かげろう 4
この後、初めての体験をいくつかした。
自転車の2人乗りも初めてやった。
『俺の家、こっからまあまあ遠いんや』
ハンドルをフラフラさせながら、ぎこちなく自転車を漕ぐ俺。
『でもアレやで。自転車の2人乗りはアカンのやで』
『うん、アカンなぁ』
『…ぼく走るから、これに乗る?』
『イヤ、ええよ』
『エエって…』
『怒られたら謝ろうや。それしかない』
自転車の2人乗りなんて、小学2年生の俺にはまだ早いって思った。
子どもの俺にはまだ早い、なんて確信したのも、あの時が初めてやったな。
必死で自転車を漕ぐ俺に、有村は大声で話し掛ける。
『俺の家の近所に100円ばあちゃんがおんねん』
『100円ばあちゃん?』
『そう、100円ばあちゃん。1人やったら怖いけど、2人やったら怖ないで。今日は100円ばあちゃんの生態を調べるんや、2人で』
『せいたい?』
せいたいって何だろう。
その前に、100円ばあちゃんって何?
…ま、見れば分かるか。
俺は有村に気に入られようと、必要以上に必死で自転車を漕いでいた。
『100円ばあちゃんはきっとな、蜂と同じ習性を持っとる』
『ハチ?』
『そう、蜂。あれは光に向かって歩きよるんや。同じとこをグルグル回りよる。ま、俺の勘やけどな』
…ばあちゃんで、ハチ?
出だしから変わった奴なのかもと思ったが、有村は思った通りの実に変わった人間だった。
あいつが転校してきたことで、俺の学校生活は随分と変化して行った。
口癖のように『逃げたい』、そう考えていた学校生活が、『早く放課後にならないかな』に変化して行く。
俺には『学校にいたくないから家に帰りたい』そう考える理由もなく、何かと、何かにつけても『早く終われ』と考える嫌な癖があったのだが、これも少しずつ形を変えていった。
イジメられとったのは変わらへんのやけど、ほんで有村はその行為をずーっと無視しよったけど、あいつの言う通り巻き込みとうなかったからお誂え向きやったな。
あの頃も、平日であろうと何であろうと、学校終わったら毎日あいつと会いよったな。
2人野球、磔鬼、かくれんぼジャンプ、……有村は2人だけでできる遊びを次々と考え出した。
『これ、覚えて』と差し出されたノートには、有村の編み出した遊び方のルールが図解で分かりやすくまとめられていた。
毎日毎日そんな遊びを繰り返していたが、2人きりでやっていても飽きることはなかった。
『あのな』
『ん?』
『何でぼくを遊びに誘うたん?』
『ハア?何で?』
夏休みに入り、朝から夕暮れまで毎日会っていたある日、有村に問うてみた。
有村の家の近所には同級生がいない。
転校生2人がいるが、自分に対するイジメに関して女子は関係なく、最近はずっとその近辺で遊んでいた。
『巻き込まれんの嫌やー言うて、何でぼくと遊ぼう思うたんや?』
『ああ。…そうやねぇ…見とってオモロかったからかなー』
『ええ?』
『だってな、どう見てもタクちゃんの方が強そうやん。何で黙ってやられとんかな思うて。こいつアホちゃうけ思うたんや』
『……ぼくが強い?黙ってやられてるの、アホ…?』
『そうやん。試しに一回ドツイたったらええんや』
『………』
誰にでもできる作業を、ごく簡単にこなしているつもりでいた。
俺はあの頃からいろいろと慣れとったからな。
親戚同士の集まりに、
『お前も来たんか。何で?』
普通にそう言われる、そんな扱いを受けていた。
……ぼくは、おったらアカン人間かもしれんな。
他の人とは全然ちゃうんかもしれんな。
いつもそんな風に考えていたから。
『イヤ、多分勝てんよ。3人もおるし』
『じゃあ1人1人狙うたったらエエやん』
『………』
あの頃は俺も子どもで、有村の性格が実に計算高く、ある意味狡賢いということをまだ理解できていなかった。
やけに勉強ができるということにも気づいていなかった。
ただ、ちょっと遅刻しただけで半泣きで謝る有村は、ある種真面目な奴なのだということは知っていた。
…あいつのあの姑息なまでの計算高さには、あれ以降も随分と助けられた。