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鉢合わせ(雅人視点)

 戸惑いながらも頷いてくれた実が可愛くてつい頭を撫で回したら紗輝に睨まれた。やることはやれっという目線。名残惜しいけど撫でていた手を離し、必要書類を実の前に出した。詳細は後で読んでもらうとして、サインだけ貰うと鞄に詰め込む。


「あとは任せた」


「任されたわ」


ふふっと笑う孝太。不安げに頷く実の頭をまた撫でて、


「大丈夫。また後でな」


「はい」


ちょっと驚いていたようだけど、笑顔で返事してくれたから大丈夫だろう。孝太もついてるしな。

 時間を見るとそろそろヤバイかぁ。鞄を肩にかけ、紗輝と急いで『資料室』に向かう。

 学生寮を出て、校舎を目指す。多少離れているため、余裕を持っていかないと遅刻するハメになるが、今は走らなくてはいけないほどでもない。早足程度に短い林を抜け、渡り廊下に差し掛かった。

 やっぱり想うは実のこと。気になってしまうのは仕方ない。


(どんなイメチェンになるかも楽しみだな)


隣にいる紗輝がまたなんとも言えない目線を送っている。よくわからんが、俺の顔が可笑しいのか。首を傾げると、


「…その顔はなんとかした方がいいぞ」


「あっやっぱなんか付いてるか?」


「…これだから無自覚は…」


紗輝が頭を抱えて、意味のわからんことを言ってたとき、不意に後ろから声を掛けられた。大きな声で、聞き覚えがある。そして聞きたくない声。恐る恐る振り合えればやはり今一番会いたくない人物が、手を振りながらこっちに駆け寄ってくる。


「雅人!なにそんなに急いでるんだよ」


向こうは上機嫌ようだ。こっちは嬉しくないし、姿も見たくない。もっさりした髪の少年が近づいてくる。まさかでこんなところで会いたくない人物に会うとはついてない。思わず、眉間に力が入る。


「何黙ってるんだよ。友達なんだから挨拶しないとダメだぞ」


「…あーはいはい、おはよー」


「おはよー」


「……」


「おはようございます」


明後日の方向を見ながら答えた。が、最後挨拶に副会長の芹沢京(せりざわけい)も居ることに今気付いた。礼儀正しく挨拶をしてくるのは変わらないが、こうあからさまに転校生と付いていくあたり好いてるなのだろう。


「あいかわらず、頑張っているのですね」


にこっと微笑んで嫌味を言うから、こっちも対抗で意地悪くにやりと笑い、


「ああ、お前も手伝ってくれれば早いだけどな」


「それは…出来ないですね。私も忙しいので」


ひらりと返された。元々手伝ってくれるなら、こいつに付いていったりしないだろう。仕事の腕は迅速でキッチリしてるから、頼りになるのに勿体無いが。


「そろそろ良いかな?こっちも忙しいだよね」


割って入ってくる紗輝。大人しく待っていた方だけど。さっきから袖を引っ張って行こうって合図だしてたから、紗輝もこの場から離れたいのだろう。そして何かが切れかけてるかもしれない。


「大体結果わかってること話さないでくれる?時間の無駄だからさ」


「まぁそうですね。私もそう思うのですけど」


「なぁ!ちゃんと挨拶することはいい事だって父さんが」


「はいはい。良い子ちゃんは黙ってようね。これでも俺達忙しいの。誰かさんのせいで書類が山積みなんだからさ。今から申請の書類も出さなきゃいけないし、ね、俺の言った事わかるかな?」


「わからない。けど大変そう!」


俺の肩に片手を置いておでこを預ける感じに紗輝が項垂れた。そりゃそうだよな。こいつバカだよな。俺だってこいつのバカさ加減で目眩がしそうだ。

 紗輝はため息を吐いた後なんとか、持ち直したのか顔を上げて、また転校生に


「あー…まぁうん。わからないなりにさぁ~大変なのはわかったんだよな」


「うん」


「じゃ、とりあえず、お前はそっちのメ…じゃなかった副会長さんと仲良くしてきなよ」


めんどくさくなったのか、紗輝は押し付ける作戦に出たらしい。でも大きな声がそれを否定する。


「えっ嫌だ。雅人も一緒に生徒会室行こうぜ!!」


「……話聞いてた?」


「えっ聞いてた」


もっさりした前髪のせいで表情は見えないが、声的にきょとんとした感じだ。自分の意見が通らないとは考えてもいないのだろう。

 さすがにこれには紗輝の忍耐も切れたようで、


「…雅人。コイツ殴りたいだけど」


「ああ。わかるがやめとけ」


「なぁ。暴力はいけないことなんだぞ!!」


「優。貴方も無理は言ってはいけませんよ」


なぜかお互いに小さい方を止める形になってしまった。頭が痛い。紗輝は大きなため息を吐いて、資料室に向かう方向に歩き始めた。もう話す気はないらしい。俺もそれに続くが、転校生は納得していないようだ。後ろから『だって』だの『いやだ』だの聞こえてくるが無視。

 朝が幸せだった時間を返してくれと言いたい。が、胸に仕舞っておこう。勿体無いから。一日も経ってないはずなのにどうして、こんなに実に癒されるんだろう。たった少ししか笑ってくれなかったけど思い出すだけで心がほっこりする。これを糧に今日の仕事を頑張ろう。


*******

 資料室に入ると天ちゃんが待っていた。とうかなぜ部屋の隅に隠れるように待っていたのかと怪訝な目で見てしまって後ろから紗輝に殴られた。


「そんな目で天ちゃんを見るな。穢れる」


「痛てなぁ」


「自業自得だろう。俺のお兄様になる予定な人なんだから苛めるな」


「はいはい」


何度か頷き。俺は天ちゃんのそばに行く。めそめそしている天野雫(あまのしずく)先生は紗輝の婚約者のお兄さん。元気な妹は俺達を同い年で、どうしてこうも兄妹の性格が違うのか。会うたびに思ってしまう。親しみを込めて天ちゃんとは呼んでいるけど、涙もろい性格は先生としてはどうなのか、苦笑してしまう。


「ごめんね。雅人君、紗輝君」


すでに涙ぐんでいる天ちゃんに俺や紗輝が慌てて止める。


「なんで、天ちゃんが謝るのさ」


「そうだ。顔を上げろよ」


「…っ佐藤君のこと守れなったから、三橋君達のことは知ってたけど。僕じゃ太刀打ち出来ないし」


「天ちゃんのこと攻めたりしないぜ。こうして書類申請書とってきてくれたのも天ちゃんのおかげだし」


普通はこんな早く手に入るはずがないから、準備はしておいてくれたに違いない。きっかけがないと申請できない書類だしな。


「で、これ」


「もうサイン貰ってきたの。さすが仕事が早いな」


驚いた天ちゃんはすぐにニコって笑って、紗輝から受け取った書類をぺらぺらと捲り確認していく。が、最後のページで手を止める。


「あれ?佐藤君の新しい名前ってこれでいいの?」


「ああ。本人には確認しなかったけどな」


「確かにその名前じゃないとあの部屋にいる理由がね」


三人で顔を見合わせ頷く。


「そっかぁ。まぁそういう理由なら大丈夫なんじゃないかな。これ提出してくるね。今日金曜日だから、…月曜日には使えるように頑張るよ」


「お願いします」


「いいよ。僕に頭下げなくても。先生としても頼りないしね。それに3人で居るときは気遣いなしって約束だ。雅人君、紗輝君も仕事頑張ってね」


ニコっと笑う先生はするりと俺達の間を抜けて行ってしまったが、はっとした紗輝が後を追いかけるように資料室を出てってしまった。天野先生は狙われやすいからな。うん。心配なのだろう。

 自分以外誰も居なくなった部屋を暫し見回し、気を引き締めて俺はいつもの席に座る。昨日やりかけてた書類に目を通し、仕事をこなしていこう。

 果たして終わりが来るときはあるのか…そう考えると頭が痛い。

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