かげろう 5
『なあ、タクちゃんのクラスに田坂裕人ておるやん』
『うん、おるおる』
『あいつ、めちゃくちゃケンカ強いって有名やんな』
確かに有名だった。
あの頃の俺の中では、田坂は怖くて近づきにくい存在。
それと合わせ、憧れで、恐れ多い存在。
5年生2人を相手にケンカをして、大泣きさせたという話も耳にした。
でもケンカが強いからといって全然偉ぶっていない。浜中などの連中とはワケが違う。
そんな存在。
『あの田坂、あいつ使うてよう、面倒臭いの一回取ってまうか?』
『え、何それ』
『だから田坂に、タクちゃんイジメとるあいつら、ヤッてもらおうや』
『ええ?何やそれ』
返事に困ったが、俺の中で下手な妄想が足音を鳴らした。
上手く行くんかな。
そんな、今にもニヤケそうな妄想。
まだ明るい空に、チャイムの音が響き始める。
『5時のキンコンカンやな。帰ろか』
『うん』
『田坂には明日会いに行こや。タクちゃん、あいつの家知ってる?』
『イヤ、知らん』
『んー…じゃあちょっと調べとこか』
『……ほんまに行くん?』
田坂とは幼稚園の頃からの顔見知りではあるが、誰とでもツルむタイプには見えないし、怒らせると怖いし。
何をすれば怒るのか分からないし。
ぼくなんかが近づくだけで怒らせてしまうんちゃうかな…。
そんなことを考えていた。
『何?嫌なん?』
『………』
『まあ、タクちゃんが嫌がってるってことは、エエ感じかもしれんな』
『ん?』
『イヤ~、俺の計算でな、お前が嫌がってるってことは、みんなもあいつのこと嫌がってるんちゃうかなーって』
『………』
『ま、エエわ。詳しくは明日な。俺、いろいろ調べるし。じゃあね、バイバイ!』
『…バイバイ』
有村は後ろを振り返ることなく、そのまま自宅の方へと走って行ってしまった。
1人残された広場。
約束された明日のことを憂鬱に思っている、それだけではなく、今から1人、自転車で約30分かけて帰らなければならない道のりが、自分の顔色のほぼを占めていた。
……いろいろ考えてしまうんや。
『言い訳もさせてくれへんしな……』
自転車をゆっくりと漕ぎながら、今日のことを思い出してみる。
えっと…達彦、あいつよりちゃんと早く起きたな。
ごはんも溢さんと食べたし、宿題もやって出てるし。
……そやけど、昨夜は父さんに、晩ごはんの味噌汁が辛いって、何でかぼくが怒られたな。
あれって何やったんやろな…。
あの頃から、ウジウジウジウジと毎日毎日…
13歳になった今でも、あのオッサンとはマトモに口利いたことないで。
余裕や。