かげろう 1
まずこっちの話から。ぼちぼちと。
決して淡々とは言えないその表情は、過去への従順も物語る。
光が反射する眩しい川のほとりで、真っ赤に染めた髪の毛を風に靡かせながら佇む少年。
ファスナーを上げた学ランの裾が、時折ぱたりと裏返る。
足元の一斗缶はわざわざ用意したものだったが、役には立たなかった。
風が邪魔をする。
ブーツの爪先で軽く蹴ると、カラッカラの音がした。
「火ィ点かへんやんけ」
その声は上方から聞こえてくるエンジン音に、掻き消されるほどのもの。
関わり合いはなかったことに。
忘れたい。
そんな願いの前に、忘れてしまわれたいという戦慄が先。
『言葉は生きる』という言葉を信じている。
だから自分は独り言が多いのだとも思う。
「人に……人にな、『頑張れよ』って平気で言える、挨拶みたいに言える人間になりたいんや」
赤い頭に、ブルーの学生服。
それでなくとも目立つ自分。
髪の色は細った己の心に反比例させるため。
自らが染めた色。
橋の上の通行人が足を止め、こちらを見下ろしていることには気づいている。
川を汚してはいけない。
そのことも知っている。
今、自分が繰り返し千切って川に捨てているのは教科書。
流れて行くその様も、視界には入れている。
「誰か、俺のことを詳しくな…もっと詳しい、俺がどんな奴か教えてくれへんかな…」
過去を掻い摘むように、千切って川に投げる紙片。
覚えのある自分の文字が引き裂かれるのを、幾度も見た。
半分ほど千切り終えたところで、残りの束を川に放り投げる。
どぽん…ッ
投げ捨てたのは自分の前に聳え立つ、執着したもの。
白日の下に曝した事柄は自分はおろか、他人の気分も害してきた。
欹てることで目線を上げ、食い入るように好んで見上げてきた大人たち。
他人たち。
「…カムチャッカの…若者?……キリンの夢やったかな……」
見え隠れする点描のように、何となく覚えている。
千切っては乱暴に投げ、乱暴に千切っては投げ……。
愚問と、それからの逃避を兼ね備えた表情は、眉間の皺が物語る。
悔しさは歯同士の摩擦音で素描してきた。
「そうそう!負けた時には『クソーッ!』って……声に出して言える奴になりたいな」
軽く口にはしてみたが、それは非常に重さのあるゾッキ物。
「人は……人は簡単に行き着くんやな……腐って食えへんところまでな」
命数とは自然の成り行き。
13歳には、まだまだ研磨して余りある日々。
過去に関しての施工など不可能だ。
次に手に取ったのは、『数学』
角は丸くなり、表紙にはいつしか付いていた折りの線が入っている。
感慨もねじ曲げながらじっと見つめ、
「数学は、算数の時からまあまあ好きやったで」
そう呟いて、びゅっと投げ捨てた。
どぼんッ!
一度沈み、それはすぐに浮かび上がり、流れに乗って去って行く。
バサバサ…ッ
水音に驚いたのか、対岸の草むらから一羽の鳥が飛び立った。
それを追って視線を上げ、そのまま頭上に首を回してみる。
「雲一個もない。…あ、一個あった」
せせらぎの音をこんなに近くで聞くことなど、随分と久し振りのように思った。