ナッツパン
街は見渡す限りの群衆でごったがえしている。
にぎやかな音楽が通りに響き渡って心を躍らせる。
ロイさんと別れた後の俺とジニーは、彼が去っていったのと反対方向の方角で最も近い街へと来ていた。
オンラインゲームではなんども訪れたことがある街でも、生で見てみると当然のことながらリアルな迫力に思わずわくわくしてしまう。
ジニーは右隣を歩きフードを深くかぶっている。
はぐれないように、と街の入口でジニーは俺に手をつなぐことを願い出ていた。
よって今現在において俺の右手はジニーの左手の制御化にある。
もしもジニーがフードをかぶっていなければ、はた目から見れば仲のよい姉妹ということで完結しそうなものだが、そうではないいまの状況を周囲の人々がどう感じているのかはちょっと想像できない。
といっても考える余裕などないくらいの往来のはなはだしさから考察するに、たぶん俺たちのことを気にかけている人などいないだろう。
自意識過剰になりすぎていたようがが、その必要はなさそうだった。
でもちらちら俺の顔をのぞいてくる男どもの視線がうざいな。
「ルーナ、あれおいしそう!」
ジニーが指差した先には菓子パンのようなものを売っている露店があった。
「じゃあそろそろお昼だし、あれ食べよっか」
この世界に時計はなさそうなので正確な時間はわかりそうにないが、太陽が真上から髪を焦がしていることから察するにだいたい正午あたりだろう。
「これ、ふたつください」
「あいよー。200ベルいただきやーす」
この世界での通貨はベルというが、1ベルでだいたい1円の感覚である。
ちなみにいまの俺の所持金は十数万ベルはある。
その気になれば、この店のパンを買い占めて今日は閉店にできるレベル。
廃ゲーマーなめんな。
とは言ったものの、じつは廃ゲーマーにしてはこの金額は多いほうではない。
この世界にくる直前に合成でずいぶん使ったからなー。
「はい、どうぞ」
代金と引き換えにパンを手渡される。
ふっくらとふくらんだ生地の上にナッツがまぶされていて、空腹の身にはたまらなく魅力的に映る。
ジニーは俺の手をのぞきこんで、自分の分が手渡されるをいまかいまかとそわそわしている。
「ここじゃ人が多すぎて食べにくいかな。あっちいけばバザールの外にいけるから、それまでがまんしてね」
「えー! じゃあはやくいこうよー!」
「わわっ! ジニー! そんなに急いだら危ないでしょ!」
つながれた手を引っ張ってずんずん歩くジニー。
ロイがいなくなってから、ジニーはなんとか平常のようにふるまおうと努力しているようだが、言葉の端々に無理をしていると感じる瞬間がある。
いままで頼りにしていた肉親と離れたのだから当然だ。
からげんきを振り回すジニーを慰められるような手段が、俺にはあるのだろうか。
「ここならよさそうだよ!」
市場を抜けた先はどうやら住宅街だったようだ。
人通りもさっきに比べれば少ない。
「あっ! あそこの川のとこがいい! いこいこ!」
石で造られている河川敷だ。
かなりきっかりした階段が、川の水につながっている。
建築には魔法使いが携わったのだろう。
適当な石段の上に腰を下ろす。
「はい、ジニーの分」
「おいしそー」
「うん。いただきます」
「? ルーナ、その『いただきます』っていうのなに? おまじない?」
ほう、この世界には神聖なる食前の儀式たる『いただきます』が存在していないとはな。
「パンの元の小麦をつくった人とか、パンを食べられること自体に感謝の気持ちを込めてそう言うの。……わたしの故郷ではね」
「へー! わたしもまねするー! いっただっきまーす!」
豪快に宣言したジニーは、また豪快にナッツパンにかぶりついた。




