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逃亡

 突き出された太刀がむなしくも空中を裂く。


 もう少しでダニエラをとらえられたのに。


 悔しさで思わずつばを握る力が強くなっていた。


 魔宝石を奪うためにジニーとロイを殺そうとしていた女盗賊ダニエラ。


 やつをどうにかできなければ、再び襲撃の可能性に脅え備えなければならない。


 さっき俺がつかまえられていれば……。


≪お前の弱さ故の失態だ。我は力を与えることはできる。しかし、その力を生かすも殺すもすべては使い手であるお前次第だ。……強くあれ≫


 それだけ言い残すと、刃は消えていった。


 結局、誰かの影でぬくぬくと生きていくことなどできない。


 クラディウスは、俺の心の弱さに気づいていたのか。


 この世界に来る前の俺は常にだれかを頼り、自分の失敗すら周囲のせいにするようなひねくれ者だった。


 ゲームの世界にトリップしたからといって、急に内面を改革できるようなものではない。


 しかし、それでも俺は――


「ルーナっ!」


 子犬のように細かいステップで走り寄ってきたジニーが勢いそのまま俺に思いっきり抱きつく。


 突然の衝撃による体重移動が間に合わず地面に倒れこむ。


 ジニー。


 抱きついてくれるのは正直たまらなく嬉しいが、今度からは俺に余計なダメージが加算されないような仕方で頼む。


 俺のHPゲージが赤く点滅してたらもれなくデスペナルティもらうとこだった。


 もっとも、この世界に来て以来HPゲージもMPゲージも見かけてないが。


「ルーナ、だいじょうぶ? でもすごいはやさだったね! まほうけんしなんてはじめてみたよ!」


 興奮のまま思いのたけを滝のようにまくし立てるジニー。


 彼女の紅潮した頬をそっとなでる。


 俺はこの少女を今回は守ることができたのだ。


 いまはそれだけ確認できればいい。


「ジニーが無事でよかった」


 ぱちくりと長めのまつげを瞬かせて、ジニーは笑顔に変わる。


「えへへ。ルーナがたすけてくれたからね」


 ジニーの若緑色わかみどりのひとみには一点の曇りもない。


 純真無垢じゅんしんむく裏表うたおもてのない心からの言葉だ。


 ううむ、この可愛らしい生き物をどうしようか。


 ごほん、とわざとらしい咳払いが聞こえる。


 振り返ってみればロイが近くまで来ていた。


「ほんとうに助かった。ありがとう、ルーナ」


「ロイさん。怪我はだいじょうぶですか?」


 みたところ肩口に手を当てて回復魔法をかけているようだ。


「だいじょうぶだ、問題ない」


 そのセリフはだいじょうぶじゃない!


 まあ見たところ自分でなんとかなりそうな手傷でよかった。


「それよりルーナ。その剣みたいなものはユウェルの力が込められているようだな」


 ロイが「剣みたいなもの」と称しているのは、俺が手に持っている刃を消失したこの柄のことだということは言うまでもない。


「そうみたい。これはユウェルのあなたに譲るべきものなのかしら?」


「いや、あんたが持っていてくれて構わない。あんたならその力の使い方を誤ることもきっとないだろうしな。ジニーもそう思うだろう?」


「うんっ! ルーナならだいじょうぶ!」


 信任を得られたところで剣の所有権が本格的に俺へと決定された。


「ユウェルって絶滅寸前の種族のわりに簡単に信用してくれるんだね」


「んん? 目を見ればわかるさ」


 なんでもないようにロイが答える。


「わたしも、ちょっとじしんないときはあるけど」


 なんか釈然としないな、ほんとうにだいじょうぶなんだろうか。


「ところでユウェルの魔宝石の力って、やっぱり宝石によって異なるの?」


「ん、ああ。たとえばジニーだったらアニマの操作を速くしたりできるな」


「ロイさんは?」


「おれか? おれはじつは魔宝石の使い方がよくわかってなくてな。さっぱり使いこなせてないんだ」


 自嘲気味にロイは乾いた笑い声を響かせる。


「じゃあ、まだまだロイさんは強くなれるってことですね」


 俺の言葉に虚を衝かれたのか、ロイは目をしぱたかせる。


「ああ、そうだな。そうだったらいいな」


 ロイの心に秘められたものはなんなのだろうか。


 俺と同様にジニーを守るための強さを欲していながらも、半ば諦めてしまっているのかもしれない。


 彼の心境など俺には欠片しか推し量ることができない。


「そうだよ! ロイ兄ちゃんならもっともっとつよくなれるよ!」


 兄の強さを信じて疑わない少女は、まっすぐな瞳で彼を見つめていた。


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