かげろう 2
現状を鑑みれば、あれらの言葉は身に覚えのない、思い当たらない、……しし食った報いなのかもしれない。
図書室の本を読破し、潜行しながら白々しくも進もうとした。
前借とでも言うべきか。
過去や未来を清算するつもりでいたが…。
生からの過ちで火膨れした自分への無駄。
それは被覆した千古不易の自分の非番なのかもしれない。
幼少の頃からの出来事はよく思い出す。
父、母、弟、そして自分。
確かに、人の思いつきに対応できるような初手は持っていなかったと思う。
「…あれ、4歳の時やったよな…」
親戚連中を前に、母が宣言した。
『琢磨には期待してない』
その言葉。
あれからずっと、踵辺りに違和感を覚えていた。
気の小さな子ども。
自分自身が知る、小さすぎる子ども。
情けない子ども。
何も知りはしない自分。
人前での発言など迷信であると信じたまま入った、集団生活。
白茶けてはいるが、覚えている。
俊敏性に欠く性格と、それを除法するかのように賄いきれない性格。
「クラスの…よく前の席の子に『ぼくも賛成やからって先生に言うて』って頼んだよな…」
万能は言い過ぎで、境界線の上はあまりに目立つ。
『普通』
あれほど憧れた、『普通』
その所作に、奥歯が割れるほどに憧れていたのに。
……イジメられとったな、俺は。
浜中、堤、喜田。
こいつらの誰か一人でも学校を休んでいた日はほっとしていた。
自分を変化させるのではなく、向こうの変化をただ指を銜えて待っているだけ。
『お前の親って、ほんまの親と違うんやろ?』
聞いたこともないそんな言葉は、しかしやけに説得力があった。
暫く黙った自分。
……だからか。
だからか。
何となく分かっていたような気もしたから、真実を疑う余地を見出そうともしなかった。
自分の以前と照らし合わせてみて、あいつの、浜中のその言葉を疑う行為には一切興味を持たなかった。
あの時少しでも興味を持っとったらな…ちょっとは違うとったかも。
あの言葉から、あいつらの進撃は始まったんやから。
『敵』と表するには、あまりにも気弱な俺。
奴らが人傑であり、仁者であれば諦めもつけたかもしれんな。
…イヤ、ちゃうな。
もっと早かったな。
早かった?
……あん時俺は、俺を諦めとった。
人より自分を小さく見せようとする自分に目覚め、ありもしない妄想に浸る自分に飽き、現実への肉離れまで起こしとったよ。
それがどれだけ苦痛だろうと、ただ言われることを聞き、苦痛への憎たらしさに平然を装い、周りの人間の視線が見えてない振りをする。
……そう、誰にでもできる簡単なことやで?
『昼休みにグラウンド取っとけよ!ドッチの場所や!』
浜中のこの号令から、毎日俺の長い昼休みが始まる。
小学校に給食はなく、各自が弁当を用意していた。
何故浜中が、俺にグラウンドの場所取りを命令するか。
俺が人より弁当を食べ終わるのが早かったからだ。
入っているおかずは、あの3人に全て取られてしまい、残った白いごはんにお茶を掛けられ、それを掻き込まされる。
自分だけならいざ知らず、やはり朝早くからこの弁当を作ってくれている母親の姿を想像すると、…母まで愚弄されるこの行為は腹に据え兼ねるものがあったが、あの頃の俺はまだアレに反発する知恵も力も持ち合わせてはいなかった。
『……うん』
この返事を毎度毎度繰り返し、誰にでもできる簡単な態度でその心を取り合えず納めようとしていた。
落書きでほぼ真っ黒になってしまっている国語の教科書のページ。
出席番号と日付が合致してしまう日は、いつも冷や汗を掻いていた。
落書きで文字の消えた教科書を、皆の前で読まなければならない。
右左に首を傾げながら何とか読み終わった次のページは、千切られて無くなっていた。
『先生、……読めへん』
そう言って立ち尽くす俺に、教師が怒鳴り声を上げる。
『読めへん』の意味が違うとったんやけどな…。
まぁ、あいつらソコまで考えてくれへんか。
国語の教科書に載っている作家の写真。
思う様落書きされているそれ。
文章をある程度崇拝している俺は、あの作家さんたちにあんなことはしない。
無実や。
あの間の副産物は、恨みによる現実逃避ではなく、着目の術。
毎日奴らの機嫌を見ているうちに、大人の顔色にまで詳しくなったよ。
流暢な寝言は俺の機嫌にも伺いを立てていた。
今の俺の年齢から見れば、とても幼い、途中の俺。
幼いながらに、ある意味虜になった辱めの行為。
2年生の時やったで、確か。
あいつが転校して来たんは。