賢者の石
「そういえば、ロイさんとジニーの旅ってなにか目的があってのことなんですか?」
朝ごはんを平らげた後の休憩中の会話だった。
ジニーはなぜか俺の膝の上で二度寝の真っ最中である。
ジニーが二度寝のために俺の膝を選んだ瞬間のロイさんの顔は今でも忘れられない。
「これがうわさに聞く思春期か」
と言ってたがそれはちゃうで。
閑話休題。
「ユウェル狩りから逃れるためだけに放浪してるってわけじゃないんでしょう?」
「なんでそう思う」
ロイが冷静に聞き返す。
ジニーのよりも暗い濃緑色の瞳が、俺を注意深く観察しているように感じられた。
「根拠はあんまりないんですけどね。逃げるためだったら人の少ない村とかで身を隠せばいいんじゃないですか。でもジニーの話だとフリューゲルなんて大国にわざわざ滞在してたみたいですし」
ちらりとロイの顔をうかがうと、彼は続けろと言わんばかりの表情でこちらを見ていた。
「や、それだけです。これ以上は皆目見当もつかないです」
「そうか。たしかにルーナの言うとおり、おれたちはただ国から国へとさすらっているというわけではない」
一呼吸おく。
「おれの目的は一族の復興と独立だ」
「ユウェルってかなり数が少なくなったんじゃないでしたっけ。なにか考えでもあるんですか?」
「ああ。賢者の石って知ってるか?」
賢者の石。
ユウェルの魔宝石とはまったく系統の違う、アニマを秘めた石。
無尽蔵にアニマを生み出すとされる永久機関的な魔石だ。
一説にはくず石を金にかえたり人を生き返らせたりできるとされている。
しかしそもそも賢者の石の存在自体が眉唾ものであり、ただの都市伝説ではないかとの声のほうがむしろ大きい。
「まさか賢者の石でユウェルの一族を全員蘇生するつもりですか」
「そうだ」
断固とした口調で言い張ったロイ。
「賢者の石なんて本当にあるんですか?」
「可能性はある。ルーナ、各国の王立図書館では禁書とされる魔道書が数多くあることは知っているか?」
「いいえ」
「だろうな。たいていの国はそもそも禁書の存在自体を伏せている」
「それで?」
さっきまで晴天だった太陽が雲に隠れる。
「封じられた魔道書には古代に開発された禁術が主に取り上げられているらしい。その中に、賢者の石に関する本もきっとあるはずだ」
たとえば『賢者の石の正しいつくり方』みたいな本がもしかしたらあるかもしれないということらしい。
たぶんもう少しまじめなタイトルだろうが、ロイはそういった本の存在があることに賭けている。
しかし、存在自体あやうい石についての本など実際にあるのだろうか。
「それで、禁書を手に取る手段なんてあるんですか? まさかこっそり忍び込むなんてこと考えてるんじゃ」
「それがな、数年前にエタンセルって国の王立図書館に泥棒が入ったらしい。それ以降、どの国も図書館の警備を一層強化したって話だ。泥棒が入る前からもともと厳重な警備体制を敷いてたらしいんだが」
つまり現在では本を盗むことはほぼ不可能らしい。
「ほかの方法はあるんですか?」
「いろいろ考えてみたが、どれも現実的じゃないな」
ふう、とロイはため息をもらす。
「……ジニーはこのことを?」
「ひととおりは話してある。いつなんどきおれが死ぬかもわかったもんじゃないからな」
哀しげな微笑みを浮かべるロイ。
太陽は雲に隠れたままだ。
「ここでルーナ。ジニーをきみに任せたいんだが、どうだ」
唐突な提案だった。
「任せるっていうのは一体どういう意味ですか」
「別行動を取りたい。おれは単独で動くから、その間きみにジニーの護衛をしてもらいたい」
「いきなりですね。ダニエラだっていつまた襲ってくるかわからないですし、みんなで固まってたほうがいいと思いますけど」
「おれは一刻も早く一族の復興を果たしたい。それになきみならダニエラを倒せるはずだ。きみの剣のユウェルの力は、昨日の戦闘ではまだ実力を発揮しきっていなかったようにみえる」
「もし私たちが大丈夫でも、ロイさんひとりじゃ危険です」
しかしロイの決断は揺らがないようだった。
「……おれは昨日、自分の魔法石の使い方がさっぱりわからないと言ったな」
「ええ」
「実は半分は嘘だ。力自体は使える。ただ本当に使いこなせないだけだ」
「暴走でもするんですか」
「そんなところだ。ジニーの近くにいるときは危険すぎて使えない」
ひとりのほうがむしろ好都合というわけらしい。
「ロイさん、なにをそんなに焦ってるんですか」
「焦っている……。そうかもな」
不意にロイは立ち上がる。
それと同時に、顔を隠していた太陽はやっと雲の隙間に抜け出した。
「ジニーはフードをかぶらなきゃ街も歩けない。おれはそれが嫌なんだ」




