だめ男を選ぶ女の心理学
終電ぎりぎり。電車に飛び乗る。
階段をすっとばしながら走ったから、めちゃくちゃ疲れた。汗で背中が湿ってる。
むんむんとした湿気に包まれた電車の中。誰かの傘が私のふくらはぎにつんつん当たる。痛いっーのっ! 心の中で怒鳴りつけながら、ちょうど真後ろに立つOLを睨んでやった。すました顔で立つOLが私の睨みに気付くはずもないけど。
あがる息を整えるために、ふーと長い息を吐いた。ちょうど、電車も動き出す。
終電まで働かなきゃいけない今の労働環境。早く仕事を辞めて主婦になりたい。でも、彼氏は結婚に二の足を踏んでる。なにが嫌なの? 私じゃだめなの?
結婚する気が無いなら、別れたいんですけど。はっきりしてほしい。
冷房の効きすぎた電車。汗をかいた体には気持ちよかったけど、体のほてりが取れてきたら、寒くなってきた。どこもかしこも冷房きかせ過ぎ。クールビズはどこに行ったの?
そんなどうでもいいことを取り留めなく考えていたら、ケータイが鳴っていることに気付いた。メールが来てる。
友人の真美からだった。
『生きてるよ〜。今週オッケー』
真美に『生きてたら、今週の土曜、遊ぼう』とメールしていたことを思い出した。
え? メールの内容が変だって?
だって、しょうがないじゃない。真美はいつでも生死の境をさまよってる。
意味がわからない?
真美の彼氏は、どうしようもない本物のだめ男なんだもん。
だめ女がいて、だめ男がいて。そんなだめ女だめ男でも、なぜか恋人がいたりして。世の中わからないことだらけ。
真美と遊ぶ約束をした土曜がやって来た。彼氏の愚痴が言いたくて、暇な友人を探したら、真美しかいなかった。本当は真美ではなく、別の友人に愚痴りたかった。だって、真美は……。
「久しぶり〜」
「真美、髪切ったんだ」
「うん」
長いストレートヘアだった真美の髪の毛は、短くなっていた。ショートヘア。頭の上のほうだけ毛がつんつんと立っていて異様に短い。なんというか、変な髪形。
「なんで、ここの毛だけ、短いの?」
短すぎて逆立ったつむじ辺りの毛を手で触りながら聞くと、真美は事も無げに答えた。
「彼氏がキレて切られた〜」
真美の彼氏は、やばい。マリファナやってるし、酒は毎日浴びるように飲むし。軽くアル中で、キレるとなにするかわかったもんじゃない。暴れることはしょっちゅうらしい。暴力は振るってこないらしいが、髪の毛切ったり、物を壊したり。
さらに、職業はヘルスの裏方(おそらくヤ○ザと繋がりありだ)。そんでもって妻子ありの離婚暦あり。離婚の理由は聞かずともわかるだろう。
これでわかってもらえただろうか。メールでつい『生きてたら』と入れてしまう理由が。暴れる(しかもあっちの人だし)彼氏を持つ彼女がいつ東京湾に沈められるか、わかったもんじゃない。
こんな男とつきあう真美に、『彼氏が結婚考えてくれない』なんて相談しても、なんとも軽〜いどうでもいい話になってしまうのは目に見えてる。真美の悩みの方が(真美は全く悩んでいないけど)重すぎる。
「ねえ、なんでそんな男とつきあってんの」
「え? 好きだから」
「どこが好きなの」
「ん〜、優しいところ。怒ると怖いけど、怒った後とか超優しいんだよ」
女の髪切る男のどこが優しい?! ドメスティックでバイオレンスな男に悩む女がよくテレビで同じこと言ってるけど!
「別れた方がいいよ」
「でも、彼、まだ更正してないし」
「は?」
真美は短くなった髪の毛をいじりながら、小さな唇を尖らせた。
「あたし、だめ男を更正させるのが好きなんだと思うんだ〜」
「は?」
「なんかさぁ、最近あいつ、ヘルスの仕事辞めて全うな仕事就くって言っててね〜。酒もやめるとか意気込んでて。あたしと結婚したいんだって。でも、それ聞いたら、なんか冷めてきたんだよねぇ」
思わず目玉をパチクリしちゃった。どういうこと? そこって喜ぶところじゃない?
「最近気付いたんだよね〜。あたし、だめ男を自分の力で全うな男に改善させてくのが好きなんだよ。だから、全うな男になったら、興味なくなるの」
なんて地球に優しい。エコですか? リサイクルですか?
「だからね、もう少しまともになったら、別れると思うよ〜。今はまだかなぁ」
彼女の思考回路は全くもってわからない。
だが、彼女によって、だめ男が更正され、まともになって世にまた排出されるなら、それはそれでいいのかもしれないなんて、思ってしまった。
世の中は今、エコですから。
彼女はクールビズよりもずっと、地球環境を良くしているのだ。……って思っておこう。
これも脚色ありのほぼ実話です。
もっとひどい男と付き合ってる友人がいるのですが、そのまま書くとたぶんドン引きするだろう思い、和らげました(^^;




