変われるかな?
金髪さんに言われたとおりにジャージに着替え終えて僕はリビングで待っていた。しばらくすると着替え終わった雅人さんも来たからこれから話し合いかなと顔を向けた。が、なぜか僕の方に歩いてきてサッと手を取られ笑顔で、
「行くぞ」
言われ急すぎて何が起こったかわからない。
「えっどこに?」
「ちょっとそこまで、ほら」
笑顔で言われるが頭がついて行かない。渋々立ち上がると軽く手を引かれた。しっかり握られて、解けないけど、急かすわけじゃないし待っててくれるのはありがたい。…けど、なぜ僕の手を取る必要があるのか。困惑だ。握られた手を見つめ、眉間に皺を寄せてしまう。雅人さんにとって何気ない行動なのかもしれないけど…、
(こういう立場は普通金髪さんのポジションではないの…なんで僕…)
言いたい言葉は無理やり飲み込み。この不自然な行動に何かしらアクションがあるだろうと、金髪さんを待っていたが何もないし…。注意の一つくらいありそうなのにそれが逆に怖い。
事が起こってから今まで見れなかった金髪さんをちらりと盗み見ると、金髪さんはなぜかため息を吐きながら額を押さえていた。
(…ため息!?)
思わず目を見開いてしまう。やっぱり手を繋ぐっていうのが悪かったのかな。それなら、言ってくれてもいいのに思う気持ちと、言い出せない自分の不甲斐なさで小さく息を吐いた。
行き先を言われないまま進む。エレベーターでいくつか下り、着いたフロアーを見れば見慣れた2年生の居住エリア。そのまま、まっすぐ進むとたどり着いた所は普通の一室。首を傾げていたら、雅人さんが呼び鈴を鳴らして、しばらくすると部屋から一人の青年が出てきた。ちょっとふわっとした黒髪にメガネっ子。雅人さんを見て、くりっとした黒い瞳が大きく見開いた。とても驚いていたようだ。でもすぐに笑顔になって、
「まさくんが来るなんて珍しいわね」
「ちょっとな」
雅人さんも微笑み返す。にこやかに会話する感じから仲が良いのだろう。
「もう連絡してくれたらよかったのに。それにさっくんも帰ってきてるし忘れ物?」
「それに近いものだよ」
言うなり、金髪さんはそのまま部屋に入っていく。続いて雅人さんも行こうとする。が、僕まで入っていいのか?オドオドしてしまう。ふと、握れていた手が引かれる。驚いて顔を上げると、雅人さんに微笑まれて『大丈夫』と言われ、戸惑いながらもこの部屋にお邪魔した。
*******
廊下の奥を抜けるとリビングに案内された。奥にキッチンがあり、近くにはテーブルと椅子。ちょっと離れたところに観賞用の木がテレビの隣に置いてあって、朝のニュースが流れていた。一足先に行っていた金髪さんが棚を漁っているのが目に留まる。
「あれ?さっくん朝ごはん食べてないの?」
「…ああ。食べる暇なくて。雅人も、佐藤…そこの子もまだなんだ」
また棚を漁り始めるが、突然メガネっ子さんが声を上げる。
「そうなの!?朝ごはんは元気の源よ!ちゃんと食べなきゃ!!私が今出すから三人とも座ってて!!」
迫力がすごかったので、大人しく椅子に座って待つ。するとどこから取り出したのだろうか、大量にパンをテーブルの上に置かれていっぱい食べてねっと微笑まれた。なんという素早さだろう。思わず、パンを凝視してしまう。が、二人は気にすることなく、それをあたりまえのように食べている。ぽかんっと呆けていたようで、目の前にクロワッサンが出されたときにビクついてしまった。
「ほら、食べないと時間がなくなるわよ!」
「あえっありがとうございます」
「いいえ」
うふふっと微笑まれ、クロワッサンを受け取る。ここはご好意に甘えよう。
お腹もすいていたし、一口食べる。サクッと噛み切ると、触感がいい。バターの香りもいいし、食欲が増す。もう一口食べたところで、オレンジジュースがグラスが置かれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
普段こんな事されたことがないから恐縮してしまう。口元を片手で隠しながら言うと、
「いいのよ。好きでやってるだけだからね」
ふふっと笑われてしまった。そんな面白いことでも有ったか。なんか…恥ずかしい。そっと目線を外す。でもたぶんこの人は世話好きなんだろう。この短時間でよくわかった気がする。時折見せる笑顔は可愛くてほんわかな雰囲気があるし、くりっとした黒目が大きくて、こう話してみて思ったけど顔が小さい。なのに…なんで、なんで身長は大きいんだろう。廊下を通ってきたときに思ったけどたぶん、雅人さんの次に大きいだと思う。この中で一番背が低いのは僕であることにはかわりないのだろうけど。めげない!
こうしてみんなとわいわいとご飯をリビングで食べてる。が、この場に自分がいるのが不思議に思ってしまう。きっと生徒会関係の何かだろうけど。また一緒に雅人さんと食べれるとは思わなかったし、まさか人数が増えるとも、思わなかったから、賑やかに過ごせることにちょぴり嬉しさが混じる。
「えっと、自己紹介しとかなきゃね。私は一村孝太。この二人とは幼馴染なのよ。ちょっと喋り方は変わってると思うけど気にしないでね」
「あっ僕は佐藤実です」
「じゃ、みっちゃんね」
手を合わせて満面の笑顔で言われてしまいました。思わずきょとんとしてしまうのは、会っていきなりニックネームを付けられる行為が初めてだからだ。うん、しっしかたない。
「私のことは好きに呼んでね!あっ『いっち』て呼んでもいいのよ?」
「はあ…」
「でね、みっちゃん!この人の紹介もしてもらったかな?」
隣の金髪さんを指して言った。金髪さんの眉がピクッと動く。嫌々そうに、
「…そいつにはまだしてない」
それだけ言うとまたパンを食べ始める。
「やっぱり!さっくん~自分の名前が嫌いだからって」
「いいだろう。別に…」
市村さんから、目をそらすように言う金髪さん。そんなことを気にせず金髪さんの首に腕を引っ掛け、
「おい!孝太!!」
「もうダメよ!ちゃんと自己紹介はしないと。この人はね~橘紗輝って言うの。こんな、そっけな感じだけど、根はいい子なのよ。みっちゃんも仲良くしてあげてね」
うふふっと微笑まれながら言われたが、その本人に睨まれている場合はどうすれば…。出来る限り笑顔を作って頷いては置いた。たぶん、ぎこちなかっただろうけど。この場合どうしようもない。
「もう、まさくんも黙っちゃって」
「俺は食べるのに忙しい」
「そうね。これからお仕事ですもんね」
「おい、いい加減離せ!!」
「そうそうみっちゃん!この子の事を“さっくん”って呼んであげると…『孝太殴るぞ』って面白…じゃ、なかった。怒られるから注意よ」
「あぁうざい…」
「うふふ。でも、私はさっくんと呼ぶけどね」
きん…いや、橘さんが死んだような目をして言った。たしかにこれはキツイ。とうか、これ自由すぎる。貰ったオレンジジュースを飲む。
「でも、なんでこんな可愛い子連れてるの?」
「ああ、……それは書類を書いて欲しくてだな」
「だから、さっくんが早く出てたのね!」
手を合わせて、納得としたようにぱっと笑顔になった。どうやら、何か繋がったらしい。
「いつも早いけど、今日は更にいつもより早かったから。でも書類かぁ」
「内容は教えないぞ」
「もう。さっくんのいけず。まぁ…普段の事を考えればなんとなーくはわかるけど、ね」
黙って聞いてただけなのに、なぜか僕にウィンクされた。思わず肩がビクつく。なぜウィンクしたのか!ドキマギしてしまう。
「紗輝。孝太にも話そう」
「なんで!…まさか孝太に話ってこの事か」
「そうだ。イメチェンさせるには良い人選だと思うが?」
にやりと笑う。孝太さんは片手を頬にあて首を傾げている。
「あら?なにかしら?」
「…確かに、そうだな。まぁそこは佐藤が納得するなら俺は何も言わないけど」
金髪さんが頭を掻きながら僕の方をちらりと見た。きっと二人で話してたときの話なのだろう。聞いてみない事には判断しようがない。ちらりと雅人さんの方を見る。すると、ふっと笑われ、
「なぁ、実。変身してみないか?」
「…言ってる意味がわからないっ」
どうして、そんな突拍子な発言が出てくるんだ。朝だからまだ頭に糖が回ってないから変な言葉が出てくるのか?
「変身とかできるわけっ」
「「出来るさ (な)」」
ほぼ同時に答えられた。雅人さんには自信満々だし、金髪さんも頷いている。何がどうなっているのか、思わずぽかんっと口を開けてしまう。
「まあ、続きも聞け。このまま生徒会会長の補佐をやるにも実に敵対してるやつが多い。そこで考えたのが“成り代わり”だ。実がイメチェンして誰にも分からないくらいに変身させる。名前も変えて。でも出席日数や成績は引き継がせるから問題ない。その書類を紗輝が預かってる」
大変だったんだぞっと笑いながら言ってくる。が、こっちとしては笑えない。正直どうすればいいのかわからない。引きつる口元で、
「無理だよ。絶対バレる…。だって、出来るほど元が良い訳でもな――」
「そこを考えてないわけないだろう」
否定するはずだった言葉を雅人さんが遮った。見上げると、雅人さんはあいかわらず笑顔で、いや、ドヤ顔に近くて、どうしてそんな自信満々に言えるのか。それに急に頭を撫で始めて、
「実は可愛い顔してると思うぞ。それに心配しなくても変身させる奴はプロ並みの腕だからな!」
「へっ」
急に何を言ってくるのか。驚きで変な声を上げてしまった。
「いや、可愛くなんてないし!嬉しくないし!!」
「そこで孝太」
「えっ私?」
上ずった声が、孝太さんから聞こえた。油断してたんだろう。いやいや、でも僕、無視しされた。そこを突っ込もうにも、雅人さんは真剣に表情で孝太さんに向き合っていて挟む空気じゃない。
黙って見守るが、
「孝太の腕を見込んで実のイメチェンに手伝ってほしい」
「えっちょっと、私確かに色々夢のために独学で勉強してるけど。プロ並みは言いすぎ!!」
明らかに戸惑っている。僕としても急にイメチェンしろと言われてもこちらも戸惑うけど。僕の意見は結局言えてないし、それにこんな地味な僕が変われる自身がない。でも、この場の空気を変える一声が通る。
「何言ってんの。孝太うまいじゃん。俺の金髪綺麗に染めたの孝太だろ。ムラないし」
片手で髪を弄りながら橘さんが言う。キラキラと輝く金髪は綺麗だ。腕は確かにあるのだろう。両頬を両手で押さえながら、
「それは練習で」
「こないだチワワに化粧教えてたのは誰だっけ?」
「まっまさくんも!!いつ見てたの!!」
「かなり喜ばれてたじゃないか」
にやりと笑いながら雅人さんは孝太さんに言った。孝太さんは恥ずかしいのかもう顔を両手で覆っている。そしてもう何を言ってるのか聞き取れない。
橘さんは孝太さんをちらりと見て、呆れ顔だったけど、
「俺はこいつの腕は保障するぜ。多少変人だけど…痛っ!」
「変人は失礼よ。もう」
頬を膨らませながら反撃したようだ。平手で。
「まぁ…いいわ。弄るのは好きだから。でもそれはみっちゃん次第よ。嫌がる子にメイクや髪を弄るのは私には出来ないわ。プロではないから期待を裏切るかもしれないし、そこは考慮してよね」
「ああ。わかってる。…実」
雅人さんに目線を合わせる。微笑んで呼ばれるとつい、頷きそうになるが、簡単に決めていいのだろうか?でも、興味はないと言ったら嘘になる。
「えっ…と、その…本当に変われるの?」
不安を口にしてみたが、ふふっと声が聞こえた。声のした方を向くと、
「出来る限りは頑張るわ。それに」
孝太さんが僕の前髪を梳いて、
「みっちゃんなら結構アレンジ効くと思うのよね」
孝太さんにも微笑まれた。かっと赤くなる。が、すぐに手が離れていく。
「あっ…そんなに睨まなくて大丈夫よ」
「えっ」
「こっちの話」
誰か睨んでたんだろうか。自分で精一杯だったから、気付かなかった。隣をちらりと見るとなんか拗ねてるように見える雅人さんが居た。
「で、みっちゃんどうするかしら?」
「…よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、やることに決めた。どこまで変われるかわからないけど。けど、出来ることなら変わりたいから。どうなるかわからないけど、試すだけ試してみよう。




