焼き鳥
心地よい眠りの世界に覚醒の時が訪れる。
軽い倦怠感とささやかな幸福感に包まれながら、俺は上半身を起こした。
どこだここ。
見回してみれば一人の少女が毛布をその身にまとって自分からやや離れた位置で眠ったままだ。
ここにきてようやく自分が異世界の住人となったことを思い出す。
自分の置かれた境遇を把握できれば目の前の少女の様子をうかがう余裕もできる。
昨晩は間近で就寝していたはずのジニーはなぜか敷布団の守備範囲を大幅に逸脱して、彼女の頭の向きは驚くべきことに俺の脚の向きと一致している。
どうやったらそんな寝相が悪化するのだろうか。
距離的には少なくとも四回は同じ方向にローリングしなくてはたどり着けない場所にいる。
ここの地面は実は傾いていたりするのだろうか。
ついでに彼女と俺が共有していたはずの毛布は俺から剥ぎ取られて彼女専用のものと化している。
冬だったらさぞ寒かっただろう、俺。
幸いいまは掛け布団ひとつを欠いたところで肌寒さを覚えるような気温の季節ではなく、そもそもこの世界に四季があるのかどうかすらあやうい。
「起こしたほうがいいのかな」
眠り姫のもとへ近づいて起床を促そうとしてみるが、ジニーの子猫のような寝顔を眺めているとついその気がそがれてしまう。
すやすやたてる心地よさげな寝息がいとおしい。
あー、可愛いなちきしょー。
俺が男だったらどうなってるかわからんぞ、この天使。
いやいや冗談だって。ここ笑うとこね。
まあでも、ジニーがいれば宗教団体一個作れちゃうレヴェルだよ。
『ヴォ―ジニア教』とか、かっこよさとかわいさを兼ね備えてる最高のネーミングだし?
もちろん偶像崇拝は全力で推奨だな。
ジニーの可愛さは絵画や彫刻を通して全世界に広めるべきだ。
そうすれば現在は冷戦中の魔法大戦も解決して世界に平和が訪れて、ユウェルもこれ以上襲われなくてすむんじゃね?
天才だな俺。
そしてすべてはジニーの美があってこそだ。
可愛いが人類の脳内に巣食い、結果として世界を救う。
「まあ、寝かせといていっか」
ジニーを起こすのをあきらめてテントの外へ出る。
さわやかな日光に混じって、食欲をそそる香ばしい匂いが辺りに立ち込めていた。
匂いのもとをたどると、ロイが肉らしきものを火の魔法で焼いて調理しているところだった。
「ロイさん、おはようございます」
「おはようルーナ。ジニーの寝相はひどかっただろう」
苦笑しながらロイは返答した。
「それは何の肉ですか?」
「キラーバードだ。上手い具合に狩りができたんでな。こいつの肉は旨い」
よく見てみるとロイの足元にはキラーバードの茶色い羽毛らしきものが落ちていた。
この世界はモンスターは食用にもなるらしい。
豚とか牛とかふつうの動物はいないのだろうか。
ちなみにキラーバードは名前ほど凶悪な魔物ではない。
強さの設定間違ってんだろ、デバック班仕事しろ。
「ジニーの寝顔が可愛いからといってそっとしておきたい気持ちはよくわかるが、もうじき焼きあがる。ジニーを起こして来てくれないか」
さすがお兄様!
俺の心理を正確に読んでいる。
「了解した」
そのまますぐにテントへととんぼ返りする。
相も変わらずジニーは全身ねじ曲がったおかしな態勢で眠りについていた。
「ジニー、ジニー。そろそろ起きないとだめだって」
小さく声をかけてみるがほとんど反応はない。
仕方がないので肩に手をかけて揺さぶってみる。
これにはさすがのジニーも目を覚ましたようだ。
「……おはようルーナ。そしておやすみなさい」
ジニーはやっと起きたと思ったら再び毛布をかぶって寝る体制を整えた。
「ジニーのぶんの焼き鳥ぜんぶ食べちゃうわよ」
「キラーバードのおにく!? おはようルーナ! いいあさだね!」
子どもは素直なのが取り柄だと思うんです。
ところで俺は昔、焼き鳥のことを英語でいうとファイヤーバードだと本気で思っていた時期がありました。




