かげろう 3
春、新学期と共にではなく、夏休み前という中途半端な時期に来た男子1人、女子2人の転校生。
1人が自分のクラスに、2人は隣に。
その隣のクラスに来たうちの1人が有村隆也。
新し物好きというわけではないが、その転校生3人のことが気になる。
それは自分が今どういう状態にあるかまだ知らない3人であれば、もしかしたら友達になってくれるのではないかという厚かましい考えとは違い……
イヤ、それも少しはあったかな。
それよりも、これ以上恥を掻きたくない、これ以上自分の恥を知る人間を増やしたくはない。
そんなどうでもいいことに固執し、中身のない頭で、
――― お願いやから、俺のことを気付かんといてくれ。
そんな陳腐な計算をしとったんや。
夏休みが待ち遠しかった。
あと30日……あと29日……あと25日……
指折り数え、夏休みに入れば現実に蓋ができると目論んでいた俺に、あいつはいきなり近づいてきた。
『なあ』
『!?』
休憩時間に何故か隣のクラスの有村が、自分の後ろの席に座っている。
笑顔というよりは、ニヤついた顔で。
そして、
『あれ?このガムテープ何?』
そう言って、俺のイスの背もたれに貼られていたガムテープをビリッと剥がした。
それは油性マジックでされた落書きを隠すために、自らが貼り付けたもの。
『ハハッ!アホって書いとるやん』
『………』
そこへ、本来その席に座るべき女子がやってきて、目を吊り上げた。
『ちょっと!男子は私の机、座らんといてくれるー!?』
『喧しいッ!あっち行け!爪剥がしたろか!』
『え、えぇ…!?』
思わず声が出てしまった。
女子は有村を睨みつつ、そそくさとその場を離れて行く。
有村のその台詞にも相当驚いたが、それよりも久し振りに同級生に話しかけられた、そちらの方に新鮮な驚きと嬉しさを感じた。
それまで首だけで振り返っていた姿勢をやめ、体ごと後ろへ向き直る。
『イヤ、実はな、転校とか嫌やったんやけど、ウチの親がな、ほら、一緒に転校してきた2人おるやろ?あいつらの親と共同出資で土地買うたんや。広く買ったら安うしたる言うて。一坪何ぼ言うたかなぁ…。ほんでな、じゃあ3家族いっぺんに引っ越すかいう話になってな。そこに家建てて…』
『???』
まだ九九すら覚えていない自分からしたら、あの時のあいつの話は難しすぎた。
有村は、俺が何も分かっていない顔をしていたことに気付いたのだろう。
『まあええわ』
そう言いつつ、俺に顔を近付け、耳打ちした。
『なあ、何日かお前のこと見よったんやけど、お前ってイジメられてるん?』
どこの誰もが、薄目で見ようが安易にバレてしまう事実を、俺は驚きながら聞いとった。
何でバレたんや!?じゃないやろ。そりゃバレるって。
有村の独り言のような話は続く。
腕組みをし、仰け反りながら、
『うーん…』
もう有村から目が離せない自分。
次にどんな言葉が出るのか、戦々恐々とした興味でもって待っている。
やがて体をふっと前に戻して、有村は言い放った。
『よっしゃ。じゃあ隠れて遊ぼう』
『んん!?』
『今日木曜やし、昼から休みやん』
『うん』
『隠れて遊ぼか』
『……何で隠れるん?』
『何で隠れるって。見つかったら俺もイジメられてまうやん』
驚いた顔でそう言った有村。
平然と、隠すこともなく物事を話す有村に驚く前に、喜びの方が先走ったなぁ…。
幼馴染のあいつも、遊んでくれんようになって長かったし。
『じゃあ休憩終わるし、行くわ。昼ごはん食べて、そうやね、1時半くらいにあそこの測候所で待ち合わそうか』
『ああ、測候所ね。分かった』
その裏に、ぼくのばあちゃんの家があんねん。
そう言おうと思ったが、面倒臭がられたら嫌なので言わなかった。
過去最高のタイムだっただろう。
学校が終わり、全速力で家に帰った。
母親の用意している昼ごはんを全力で掻き込み、これも最高のタイムだったと思う。
グラウンドの場所を取るために、急いで摂る弁当とはワケが違う。
そして自転車に跨り、これもまた全速力で約束の場所へと向かった。
これまでばあちゃんの家までのタイムを計ったことがないから、過去最高かどうかは分からない。
急いで行った測候所には、約束の時間の1時間前には着いてしまった。
待っている間、特に退屈はしない。
測候所の前は広場になっており、芝生を擦ると百発百中でバッタがピョンと飛び上がる。
捕まえたショウジョウバッタを正面から見て、
『変な顔やな。顔が長い!……有村、バッタとか好きかな』
そんなことを考えながら、まだどんな奴かも分からない転校生を待ち侘びていた。
測候所の建物の中を覗き込むと、事務所らしき部屋に時計が見える。
時刻は1時35分。
『うん。約束の時間過ぎたな。もう来るかな』
……45分。
……55分。
バッタを飛ばして遊んでいた行為は、その頃には草を毟る作業に変わっていた。
やっぱり嫌になったんかな。
また自分を諦めかけたその時だった。
息を切らせ、大汗を掻いた有村が広場に駆け込んで来たのだ。
あいつは俺を見るなり走るのをやめ、ゆっくりと歩いて向かって来た。
近づいてくるのを確認して、俺も立ち上がる。
よくよく有村の顔を見ると、目が真っ赤になっている。半ベソだ。
さっきの休憩時間と違い、笑顔の自分と真顔の有村。
『…ごめん。すいません』
そう言って有村は自分に頭を下げた。
『え?え?何!?』
『言い訳になるんやけど、家出た瞬間、自転車のチェーンが外れよったんや。時間に遅れるんは最低や』
俺はそんな風には考えなかった。
来てくれたことだけで上等だったし。
『イヤ、別にいいよ。全然』
『ほんま?怒ってない?』
『うん、ほんま。怒ってない』
『よっしゃ!良かった!あー、良かった!嫌われたらどうしよう思うとってん。泣き掛けたよ』
『………』
嫌われたらどうしようかと思った。
有村のその言葉を聞いて、今日はメチャクチャいい天気やってことに気付いた。
測候所で待ち合わせたからかな。