かげろう 7
俺は考え事に慣れてしもうとる。
名人っちゅーワケじゃないけど、……慣れとるんや。
どうやってボーッとしたらエエか、やり方が分からへん。
考え事をしだしたら昨日のことから始まって、年単位で遡ってしまう。
…ほら、もう空赤なってきたんや。
何時間こんなにしてやってんねん。
『母さん、ぼく今日「死ね」言われたんやで、じいちゃんに。「お前はいらへん子や」て。いらんってなに?ぼく、誰にも言わへんから教えてよ』
ふと口寂しさを感じ、そういえば制服のポケットの中にマッチが入っていることを思い出した。
反対のポケットにはラッキーストライク。
1本銜え、マッチを擦って火を点す。
しかし顔を近付けた途端、風でフッと消えてしまった。
燃えカスを隣の一斗缶の中へ放り、もう一度2本目のマッチを擦るが、それもすぐに消えてしまう。
3本目でようやくタバコに火が点いた。
「あー、マッチも一応持って来といて良かった。…フーッ…」
水際のコンクリートに座って膝を抱え、銜えタバコで川を見続けている。
風が通り過ぎる度に、辺りの草叢がザザーッ、ザザーッと波打ち、音を立てていた。
『母さん、ぼくねぇ、今日父さんに、足の指デカイって怒られた』
橋の上からは量の増えた車の音。
ひっきりなしに聞こえてくるエンジンとタイヤの音。
ふと目先に視線を変えると、長くなったタバコの灰が目に入った。
あ、ヤバイヤバイ…。
そっと手に取り、一斗缶へ持って行こうとした時吹き抜けた、一際強い風。
指先に伸びていた灰は、あっという間に跡形もなく流されて行く。
「………」
しらこいのぅ、まったく。
誰かが気にしてくれる思うて、誰かが見てる思うて黄昏れとるんか?
……俺やったらやりそうやな。
『ぼくねぇ、だんだん分かってきたんや。ぼくは人間とちゃうんやわ。だからみんな嫌うんやわ。母さんも、ぼく嫌いなん?ぼくは母さん好き』
相変わらず、細長い葉の群れを乾かすように撫でて行く風。
ザザーッ…!
ザザーッ…!
その時だった。
ドスンッ!
いきなり背中に強い衝撃が走り、危うく川に落ちそうになってしまった。
「ッアブなッ!」
咄嗟に踏ん張り、何事かと振り返ると、2人の男子学生が立っている。
着崩した黒い学ランに、黒のリーゼント頭。
葉の音で、背後に歩み寄る足音に気付かなかった。
…こいつら、悪そうな顔しとるな。
「おい、その制服、オカ中やな」
「………」
「中学生が赤い頭ブラ提げて、タバコ吸うて、えらいイキッとんのぅ」
「………」
琢磨は相手を睨みつけたまま、ゆっくりと立ち上がる。
身長は俺とよけぇ変わらんのぅ。
こいつらんがちょっと高いくらいか。
相手2人の背は多少の凸凹。SとMだ。
値踏みしながら、持っていたタバコを一斗缶に擦りつけて火を消し、そのまま中に放り込んだ。
「お前ら、今蹴ったんか?」
「ハア!?お前って、ドコ見て言うとんじゃゴラアッ!」
それを無視し、琢磨は制服のファスナーをジャッと下ろすと、それを脱いで背中を見てみた。
ブルーの生地に見事な足跡が付いている。
「何やコラ!こがいな所で教科書広げて、何やお前。そがいな格好して外でベンキョーか!」
じわりと滲み出るというよりは、どうでもいい心境。
それは許すという選択ではなく、どうなってもいいという心境。
「ワレがここでイキッとったの許したるからよぅ、ちょっと小遣い分けてくれへんか」
人に絡まれないように、もしくは絡まれるように、自分の起伏のありどころでそのどちらかに上手く合致すればと、この髪型と髪色にしているのだが。
「…ほんま、上手ぁ行かへんな。メンドくさ」
そう呟くと、琢磨は近かったSの肩へ制服の足跡をゴシゴシと擦り付けた。
Sはそれをバンッと払い除け、叫ぶ。
「何さらしとんじゃワレェッ!!」
「何さらしとんじゃはお前やろ。取れへんやんけ」
そのままくるくるっと丸めた制服を一斗缶の傍にぽんと放り、同時に胸倉へと伸ばされたSの手を払う。
「エエから金出せェッ!!」
今日はお金を持って来ている。
取り付く島を見つけた時、そこへ行くためにお金が必要になるのは間違いないと思ったから。
結構な大金を、俺は持っとる。
琢磨はその場でぴょんぴょんとジャンプしてみせた。
ズボンのポケットの中に裸で入れている小銭が、それに合わせてジャラッジャラッと音を立てる。
「持ってへんわ」
「ハアッ!?ジャラジャラいうとるやないか!!」
琢磨はもう一度その場で飛び跳ねてみせる。
ジャラッ!
ジャラッ!
小銭はまた同じ音を響かせた。
「ナイ」
「ナメとるんか!!」
そう言って殴りかかってきたのはM。
繰り出されたのは典型的なプルパンチ。
それを難なくかわすと、勢い余ったMの体勢は大きく前に崩れた。
「遅ッ!そらぁ当たらんぞ」
丁度良い位置にあるその顔面に向かって、琢磨は回し蹴りを食らわす。
バキッ!!
良い音!
「イッた―ッ!」
骨が折れた感触に、手応えを感じた。
Mは両手で顔を押さえ、背中から地面に引っ繰り返る。
手の間から大量の血がボタボタと零れ落ちるのを見て、……思わずゾクッとした。
自分の強さの手応えに。