警察は優しい
「私、警察に行かなければいけなくなった」
ある日の昼休み、小春日和の心地いい風の下、彼女は突如そう言った。
屋上のベンチでサンドウィッチを頬張っていたら、具のレタスが膝の上にボロリと落ちた。その瞬間の言葉だった。
ストッキング越しから伝わるレタスのひんやりとした感触。最悪、そう思いながら、レタスを払いのける。
「だからいつも言ってるでしょ。男のケツをガン見すんのはやめろって」
「ガン見で警察に捕まったわけじゃないんですけど」
「じゃあなんで自首するの」
「自首じゃないから!」
ああ、犯罪を犯したわけじゃないのか。
彼女と私は同じ会社の同僚。部署は違うけど、なぜか仲がいい。
お昼はこうして会社の屋上でまったりタバコをふかしながら過ごすことが多い。彼女と仲良くなったのも、屋上でよく会うからだ。
食事を終えた私たちは、タバコを取り出し、一服する。彼女はマルボロのメンソール。私は赤のマルボロ。マルボロ仲間だ。
私はメンソールが好きじゃない。喉に残るあのスースーしたかんじがどうも好きになれないのだ。
「起きたらさあ、コーンがいたんだよねえ」
鼻から煙を出す彼女のオヤジくささに苦笑する。それなりに美人さんなのに、こういうちょとした行動がオヤジっぽくて、彼女は人生損していると思う。
「コーンって、なに? とうもろこし? それともアイスのっけるパリパリのあれ?」
「道路工事とかの時によく見かける赤い三角のやつ」
へえ、とあいづちをうち、タバコに口をつける。口から灰に充満していく煙を長く長く吐くのが、私は好きだ。
「持って帰っちゃたの?」
昨日、彼女は大学時代の友人と飲みに行ったらしい。酔っ払って、ペコちゃんやカーネルおじさんを持って帰ってしまったというのはよく聞く話だ。
「違う。道路でコーンと一緒に寝てた」
「……あんた、何歳だっけ」
「二十六」
私と彼女は同い年であるわけだが。二十六の女がその失態はどうだろう。つい年齢を確かめたくなるのは致し方ない。
「道路で爆睡してたから警察のおっちゃんに起こされたんだよ」
おい、何してんだ、二十六歳、OL。
「起きたら、財布落としてたんだよ」
不幸だな。
「終電は無かった。泊まる場所も無かった。頼る人もいなかった。帰るための金も無かった」
どんだけ不幸なんだ。
「警察のおっちゃんが交番に一晩泊めてくれた」
おっちゃーーーんっ!
「朝、家に帰る金を貸してくれた」
おっちゃーーーーーーんっ!
世の中、捨てたもんじゃないんだな。
警官なんて不祥事ばっか起こしてるもんだと思ってたけど、義理と人情に溢れるステキなおっちゃん警官がいるんだ。
うう、感動。
「だから、今日菓子折り持って、金返しに行く」
「おお、行って来い。お礼を言わなきゃならないね、それは」
「ちなみに交番にはイケメン警官が一人いた」
「ほう!」
「すっごい哀れんだ目で見られた」
……誰しもが哀れんだ目で見たくもなるだろうよ。二十六にもなる女が道路で寝込んだ上に、財布を無くし。家に帰るあてもないときたら、なんだか涙が出てくるよ。
「イケメン警官のケータイの番号かメアド聞くのが今日の目標」
「……頑張れ!」
「うん、頑張る」
私はげんこつを彼女に向ける。彼女もげんこつを出し、互いのげんこつを小突く。健闘を祈る時の、儀式みたいなものだ。
彼女の鼻から吐き出されたタバコの煙が、晴れ渡る青空に溶けていく。
長い髪を綺麗に巻き、いつもより気合の入ったお姉系ファッションに身を包んだ彼女。
醜態をさらしたわけだが、もしかしたらそんなとんでもないことをしでかしちゃう彼女を放っておけなくなる優しい男がいるかもしれない。
「俺がいないとだめだ」と思わせるのは男を落とすのに最良の手段だ。
転んだってただじゃ起きない、それが彼女のいいところ。
「とりあえず、ぶりっこするのは忘れんなよ」
「当然だろ」
男前に笑う彼女は、今日も我が道を行く。
もちろん今回の話も脚色ありのほぼ実話です。
でも、私の失態じゃないですよ(笑)




