人間の信用もあったペローナには汚名返上の機会が与えられた。


 禁書の奪還を指示されたのだ。


「余はその犯人と対峙したはずなんじゃ。じゃが、顔がどうしても思い出せん。記憶消去の魔法をかけられたようでな」


「解除できないの? 水魔法のエキスパートのペローナでも?」


「しかり。魔法というより呪いじゃな。術者を殺すか脅すかするのが最短なんじゃろうが、だれかなのかわからん。そこで余はまずかけられた呪いを解くことにした」


 そこであてにしたのが、賢者の石。


「よくわからんのだが、その禁書の一件ののちに余はさらに人間不信になったらしくての。ひとりで素材を集める旅を続けたおった」


 そして。


「あとひとつ。霹靂の水晶が最後のピースというわけじゃ」


「なるほど。でも雷属性のダンジョンはさすがにひとりではきつくって、わたしたちに助けを求めたってわけか」


「そうなるの」


 まあ、ほかの事情もなくはないのじゃが。


 ペローナはつぶやいた。


「でも、そんな重要なことわたしに話してよかったの? もしかしたらわたしがペローナのこと裏切って素材を横取りするかもしれないのに」


「くっくっく。お主はそんなことせんよ。それに素材があったところで合成方法まではわからんじゃろうて」


 なるほど納得。


 にしても俺のことは信じてくれているらしくってなんだか背中がむずかゆくなる。


「まあ、余の私用が終わったらそのロイとやらに賢者の石をゆずってやるのもやぶさかではないんじゃが?」


「それはありがたい話! ロイさんもジニーもきっとよろこぶよ」


 ユウェル再興の悲願か。


「すべてがおわったら、ペローナはどうするの?」


「どうもせんよ。祖国のエタンセルでまたゆっくりするだけじゃ。しかし」


「しかし?」


「じつは図書館にもう読む本がなくなってしまっての」


 くすり、と。ペローナは珍しく屈託のない笑顔を見せた。


 俺もつられて笑ってしまう。


 なんだペローナ、ふつうに笑うとけっこう可愛いじゃないかと思いながら。

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