クラディウス
ジニーもロイも、このフロアの中にもうひとりユウェルがいると言っていた。
それにユウェルではないらしいが、ユウェルを感知できる怪盗ダニエラも三つの宝石を挙げていた。
ダイヤモンド、ピンクダイヤモンド、ルビー。
見たところジニーの額の宝石は桜色であったので、おそらくピンクダイヤモンドだし、ダニエラが「ダイヤの騎士」と言っていたことから、ロイの魔宝石はダイヤモンドだろう。
残っているのはルビー。
手中にある剣の宝石は凛とした紅いきらめきを放っている。
間違いない。
この剣はユウェルの力を秘めている。
思えば、ゴーレムがその巨体に似つかわない鋭敏な動きを見せていたのは、この宝具のおかげであるはずだ。
これを使えば戦えるのではないか?
「ぐっ!」
ロイがうめき声をあげた。
見ればロイ右肩にキマイラが噛みついていた。
ロイの肩口から鮮血が迸る。
「お兄ちゃん!」
ジニーが駆け寄ろうとするが、
「来るなジニー!」
ロイが必至の形相で睨む。
「でも! でもぉ!」
足をばたばたさせてその場にとどまるジニー。
どうやらジニーにはまだ十分なアニマが溜まっていないらしい。
「あらあら。ダイヤの騎士も大したことないわねぇ」
石の扉に背を預けているダニエラが楽しげに笑う。
その笑い顔はジニーの天真爛漫さとは対照的に、どす黒いオーラをまとっていた。
召喚魔法のデメリット。
召喚獣を使役している間は術者は動けない。
正確には、移動できない。
ダニエラを狙うならいまがチャンスだが、距離もある上に魔宝具の使い方がわかっていない俺には厳しそうだ。
さらに悪いことに、俺とジニーという新たな獲物を見つけたスフィンクスがこちらにむかって突進してきている。
飢えたハイエナのような眼つきで、口から涎を垂らしながら。
「やだやだぁ!」
ジニーがマジックアローを発射するがスフィンクスの勢いは全く衰えない。
ジニーを喰らわんとスフィンクスが猛烈なスピードで跳びかかる。
「ルーナぁ!」
悲痛に満ちた叫び声をあげるジニー。
ジニーが俺を呼んでいる。
「助けて」
手に汗がにじむ。
足が動かない。
なにか、俺がなにかしなくちゃ。
心臓の脈拍数が増加する。
俺に力があれば。
力さえあれば!
不意に、俺の世界が暗転する。
≪汝に覚悟があるか?≫
なんだいまのは。
脳内に直接声が響く。
誰だ。一体なんの覚悟だ。
≪我が名はクラディウス。我が戦う力を授けよう≫
魅力的な提案だ。
ぜひともお願いしたい。
≪代償は大きい。後戻りはできない。汝に代償を払い、力を得る覚悟はあるか?≫
かまわない。
ジニーもロイもピンチなんだ。
≪よかろう。では、その剣にアニマを込めることだ≫
言われるがままに剣にアニマを流し込む。
杖で魔法を使うときと同じ要領か。
「っ!」
ほんの少しアニマを剣とつないだだけで、剣にありったけのアニマを吸い取られていくのがわかった。
俺の身体に蓄積していたアニマがみるみるうちに減っていく。
だが、アニマが減少していくのに反比例して身体に力が湧いてくるのがわかった。
身体が軽い。
ふと剣を一瞥すると、剣に刃が戻っているのが確認できた。
精巧な紋様をあしらった、芸術として成立してしまうような刃だ。
そして見た目は立派な大剣それ自体には、ほとんど重量を感じられない。
「これが力……」
これなら戦える!
スフィンクスへ向かって踏み出す。
たった一歩で信じられないほどの距離を稼ぎ、魔獣の鼻先へと躍り出る。
跳躍の勢いを生かして、スフィンクスの身体を真っ二つに切り裂く。
俺にとって軽く感じたはずの剣だが、斬撃の感触はしっかりと伝わる。
続いて数歩の跳躍。
組み合うロイとキマイラの位置へとたどり着き、ロイに噛みつくキマイラをこれまた一撃で上下半身を切り離す。
「くっ!」
キマイラの顎の力が弱まったのを感じたのか、ロイは右肩を下にして地面に倒れこみ、キマイラの上半身を叩きつける。
「なに!」
一瞬の形成の変化に最も驚いたのはダニエラらしかった。
「ばかな。まさか、あれはユウェルの魔宝石を用いた宝具か。……ふふっ」
無理やり動揺を打ち消すように、ダニエラは笑い声をもらす。
「まだ終わってないわよ! スクリュードライブ!」
杖を高速でくるりとふるったダニエラから、螺旋状の黒い軌跡が向かってくる。
当たったらまずい!
避けることは簡単かもしれないが、俺の真後ろにはロイもジニーもいる。
≪剣を構えろ≫
脳内に指示が飛ぶ。
剣の指示を信じて、魔法攻撃を正面から剣で受け止める。
『再生破壊!』
直撃した刹那、剣のアニマが若干減少するのを感じるのと同時に、ダニエラの攻撃魔法は打ち消された。
俺のアニマが敵の魔法を相殺したのか。
渾身の一撃を看破されたダニエラは、
「ふふっ。稀に見るすばらしい魔宝具ね。いずれあなたから奪うわ」
あくまでも余裕の表情である。
「怪盗ダニエラ、あなたの負けよ。観念しなさい」
「降参なんてしないわよ。ふふっ。今回は見逃してあげるの。次はその宝石、ちゃんといただいてくわよ」
いつの間に用意したのか、ダニエラは転移石をかかげる。
「逃がさない!」
一気に距離を詰めるが、
「転移!」
俺の刃はあと一歩ダニエラに届かず、彼女は姿を消した。




