兄妹
「本当に私にジニーを預けるんですか? 昨日会ったばかりなのに、私のことを信用できるんですか?」
「ジニーはきみに懐いてるんだ。心配はしてない。……起きてるんだろ、ジニー」
いきなり呼ばれて、俺の膝で熟睡していたはずのジニーがびくっとした。
むくりと起き上がってジニーはロイに相対する。
「いあかないでよロイ兄ちゃん! ルーナがやだってわけじゃぜんぜんないけど、やっぱりさみしいよ」
「必要なことなんだ。すぐまた会えるさ。今生の別れってわけじゃない」
「やだやだやだぁ! わたしロイ兄ちゃんといっしょにいる!」
ふたたび日の光は厚い雲にさえぎられていく。
「ジニー、ぜんぶ上手くいったらもうフードで顔を隠さなくても済むんだ。ずっとフードなんてかぶりたくないって言ってたじゃないか」
「ロイ兄ちゃんがいっちゃうのはもっとやだもん!」
「いいかジニー。おまえはちゃんと魔法の勉強をしさえすればきっとすごい魔法使いになれる。でもいまの世界じゃひとりのユウェルがいくら魔法の力を使いこなしたところで明日はないんだ」
ジニーはまたも涙を浮かべて、納得できない様子でいる。
「またふたりでふねにのるってやくそくしたのに!」
「ユウェルが再興できたらいくらでも乗ってやるから、な?」
「わたしよりユウェルのほうがだいじなんだ! やくそくまもらない兄ちゃんなんてきらい!」
「ちょっとジニー。ロイさんも落ち着いて」
たしなめようとした矢先に、立ちあがってロイは俺を制した。
「ああ、そうかジニー。じゃあおまえの嫌いなお兄ちゃんがなにしたって構わないよな。それならおれはおまえのいないどこかに行くとするよ」
「お兄ちゃんなんてしらないもん」
すっときびすを返すロイ。
ぷいっと横を向くジニー。
「ルーナ。ジニーを頼む」
ロイはそれだけ言い残して歩いていった。
「ジニー、本当にいいの? ロイさんを引きとめるなら今が最後の機会だと思うんだけど」
「……いいの」
意外にも落ち着いた声だった。
「どうしてもこうしないといけないんなら、いいの。それに――」
一瞬言葉に詰まる。
「それに、わたしがいるとお兄ちゃんはほんきでたたかえないの。わたしお兄ちゃんのあしをひっぱってばかりだったし」
少女の独白は続く。
「だからね、ルーナ。わたしもっとつよくなって、まほうもいっぱいつかえるようになって、こんどはわたしがお兄ちゃんをたすけられるようになりたい」
「そう。ジニーならできると思う」
「うん、がんばる」
ローブの袖で自分の涙を拭うジニー。
「わたし、もうかなしいからってなかないことにする」
ジニーは俺が思っていたよりもずっと気丈だった。
ただ守られているだけのプリンセスではない。
とりあえず人生の先輩としての助言を与えるべきだろう。
「ジニー。女の涙は、嬉しいときと男を落とすときだけ流すの。いい?」
「おとこをおとす? どこのがけから?」
「ごめんやっぱなんでもない」
ジニーに男友達ができようものなら「おまえにジニーはやらん」とでも言えばいいんでしょう、ロイさん。
任せといてくださいよ。
「それじゃ、行こっか」
「うん」
気がつけば陽光はすでに辺りを照らしていた。




