かげろう 6
ニヤけたり、憂鬱だったりの今日がやってきた。
田坂に会う日。
当然有村の決めたことに反論する自分などいない。
比重としては、期待よりも憂鬱の方が大きかった。
有村はこちらに引っ越して来てまだ日が経ってないから、知らなかったのだろう。
それまで田坂が誰かと仲良く話しているところなど、自分は見たことがなかった。
幼稚園の時から田坂くんに憧れとったから。
ぼくは田坂くんがいつもどこにおるか知ってる。
毎日毎日野球をやっとるんや、田坂くんは。
…ぼくイジメられてるの知ってるやろうし、……助けてくれるんかな、田坂くんは……。
これでニヤケとる俺。
それと合わさって、憂鬱なのは自分がバレるんとちゃうかっていう保身。
バレるっちゅーんは、イジメられとるっちゅーことちゃうで。
そんなもん、あいつも知っとった。
ほんまにバレて困るんは、自分の癖。
癖だけちゃうな。
全部か。
父親を『お父さん』と呼べない自分。
陰でコソコソと父親を『達也』と呼ぶ自分。
調べれば一から説明する必要があるし、一から説明すればボロが出るし、ボロが出れば嫌われるし。
それ以前に、田坂くんはきっとこんなぼくを嫌うとるんやろうな。
もう既に。
『おい、これ見てくれや…って知っとるか。タクちゃんらのクラスの1学期の文集や』
今日の有村はそこから始まる。
自分にああしよう、こうしようという提案はない。
『田坂ってアレ、大分アホやで』
『?』
ペラペラとページを捲りながら、有村が田坂の作文を探す。
違うクラスの文集を自分からではなく、他から手に入れてきた有村に、それの出どころを尋ねる口さえ自分は持ってはいなかった。
それよりも、
ぼくのも読まれたのかな…。
気にはなったが、口を開けば寝た子を起こす。
『……あ、これや。読むで。「うちのお父さんは、家をたてるけんちくの大工のしごとをしている。くわしくいうと大工さんだ」って…お前コレ、日本語ムチャクチャやんけ。建築を詳しいいうて大工さんいうて、逆なら分かるけどな。アホの文や!キャハハハハッ!』
『……あは』
ぼくは父親の勤め先は知っとるけど、そこで何の仕事をして、どんなことをしているかは知らない。
1学期にあった図工の宿題をみんなに説明するときに、先生が言うた。
『土曜日のお昼からお父さん、お母さんのお仕事の見学に行って、その様子を絵にしましょう。鉛筆で下描きまで済ませておいて下さい。次の図工の時間に色を塗って仕上げてもらいます』
俺は達也に言えなんだで。
『仕事場見学させてくれ』なんてよう。
だから勘や。勘で描いた。
繋ぎ着て、耕運機を直しとる絵。
何となくやで。
勘で描いたんや。
その絵は後に賞状を貰うて、薄ら笑うたのを覚えとる。
『調べてみたらな、大工やっとるのって、この辺で2軒しかないんやわ。あいつ、田坂っていうんやから、この田坂建設で間違いないやろ。近いし、今から押し掛けようや」
『………』
『ん?どうした?何や?』
『あ、いや…』
『だから何』
『……家に行かんでも、田坂くんはあそこにおるで』
『あそこてどこ』
『……多分やで、多分学校や』
田坂くんは毎日学校で野球やってる。
最初からそう言えばいいのは分かってるんやけど。
……辿って話すんよな、俺は。
『何やそれ。早よ言うてや』
『うん、ごめん』
『タクちゃんはアレやな。はっきりせぇへんなぁ、いつも』
嫌われるのを一番恐れている俺は、言われた言葉が非難なら、その話題をすぐに変更させようとする反射神経だけは持っとってん。
有村と並んで小学校へと向かいながら、自分から話しかけた。
『有村の父さん、何してんの?』
『役場』
『役場?』
何するところ?と聞く前に、有村から次々と答えが返ってくる。
聞きたいことを言わずとも、知りたい返事が返ってくる。
有村はぼくのこともアホって知っとるよな。
弱いことも知っとるよなぁ。
『そうやねん』と頭で返事をしながら、
俺はアホで弱いんや。だからあんまり質問せんとって。
いつもそんなことを考えとった。
どこまでも逃げる俺。
逃げて気ィ済んだか?
済まへんやろ。
逃げたところで何もなかったもんなぁ。
……あん時の俺。