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隠しきれない

 お風呂でさっぱりしたあとに大きな問題に直面した。すっかり着替えの服のことを忘れていた。が、雅人さんが用意してくれたのだろう。洗面台の上に一式置いてた。ありがたい限りだが……。


「やっぱり大きいなぁ…あはは」


苦笑が漏れる。とりあえず寒いので一通り着たが、なんとも言えない姿だ。ジャージを借りたときも思ったが、服を着ていると言うよりも、服に着られてるような感じがする。


(なっ情けない)


軽くへこみため息が出る。とにかくこのままでは情けなさ過ぎるので、邪魔な部分をなんとかしないと!

 とりあえずズボンの裾が長くてダホダホしてるところは捲り上げ、腰のところも捲って緩いところを調整した。しかも襟がよれて鎖骨が見えるくらいで、これが女の子がやったらきっと良いのだけど。鏡はいくら見ても貧相な自分を写し出して自分の情けなさに頭を抱えた。

 あともう1つ厄介な問題が残ってる。それは着ているTシャツの半袖だ。6月頃だからちょっと早いかもしれないけど。さっきまでは雅人さんには見えないようにジャージの袖で隠していたが、今は隠しようがなく、両手首は見るに耐えれないほど酷いアザが嫌でもよく見える。


(これは……引くよね…)


見せるわけにはいかない。考えても思い付くのは、Tシャツの上からまたジャージを羽織ることだが、これは絶対に怪しまれる気がする。他に手はないかと色々考えたが、良い案が浮かぶ訳もなく、ただ時間が過ぎていき、いつかは開けなければいけなかった扉が無情にも開くわけで、


「おい?大丈夫か」


かけてくれた声に驚いてびくついてしまった。


「だっ大丈夫ですよ」


動揺を隠しながら精一杯の笑顔を浮かべ、そっと手を後ろに回す。


「ああ…」


雅人さんが頷くものの、さっきまで心配そうな表情をしていたのに怪訝な表情に変わった。雅人さんがこちらに来て、思わずたじろぎ、近づいた分だけ後ろに下がる。


「なんでしょうか?」


「後ろに何か隠してるだろ」


「隠してないですよ」


声が震えずに言えた自分を誉めたい。が、更に雅人さんが迫ってくる。また一歩後退して、


「嘘だ」


「本当ですよ…あっ」


そうこう攻防戦をしている間に僕の背中は壁に付いてしまった。逃げ道も片手を壁に付いて塞がれて、どうしようもない。恐る恐る見上げてみると雅人さんは眉間にシワを寄せ険しい顔をしている。怒っているんだろう。じっと見つめられて居心地が悪く。冷や汗も出てくる。とても隠し通せる気がしない。


(はぁ……。素直に言ってもきっと引かれるだけなのになぁ)


これも諦めが感じんかぁ。ため息を一つ。


(隠した僕も悪いし……)


覚悟を決めて雅人さんの前に手を出した。どうせ今だけの関係だ。見られても、もう会わなければいい。心に言い聞かせ笑顔を作る。


「気持ち悪いですよね?だから見せたくなかったのに」


明るく言って見せた。もういいだろうと腕を下ろし、片方を摩る。予想通り雅人さんは顔を歪めた。気持ちが悪すぎたんだと苦笑が漏れる。


「……」


「平気ですよ?痛くないですし」


「……」


無言の時間が痛い。何か他にも言わなきゃいけないのか頭を巡らせてる。が、突然に左手首を掴まれた。そこは一番色が酷く痛々しいところで、触るだけで痛みが走る箇所。なんでピンポンに掴むんだ!!

表情に出さないように耐えたつもりだが、


「……嘘つき」


「えっ」


舌打ちと共に左腕を掴まれて、脱衣所を後にした。


********

 早々に向かったのはリビング。ソファーの前に来るなり、雅人さんが座り、隣をぽんぽんっと叩きながらこちらに向かって、


「ここに座れ」


「えっあ…はい」


有無を言わさぬような雰囲気を感じ言われるままに従う。あの大きなソファーだ。やはりふかふかで座り心地が良い。が、それを気にしている余裕はない。低い声で名前を呼ばれ真剣な顔付きで、


「もう我慢なんねぇから聞くが、“これは”厄介事に巻き込まれた結果にできたんだろう?」


「……はい」


雅人さんが言う“これ”と指すのは痣だろう。間違っていないから、こくりと頷く。でも自分から詳しく話すつもりはない。固く口を結び、目線を落とす。目を見て話す勇気なんてない。すると、困ったような声がした。


「はぁ…。喋らないつもりか」


「……」


「でもまだ謎が残ってんだよ」


びくっと動いてしまう。あれだけ事が起きれば気づいていて当たり前だ。


(だからって別にそこまで暴かなくてもいいのに……)


思わず下唇を噛む。鉄の味が広がるほどに。静まりかえった部屋で真剣な声が通る。


「夕方に濡れてた理由も、教室の出来事も……憶測だが制裁だろ?」


しっかりと的得た言葉が耳に届く。やはり言われると、わかっていても心臓に悪い。ドクンドクンと響く嫌な鼓動がさらに自分を煽っているようだ。答えなきゃいけない。そう思うほど、言葉が喉につっかえる。動くことも出来ない。

 それでも、じっと待っててくれる雅人さん。きっと僕の口から聞きたいとだろう。でも言わなきゃっと思えば思うほど、言えなくて、ただただ時間だけが過ぎていく。


(何をどう伝えればいいんだろう)


焦る心と動揺が手を震わせる。歪む視界をぎゅっと閉じて耐えるように考えを導く。


( ……本当は…わかってる。


 頷けばいいこと。

 肯定すればいいこと。

 だって雅人さんが言っていることは当たってるのだから。

 詳しく事の初めから話せばいい。



 ……もしかしたらなんとかしてくれるかもしれない。


 でもそれは本当に…?


 …迷惑をかけるかも、

 いや逆に迷惑しかかけないかもしれない。

 …それにもしかしたらクラスの人みたいになるかもしれない)


考えれば考えるほど、悪いほうに考えてしまう。あのときの手のひらを反されたときの痛みがズキズキと痛いから……。

悪い癖だって言えばそうなのかもしれない。それに強引とはいえ結局雅人さんに甘えた自分も悪いのだから自業自得ってやつで、何もかも諦めようって決めたはずなのに。今さらどうして心が揺らぐのか。


(なんで関わってしまったんだろう)


久しぶりに好意的に人と話せて嬉しかったからかなぁ。ただ自分が大馬鹿者ってことぐらいはすごくわかる。

 一呼吸置いて決心した。話すだけは話そうと。ただ声がか細くなってしまうのは、どうにもならないけど。ゆっくりと話す。


「雅人さんが思ってる通りですよ。制裁は何度か…でっでも手首はあの子達じゃなくて……その、違いますけど。でも、その、えっ――」


突然に目の前が暗くなった。そして苦しい。今までずっと下を向いてたからから解らなかったが、どうやら雅人さんに抱きつかれたよう。なんでまたこうなってんのか解らず固まる。


「頑張ったなぁ。大丈夫」


「えっえっ」


「大丈夫だからなぁ」


とても戸惑った。今何が起きてるのか解らなかったが、雅人さんが背中をポンポンと擦ってくれた。この暖かさも、優しく言ってくれた言葉も、じわじわと心に染みてすでに崩壊しそうだった涙が別の意味で流れる。


(ああ、僕をまだ受け入れてくれる人が居たんだ。大丈夫って言ってもらえるだけでこんなにも違うなんて)


思わず笑みを浮かべてしまう。涙は相変わらず、ポロポロ溢れていく。これはしばらく止まりそうもない。

 雅人さんもそのまま胸を貸してくれた。

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