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免罪符は『好き』

 慣れって恐ろしい。

 だんだんと慣れてゆく、慣らされてゆく。

 だから私は忘れていたんだ。

 それがどんなに傷つくことなのか。



 すだれで囲まれたおしゃれな個室のある和風居酒屋。久々に飲みに行くかと繰り出したある日、私はまたもやあの話を聞かされることになった。


「また浮気……」

「そう。また浮気」

 私の親友、千佳の彼氏はとんでもなくどうしようもない男。だめ男。

 浮気はする。金は借りる。ギャンブル大好き。三十代後半になるというのに、仕事はころころ変わる。

 彼女に何度「いい加減別れたら」と言い続けてきただろうか。かれこれ二年は言い続けている気がする。


「今年に入って何回目?」

「んー……三回目かな。知ってる限り」

 知らないところでは一体何回浮気しているんだろう。今年に入って三回目って、今年に入ってまだ四ヵ月。ほぼ月一で浮気してるんじゃないか。

 千佳は彼の浮気に慣れっこで、彼が浮気してもぎゃあぎゃあ騒ぐは騒ぐけど、どこかけろっとしてる。付き合いだして三年。三年の間にあった数知らずの浮気により、彼女は浮気というものにショックを感じなくなってしまったらしい。

 かくいう私も、彼女に慣らされて、浮気というものが『あり得ないもの』では無くなってしまった。

『浮気』イコール『ああ、またか』程度の認識になってしまったのだ。


「今回はなんでわかったの?」

「車でデートしてたら、私の名前じゃない女の名前呼んだ」


 ……わかりやす過ぎ。どうして男ってこうもとんでもないミスを平気でしでかすのだろう。

「この前はなんでわかったんだっけ?」

「メールを削除してて、メールの受信数が減りまくってたから」

「その前は」

「お店の名前の着暦が異様に多かったから。店名で偽装してんのわかった」

「その前は」

「寝言」

「その前は」

「エッチが多くなった」

「その前は」

「ありえない位優しくなったから」


 なんて言うのかな。浮気するならすればいいじゃん。もちろん許すつもりはないけど。なんでばれるようなことをしちゃうのかなあ。

 隠し通してくれたほうがよっぽどいいんだけど。


「別れなよ」

 いつものお決まりのセリフ。三十過ぎてまだ浮気を繰り返す男は、おそらく現役である限り永遠に浮気し続けるだろう。十も歳の離れたそんな男に振り回されるのをやめれば、彼女ならもっといい男が捕まえられるはずなのだ。

「え〜」

 いつもと同じ、不服そうな顔。ああ、思いっきり捻じ曲がるくらいつねってやりたい。目を覚ませ! 世の中にはもっといい男がいるはずだ!


「なんで別れないの」

「だって、好きなんだもん」


 こりゃ、だめだ。恋は惚れた方が負けだというのは真実だ。『好き』という気持ちだけで、すべてが許されてしまう。

 本来なら見えるはずの『だめな部分』がきれいにフィルターにかけられ、見えるはずの真実は臭いものには蓋の原理で見えないところに追いやられる。

 それが恋というなら、なんて盲目。

 けれど、それこそが恋。


 携帯電話がブルブルと震えて、私は「ごめん。電話」と千佳に断り、電話に出た。電話の向こうでは『ぐしっぐす』と鼻をすする音が鳴っていた。

「もしもし?」

 画面に表示された『奈津美』の字。昔からの友人だ。鼻をすする音しか聞こえないから、切ってしまおうかと思ったら、奈津美の声が聞こえてきた。


『聞いてよお』

「なに? 今友達といるから……」

『すぐ切るから、ちょっとだけ聞いて』

 鼻をすする音はまだ聞こえる。もしかしなくても、泣いてる?


『彼氏が浮気してた』

「ああ、また……」

『え?』



 男は浮気する生き物なのか。しない男は本当にいるのだろうか。少女マンガのヒーローみたいに主人公に一途な、そんな男が実在するのだろうか。

 ……いないんだろうなぁ。

 現実は歳を追うごとに見えてくる。私はまだ見えないふりをしておこう。




「あんたは、浮気してないよね?」

 ある日、隣にいる彼氏に聞いたら。

 このやろう。

「す、するわけないだろ」

 声上ずってるうえに、冷や汗かきやがった。


 はあ。でも、好きなんだもん。信じるしかないよね。

 恋ってのはやっかい極まりない。

 私たちは『好き』という免罪符のもとに、今日も彼の浮気を許してゆくのだ。


この短編集は「くだらねえ」と思っていただけたら、それでいいのです(笑)

女の会話のくだらなさが、私は好きです。

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Sleeping on the holiday and sunny day.

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