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初めての魔法

 驚天動地きょうてんどうちだ。


 それは突然訪れた悲劇に似たなにかだった。


「なんじゃこりゃー!」


 俺の小学校の校長先生曰く、『焦ったときこそ冷静に』。

 

 その言葉が効力を発揮する時が今だろう。

 

 落ち着け俺。

 

 思考を研ぎ澄ませろ。


 深呼吸は基本だな。


 こういうときにヒッヒッフーで有名なラマーズ法をやらないくらいには動揺していない。


 まず第一、気がついたらここにいた。  


 あたりは都会の喧騒けんそうなどどこ吹く風な一面の草原地帯で、実は俺にとっては見覚えのある景色だったりする。


 俺の記憶に間違えがなければ、ここは俺がここ数年間ハマっていたオンラインゲームの世界に違いない。


 第二に服装。


 映画でよく見る魔法使いのようなローブを着用しているのだが、これは女物である。


 ワンピースみたいなの構造の服を想像してもらえればよろしい。


 あとはそれに動物の毛皮をふんだんにあしらうだけの簡単なお仕事である。


 第三に性別。

 

 男としてだったらあるべきはずのものが見当たらない。


 なにが、とは言わないし言わせない。


「なんでこうなった。なんでこうなった」


 長年の密かな願望であった異世界トリップが達成されたのはどこの神か女神かの計らいによるものかは知る由もないが、それはよしとしよう。


 しかしである。ネットゲームの異性のキャラにそのまんまトリップしちゃうのはどうかと思うんですよお兄さんは。


 あ、いまはお姉さんか。


 たしかに女性だと偽ってネトゲで男どもに貢がせたりレベル上げを手伝ってもらったりしたこともあったが、その代償だいしょうにしては大きすぎやしないかね。


 因果応報いんがおうほうとはブッダ先生もよく言ったものだが、まさかこの身体のままこの世界で一生を終えなきゃいけないのだろうか。


「はあ……のどかだ」


 誰に聞かせるでもなく呟いた俺の言葉が示す通り、周囲の景色は静けさと平穏さが程良く調和し、のどかと称するには充分であるようだった。


 不意の風が俺の長髪をなびかせる。


 冒険者としてろくに手入れもしていないはずのこの金髪は、なぜか水が滴らんばかりのつやを保ち我ながら見とれてしまうほど美麗びれいな完成度を誇っていた。


 元の世界でのパーマの出来そこないのような自分の髪と比較すると、髪質から髪色までまったく異なるものとなっていた。


 セミロングとでもいうのだろう長さの髪の毛先に指を通すと、何の抵抗もなくさらりとその指先が抜ける。


「ううむ」


 流れるような美しい髪を眺めながら感嘆かんたんのため息をもらす。


 なんとなく女性の方々が髪に命をかける意味が理解できた気がした。


 それにしても、


「あー、あー」


 声までも男だった時とはまったくしつにする音色ねいろであることに、いまさらながら驚きを隠せない。


「気がついたら魔法の世界にトリップしちゃいましたと」


 原稿用紙一行に収まるだけのこのセリフだが俺にとっては死活問題だ。


「……っていうか杖はどこいったんだろ」


 ローブひとつに身を包んでほぼ丸腰の状態にあることに意識が向いた俺は、身体のあちこちをまさぐる。


 目当てのものは腰に着用しているアイテムだ。


「魔法の袋……」


 ネトゲ時代で最初のクエストがこの魔法の袋を製作することだった。


 魔法の袋はものの大きさにかかわらず限界個数を超えない限りはいくらでも収容しゅうようできる。


 冒険者として必須ひっすのアイテムだった。


「どこだー」


 袋に右手を突っ込んでみるが何にも当たる感触がない。


「おいおい空かよ。ネブラスタッフつくるのにどんだけ苦労したと思ってんだ……。って、あれ?」


 いつの間にか右手に棒状のものを握っている感覚が伝わっている。


 袋から手を引っこ抜くと、果たしてそれはまごうことなき杖であった。


 その長さおよそ1メートルと半分ほどで、今の俺の身長にちょっとばかり届かないくらいの大型の杖である。


 先端はJの字の曲線を描き、直径7、8センチメートル程度の宝玉がぴったりと埋め込まれている。


 太陽の光が照りかえってきらきらまぶしい。


 うっとり見惚れてしまいそうな美しさ。



【ネブラスタッフ】


ランク:S


入手方法:合成


素材:東雲しののめ宝玉ほうぎょく蒼龍そうりゅうころも世界樹せかいじゅえだ


属性:水+雷


特殊効果:魔法攻撃与ダメージ1.5倍



 ネブラスタッフを手にとって持てる日が来るとは……。


 上級のダンジョンを何周もしてやっとボスからドロップしたレアアイテムの数々を投入して合成した自信作である。


 合成にお金もけっこうかかったので懐具合ふところぐあいもさみしいが、杖の荘厳そうごんさにめんじてよしとしよう。


「袋の中の道具は名前を口に出せばででくるって仕様しようかな」


 世にも便利なこのなんでも袋にはこれからもお世話になりそうである。


「さて、魔法は使えたりするのかな」


 性転換まで魔法の世界に強制トリップしたのだから、正直魔法が使えなかったらやるせない。


 手にしたネブラスタッフを仮想敵がいる前方に向けて、魔法名を言い放つ。


「マジックアロー!」


 その瞬間、身体の奥底から湧きあがる衝動しょうどうが一気に右手に流れ込む感覚がした。


 そして、杖の先端からあおい光が飛び出してきた、と思うと光はすぐに煙のようにかき消えてしまった。


「いまのが魔法……?」


 湧きあがるような初めての感覚に心が躍る。


 しかしマジックアローはその名の通り、モンスターを攻撃するための魔法であり、いまの蒼い閃光は期待していたものとは違っていた。


 早い話が失敗である。


「初歩中の初歩の魔法でこれかぁ、まいったな」


 今度はちょっとためをつくってから撃ってみよう。


 感覚的に思いつく打開策をさっそく試してみる。


 右手に意識を集中。


 さきほどと同じように不思議な力が体中から右腕に集まっていくのが感じられた。


「マジックアロー!」


 まるでせきを切ったかのような勢いで何本もの蒼い矢が宙を切り裂く。


 かなり遠くまで飛んでいった矢は空中で四散しさんしていった。


 マジックアローは攻撃魔法のなかでも初歩の初歩。


 ゲームを始めたばかりのときは、雑魚的を倒すのに何発も打たなければならなかた。


 最近ではレベルもカンスト寸前だし武器の補助もあるため一撃で雑魚ざこモンスター程度なら致命傷は確実な威力だったが。


 正直この魔法だけで全能感ぜんのうかん半端はんぱない。


「いまのはいい感じだったな。ゲームやりこんでただけある」


 初めての魔法の成功を祝してだれかと感動を分かち合いたい気分だったが、あいにく辺りには人影がみえない。


 とりあえず、ここいら一帯は超のつく初心者向けの狩場かりばなこともある。


 魔物に出会っても大丈夫だという自信を身に付けた俺は、この場を離れて移動することに決めたのだった。


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