かげろう 8
琢磨はMにぐっと顔を寄せると、
「イッたやろ?なあ?鼻折れたよな、今」
「ガあああ~~~~~~ッ!!」
Mは両手で顔を押さえたまま体をくねらせ、足を闇雲にジタバタさせている。
その肩をひょいっと引っ張り、体を起こして座らせると、琢磨は背後から首に右腕を回してチョークスリーパーを掛けた。
そのまま上方に一度強く引き上げ、空いていた左手で首を捻じる。
「椎間板ヘルニアって知っとるか?なったらな、長~~いこと困るらしいわ。こんなにしてやったら、その椎間板ヘルニアになるんやって」
「…ッぐぅ…ぐあ…ッ!」
喉の奥から漏れる呻き声が聞こえてきたが、そんなものには構わない。ギリギリと締め上げる。
その内抵抗していた腕から力が抜け、ぷらんと垂れ下がった。
「何や、もう終わりか」
呟いた直後、また背中をズバンッと蹴られた。
「アイタッ!」
咄嗟に手を離し、前転して距離を取る。
支えを失ったMの体は草の上に寝転がり、血まみれの顔で空を仰いでいた。
「おい!!ヤッくん!ヤッくん!!」
駆け寄ったSが肩を揺するが、何の反応もない。
琢磨の標的になるのは、今度はS。
無言のまま、屈み込んでMを呼び続ける顔面目掛けて足を振り上げると、前蹴りを放った。
グシッ!!
ブーツの足裏が深くめり込み、肉に埋もれたように見えた。
「~~~~~~~ッ!!!」
声にならない声を上げ、仰向けに倒れ込んだSに間髪入れず跨り、
「おい、マジか。ケンカ中やで?」
左手で首を掴んで、先ほど前蹴りでヒットした同じ鼻目掛けて拳を振り下ろす。
メキッ!!
「痛い?」
今度は左目。
大きいビチャッ!に似た音。
「これは?痛い?」
次は口。
また大きめのビチャッ!に近い音。
「アレ?歯ァ折れてないな」
もう一度口へ。
ガツッ!!
殴る度に飛び散る血飛沫。
そうやって10発ほど殴った後、動きの覚束ないSを引き摺り起こすと、琢磨は良い考えとばかりにその頭へ一斗缶を被せた。
「マッチの燃えカス、タバコの灰、吸殻入りや!」
しかし両耳が邪魔で完全に入らなかったので、ガンガンと天辺を叩いてSの頭に無理やり嵌め込む。
それから少し距離を取ると、顔面の一斗缶目掛けてドロップキックを食らわした。
ガンッ!!
一度後頭部をコンクリートにぶつけて派手な音をさせた後、Sの体は川へと捲れ落ちた。
ドボンッ!!
「…川汚したらアカンのやけどな」
Sは頭から一斗缶が外れず、パニックを起こして両手両足を水面にバシャバシャと打ちつけている。
「おーい、ソコ浅いから足着くで」
一応声を掛けるが、ワアワアと何事かを叫びながらジタバタしているSに聞こえている様子はない。
しかし構わず、琢磨は草叢に倒れているMを指差した。
「こいつ、死んどるワケちゃうからな。落ちとるだけやで」
「ワ~~~~~~ッ!!アア~~~~~~ッ!!」
バシャバシャバシャバシャッ!!
「……俺な、胃ィのトコ痛うて病院行ったらな、十二指腸潰瘍ってヤツやって言われたわ」
言う相手が誰もいないから、Sに言ってみた。
「アアア~~~~~~~~!!!ギィ~~~~~~~~ッ!!」
騒がしいパニックを眺めつつ、足元に残っていた教科書をバサッと川の中へ蹴り入れる。
「……だから、川汚したらアカンやんなぁ?」
アレは好きやけどコレは嫌いやっちゅーて、軌道を変えて行けたら、どんだけ羨ましい人生になるんやろうな。
胃の辺りを左手で擦ってみる。
…ここが痛いんや。
十二指腸潰瘍って何やねん。
初めて聞いたわ。
何とかかんとかピロリ菌ってヤツが原因の場合もあるけど、忙しいとかストレスとかでなる病気らしいわ。
大体子どもがなる病気やない言うとったな。
子どもでおるっていう自分に迷惑しとったからな、丁度エエんかもしれん。
『母さん、ぼくまた「いらへん」言われたんよ。あんねぇ、傘でねぇ、殴ってきたん。「痛い」言うたら、また殴ってきたん。みんな、ぼくのこと嫌いなん?浜中くんもぼくを嫌いなんやで』
俺がほんまに強いか、1人で生きて行けるか試してみる必要があるな。
……やっぱりあっこからやろ。
まだ14歳になってへんけど、13歳って名乗るんは癪や。
14歳って名乗ろう。
この2人、何歳やったんか聞いとったら良かったな。
こいつらの年齢に合わせて、俺は自分の年齢を名乗れたかもしれんのにな…。
錯綜する現在と過去。
それとなく、何となく、草食で事足りる感覚のみで、朝から晩まで過ごせたら。
ブツブツと考えながら、琢磨はもう一度タバコに火を点けた。
それを銜えつつ、静かな1人と騒がしい1人を尻目に元のコンクリートの上に座り込み、また膝を抱えて川を眺め始める。