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夜中に

 上空高くに月が浮かんでいる。


 夕闇に包まれた静寂な空間。


 この世界にも月があってなんとなく安心した。



 俺とジニーとロイはダンジョンの入口近くで野営をしていた。


 野宿のためのアイテムは俺もロイも持ち合わせている。


 回復用アイテム、魔よけのテントだ。


 魔法の袋から取り出せる程度のコンパクトさまで縮小できるにもかかわらず、テント内に入ったときの体積はそれなりのものである。


 モンスターよけの特殊な魔法を施しているうえに、テントの入口が別の異空間につながっているというぶっこわれ便利アイテムである。


 魔法ってすごいね。


 夜陰にまぎれて魔物の襲撃に脅える必要はないので冒険者必須アイテムのひとつである。


「わたしルーナといっしょに寝るー!」


 言うまでもなくジニーの発言である。


 この言葉を聞いた瞬間のロイの顔は、いま思い出しても笑えてくる。


 すまんロイ。


「これがうわさに聞く反抗期か」


 と言ってやや哀愁あいしゅう漂う雰囲気を背中に背負って自分のテントに入っていったロイだが、たぶんそれちがうぞ。


 テント内の明度はどうやら外と連動しているようで、なにもしなければ真っ暗だった。


 いまはジニーが魔法を使って淡く白い光で毛布の付近だけを照らしていた。


 魔法の光を反射させたジニーの髪はいつもの若緑色ではなく白緑色にみえる。


「もうけしていい?」


「ええ。寝ましょう」


 自分と俺が布団にもぐりこんだのを確認したジニーは魔法を解除する。


 テント内の空間は宵闇よいやみにくるまれた。


「ルーナってどこから来たの?」


 唐突なジニーの質問だった。


 どう答えるのがいいだろうか。


 まさか異世界から来て、しかも自分は男でしたなどとカミングアウトしても冗談だとしか受け止めないだろうし。


「遠いところよ。帰れるかわからないようなね」


 もちろん別段ホームシックになってるわけでもないし異世界へ来ることは俺の長年来の夢であるからして、帰りたいなどとは毛ほどにも思っていない。


 むしろこの世界に永住してもいいとすら感じている。


 暫定的に、いまのところは。


 現実世界でやり残したことは思い出せない。


「とおいところじゃわかんないよ~。みなみのたいりくから? それともきたのほうから? きたはまだいったことないんだぁ。さむいのやだからいきたくないけど」


 気が合うなジニー。


 俺も寒いのは勘弁だ。


 ついでに暑いのもできれば遠慮したい。


 そういう俺は春と秋が大好きです。


「うーん、じゃあジニーとロイさんはどこから来たの?」


 ごまかすためにあえて同じ質問を返す。


「にしのフリューゲルっていうおっきなくににいたの」


 ゲーム中は何度か訪れたな。


 たしか風系統魔法の研究がさかんな国だった。


「ルーナはいったことある?」


「一応ね。あんまり覚えてないけど」


 ぼろを出しても大丈夫なように予防線を張っておく。


「そっかぁ。じつはわたし、あんまりあそこにいいおもいでなくって」


「ユウェルだってばれたの?」


「うん。わたしがうっかりしてたせいでロイ兄ちゃんにめいわくかけちゃった」


 一攫千金を狙う盗賊だけでなくいまやユウェル狩りを国を挙げて推奨しているくらいの時世だ。


 ばれれば当然ただでは済まないだろう。


「逃げ切れてよかったね」


「うん。……はじめはうまくやれてたんだけどなぁ」


 本気で沈んだトーンの声。


 いやなことを思い出させてしまったようだ。


「じゃあジニーが一番楽しかった思い出は?」


「うみ!」


 即答。


「このたいりくにくるときにふねにのったんだけどね! みずがいっぱいでなみがざっぱーん! って!」


 よっぽどお気に召したらしい。


 俺も初めて海を見たときの感動は未だに胸に焼き付いている。


 流れてたビニール袋をくらげがと思って泣きだした思い出もあるな。


 だれだよ捨てたやつ、ふざけんな。


「ねえ、ルーナってなんでわたしのよびかたひとつじゃないの?」


「ん、ああ。そうえいばちゃん付けのときと呼び捨てしてるときがあるわね。どっちがいい?」


「ジニー、がいい! わたしもルーナって呼んでるし」


「じゃあそうするね」


 ふう、幼女とのおしゃべりがこんなに楽しいとは。


「ジニーはどれくらいロイさんと旅をしてるの?」


「んー、ずっとまえから」


 親はどうしているのだろうか。


 すでにユウェル狩りに殺されてしまっていたりするのだろうか。


 テント内の闇が暗黒を増す。


「もう寝よっか。疲れたでしょう」


「ううん、もっとおはなししようよ」


 ジニーが俺の身体にすり寄ってくる。


 俺の左腕はまくら代わりされているしているらしい。


「じゃあジニーが一番好きな魔法とか……ジニー?」


 返事のかわりに可愛らしい寝息が聞こえてくる。


 どうやら身体のほうはもたなかったらしい。


「おやすみ、ジニー」


 まもなく俺の意識もまどろみに埋もれていった。


 ジニーの寝顔のおかげでいい夢が見れそうだった。


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