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落とし人

 これからするのは仮定の話である。


 もしも、よしんば、万一、仮にだ。


 道端を歩いていて、誰かの落し物らしき物体を見かけたとき、あなたならどうするだろうか。


 まっとうな人間なら拾いあげて警察に届けたりするだろう。


俺だってそうする。


 まあ、今は警察とかいない世界に来てるけど。


 ただ、落ちていたのが「もの」でなかった場合のことを想定することなど今までなかったからして、今現在目の前に落ちている……というかある……というかいる人間相手にどのような対処をすべきなのかというアイデアが俺には浮かばない。


 草むらの中でうつ伏せに倒れこんでいる少女。


 一目見たときは黒い毛皮の魔物かと思ったが、ただ単に真っ黒なローブに身を包んでいただけであった。


 その漆黒のローブからのぞくコバルトブルーのなめらかな髪は、衣服の黒と相まってなんとなく妖しげな雰囲気を醸し出していなくもない。


 真昼間からそのようなダークな空気をまとわせているというのもなんとなく不思議な感じのする少女であった。


「ねえルーナ、はやくたすけてあげたほうがいいんじゃない? モンスターなんかにみつかっちゃったらかわいそうだよ」


 けなげにもそう訴えるのはいわずもがなジニーである。


 なぜ自分からジニーがあの少女のもとへ行こうとしていないのかというと、俺がジニーのローブのフード部分を掴んで走り出そうとしたジニーをむりやりとめたからだった。


 もしかしたらなにかの罠かもしれなかったし、もしそうだとしたらジニーの身に何か危険が迫ってしまったら大変なことになるからだ。

 

 主にロイさん関係で。


 可能性がわずかにでも残っている以上はジニーにリスクを負わせるわけにはいかない。


 そんなわけで炎天下の下、しばらく黒い少女の様子をうかがっていた俺であった。


「うう……」


 おや……? 少女のようすが……?


 草に預けていたわずかながら顔を上げる。


 黒の少女は俺とジニーの存在に気がついたらしかった。


 目があった。


 濡れた瞳をもっている可愛らしい顔立ちである。


「あの、だいじょうぶ?」


 目が合ってしまっては仕方しかたがないので、こちらから話しかける。


「み、水を……」


 思ったより深刻そうだった。


「ジニー、水出してあげて」


「うん!」


 俺がフードを離すと同時に、ジニーは黒の少女のもとへ駆け寄り、杖を引き抜いた。


「ルーナぁ。仰向けにしてあげてー」


「いまいきますよー」


 ジニーの腕力では同年代の子の体重はちょっときつかったらしい。


 すぐさま俺も近づき、黒の少女の身体を一転させて仰向けに姿勢を変えさせる。


「キュアウォーター」


 ジニーの杖の先端からちょろちょろと水か流れ出す。


 初級回復系魔法キュアウォーター。


 治癒効果を含んだ魔法の水を発生させる。


 傷口に水をつければ軽い切り傷程度ならすぐに回復するし、飲料としても安全な飲み水として活用可能だ。


「んっく、んっく……」


 黒の少女は水を好きなだけ飲んだ後、右手を軽く上げてサインを送る。


 もういいということらしい。


「助かったぞ小娘ども。礼を言おう」


 ん?


「くっくっく。まだ余が生きながらえていられるとは、アニマは余を見捨てていなかったというわけか。ところで貴様らは何者だ」


 およそ少女の話し方とは似つかない口調だ。


「……人の素性を尋ねる時はまず自分から名乗りなさい」


 ああ、このセリフ一回言ってみたかったんだよね。


 おそらく彼女は魔王ごっこでもしてるんだろう。


 おままごとみたいなものだ。


「くっ……。余を見下すとはいい度胸だな人間め」


 おまえ人間じゃねーのかよ。


「いいだろう。我が名は魔光大帝ペローナ・ヴァローナ二世だ」


「はいはいペローナね。わたしはルーナで、こっちがヴォージニア。ジニーって呼んであげて」


「くっくっく。一応恩人だからな。その名は覚えておいてやろう。余の配下にしてやってもよいぞ?」


「あなたへんな子ね」


 ジニーの言であった。


 なかなか素直な娘である。


「くっくっく、余が本気を出せば貴様らふたりを操ることなど容易なのだがな。今回は余の不調につき見逃してやろうぞ」


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