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攻略中

 俺の先天属性は雷だ。


 五大属性のなかでも雷というのが特別な印象を与えたのが決め手だった覚えがある。

 火、風、土、雷、水のなかで画数が一番多くてかっこいいし。


 設定したアバターの髪が金髪だったからイメージと色を合わせて雷属性を選んだという、どうでもいいようなことまで思い出す。


 うん、うちで昔飼ってた金魚の名前くらいどうでもいいな。


 クラディウスを使うためにアニマは無属性なので、せっかく雷属性のダンジョンなのにまったく生かせていないのが悲しいところだ。


「のお、ルーナ」


 モンスターの気配がないことをわかっていて、ペローナが話しかける。

 いつのまにかペローナは俺の真横にいた。


「今さらじゃが、余の私用に付き合ってくれて感謝しとる」


 殊勝な態度。


 なに? 死亡フラグっていうんじゃないのこれ。


 周囲の警戒を怠らずに話を聞く。


「いきなりどうした?」


 なんちゃって魔王みたいな尊大な態度を見せないペローナに若干の不安と不審を感じる。


 って大概俺も失礼だなぁと自重。


「ダンジョン攻略でパーティ組むのはふつうだって」


 ソロでも攻略できるやつもなくはないが、人数をそろえたほうが楽なのは明らかである。


「ふつうか……余は誰かと一緒になにかをすることがなかったものでの」


 そんな口調だから友達もさぞつくり辛かろう。


 俺にも覚えがある。


 あれは中学二年の夏だった……。


 やべ、吐き気を催すレベルの黒歴史だった。


 やめよう。


「今までずっとひとりで生きてきたの?」


「そんなところじゃ。もっともところどころ記憶がないのもあるからわからぬが」


 記憶喪失ですかそうですか。


「よっぽどの事情があるんだね」


「む?」


 いぶかしげな視線を向けるペローナ。


「いや、ずっとひとりでやって来たんならさ。わたしとかジニーに頼ってる今はかなり特殊な事態なんだろうなと」


 ひとりで生きるという選択肢を選び続けてきた以上はきっとその信念を曲げるのにそうとうの覚悟も必要だったはずだ。


「まあ、そうかもしれんの。そこまでわかっていてえてその内容を追求しようとしないのがお主の優しさというわけかの?」


 ばかにしているのかと思ったが別にそういう意図はないらしい口ぶりだった。


「なに、言いたいの?」


「くっくっく、事情など大したことではない。結局のところ、余は自分のためにしか動かぬ。これも自分のためじゃ。誰かのために戦ったことなど、ない」


 自嘲じちょうしているような彼女の言葉には、どこか悲壮さがにじみ出ていた。


「べつにいいじゃない」


「んん?」


 初見の難しい漢字を凝視するような目で俺をみつめる。


 はた、と俺は自分の歩みをとめた。


 つられてペローナも。


 背後で黙って着いてきていたジニーも。


「義務感で誰かを助けようなんて、助けれらた側は嬉しくもなんともないと思う。ペローナは自分だけが自分のことしか考えれないって思いこんでるようだけど、わたしも似たようなもんだし」


 でも、とひとつ息を置いてからもう一度。


「いつかね。助けなきゃいけない、じゃない。誰かを助けたいって、思うような時がきっとくると思う」


 俺がジニーを初めて見た瞬間のように。


 あの時、俺は確かに助けたいと思ったから助けた。


 助けなくてはならないなんて思いは横切らなかった。


 現実世界での俺は基本、誰かのために動くことはなかったし、ボランティア活動などは偽善だとしか思えなかった。


 今は、どうだろうか。


 自分に誰かを助けられる力がある今ならば。


 ペローナだって力を持っている。


 それに、


「ペローナの回復魔法、本当に自分にしか使ったことはなかったの?」


 沈黙の連続。


「そんなことは……」


 だって、


「遠隔型回復魔法なんて自分には使わないでしょう」


 ほんとうに自分のためにしか回復魔法を使わないのなら、俺をさっき回復させたあの魔法は説明できない。


 水属性をもって生まれたものとして使える魔法の種類を増やすため?


 たしかにそういう気持ちはあったかもしれない。


 でも、もしかしたら違うかもしれない。


 今は推測でしかないが。


 ペローナはこれまでに誰かを救ったことがあるかもしれない。


 それに、ジニーへの魔力の贈与の件もある。


 あれも言うまでもなく彼女ひとりで生きていくうえでは必要性が皆無の魔法である。


「その人助けですら、最終的には余のためだとしたらどうするんじゃ」


「べつにどうもしなくたっていいじゃない」


 正直なところ俺にだってわからない。


「変なこと言ってごめん。この話は終わり。先を急ごう」


 とめていた足を一歩踏み出す。


 少し遅れてペローナもジニーの足音も連なってきた。


 誰一人として口を開かないまま歩を進める。


 ぜんぜんモンスターと遭遇しないことを不可思議に思いながら曲がり角を曲がると、十数歩先に大きな扉が待ち構えていた。


 ほぼ間違いなくフロアボスの部屋である。


 塔の内部が黄色か金色に染められているのに対して扉だけが赤みがった色彩を放っているため余計目立つし毒々しい雰囲気まで醸し出している。


 すっ、と大扉の前で立ち止まる。


 思っていたよりも巨大な二枚扉だった。


 扉にはよくわからないがごつい怪物の装飾が施されていて緊張感を否が応でも高めさせる。


 禍々《まがまが》しい。


 後ろを振り返ると、ジニーとペローナに視線がぶつかった。


「中ボスの待ち受ける部屋のようじゃの。なんじゃ、ルーナ。お主まさかびびっとるのか?」


 恐くなんてない!


 ……と言い返そうとしたが実はちょっとだけ図星だったのでなにも言い返せない。


 ゲームでは死んでも生き返るのは簡単だった。


 デスペナルティの経験値を取られるだけで済んだ。


 しかし今はそうではない。


 しかもペローナの言う通りならば蘇生魔法も存在していないらしい。


 今更ながらたった3人でダンジョン攻略をすることを決断したのが後悔……。


 いや、そうではない。


 俺は前衛ポジションとしてジニーもペローナも守らなければならないし、そのためなら自分の身体くらいどうってことない。


 もっと言えば、守らなければならないではなく守りたい。


 その気持ちのほうがはるかに勝っている。


「ペローナこそ、あんまり敵が強そうだからって途中で逃げ帰ったりしないでよ」


 おっけー、クールダウン完了。


 これくらいの軽口を叩けるならもう大丈夫。


「言うのぉ。お主はいけそうじゃが、ジニーはどうかの」


 急に話を振られたジニーは、えっ!? っと頓狂な声をあげる。


「ぜ、ぜんぜん余裕だし! わたしの魔法一発でこなごなだしっ!」


 セリフの中身はたいそう頼もしいがいかんせん声も身体も震えている。


「……無理しなくてもいいの。私だってちょっとは恐い。でもみんないるから、ね?」


 さりげなくジニーの手を取って励ましの言葉を贈る。


「そうじゃの。結局一番危ないのは前衛のルーナだけじゃから、心配はいらないしの」


 そうそう……ってそれだと俺ならいくら傷ついてもオールオッケーみたいな口ぶりだな。


 ぐれるぞこのやろ。


「うん、わたしがんばる」


 空いていたほうの手をぐっと握って気合いを入れるジニー。


 ジニーちゃん可愛いよジニーちゃん!


 ロイさん、あなたの妹はこんなに成長しました……。


「よし、作戦を確認しよう。今まで通り前衛で私が直接相手するから、隙ができたところにジニーの攻撃魔法。ペローナは回復優先だけど、もし余裕があるようなら臨機応変に加勢して」


 回復は重要だが、ペローナの技量があれば敵に小技をしかけて接近戦のサポートをするのも可能だろう。


「相手はスケルトン・コボルトロードなはず。ちょこまか動くから気をつけて」


「ん?」


 ペローナが真っ先に疑問の声をあげる。


「なんで知っておるんじゃ? このダンジョンは来たことがあるのか?」


 あ、ちょっとぼろが出ちゃいました。


 だいじょうぶだいじょうぶ。


「いや……ダンジョンのレベルと、この扉の装飾をみれば予想はつくから」


 ジニーは素直に、ルーナすごーい! と感心してくれているが、ペローナは納得いっていないご様子。


 まずったかな。


「まあよい。ルーナが取り逃してジニーと余のほうに向かってきたら、余が足止めをする」


 とりあえず一安心。


 そういえばここまでの戦闘ではペローナのは回復魔法しかみていないが、まだまだ未知数だ。


 さてと。


 扉のほうに向きなおる。


 俺の記憶が正しければ、この中ボスは恐れるほど恐くない。


 ただ実際に戦うのが新鮮なだけで。


 深呼吸をして、俺は扉に手をかけた。


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