↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

【短編】デキる女先輩がSMクラブに通っているらしい

作者: 越路 秋葉
掲載日:2026/10/15

「ねえ、知ってる? 佐々木先輩、SMクラブに通ってるんだって」


昼休み。隣の席の同期が、声を潜めてそう言った。


「……えっ?」


思わず聞き返してしまった。


佐々木先輩は、三十歳。仕事ができて面倒見もよく、後輩からの信頼も厚い女性だ。少し厳しいところはあるが、理不尽なことで怒る人ではない。


その先輩が、SMクラブ?


「誰から聞いたんだよ、それ」


「営業の田中さん。昨日、先輩がビルに入っていくのを見たんだって」


「どんなビル?」


「駅前の雑居ビル。看板にデカデカと『SMクラブ』って書いてあったらしいよ」


俺は箸を止めた。


……いや、待て。


先輩が、あのSMクラブに?


仕事ではあんなにしっかりしている人が、そんな趣味を持っているとは。


いや、人の趣味は自由だ。自由なのだが、どうにも想像がつかない。


その日の夕方。


俺は退勤する佐々木先輩を、少し離れて追いかけていた。


もちろん、本人に問いただす勇気などない。ただ、噂の真相が気になったのだ。


先輩は駅前の商店街を抜け、雑居ビルの前で足を止めた。


壁には、確かに大きな看板が掲げられていた。


SMクラブ


その下には、別の文字が並んでいる。


「ショートメールで、もっと楽しく!」


……ショートメール?


先輩はためらいもなく、ガラス扉を開けて中に入った。


俺も続いて入る。


「いらっしゃいませ!」


明るい声に迎えられた店内には、テーブルと椅子が並び、壁にはスマートフォンの画面を模したポスターが貼られていた。


そして、奥のテーブルで佐々木先輩が、数人の男女と楽しそうに話していた。


「あら、鈴木君?」


先輩が俺に気づき、手を振った。


「どうしたの? こんなところで」


「い、いえ……先輩こそ、ここで何を?」


「何って、SMクラブよ?」


先輩は不思議そうな顔をした。


「えっ、あの……SMクラブって……」


「ショートメールクラブ。知らない?」


先輩はテーブルの上に置かれたスマートフォンを指さした。


「ここでは、お題に沿ったショートメールを作って、みんなで見せ合うの。短い文章でどれだけ面白く伝えられるか、競い合うのよ」


「ショートメールを……?」


「そう。例えば、こんなお題」


先輩はホワイトボードを指さした。


『上司から「今どこ?」とメッセージが来た。絶対に怒られない返事を考えよ』


「なるほど……」


「制限は全角七十文字以内。長々と言い訳するのは禁止。短い言葉で相手を納得させるのが腕の見せどころなの」


先輩は自分のスマートフォンを取り出した。


「ちなみに、今日の私の作品はこれ」


画面には、こんな文章が表示されていた。


『現在、会社から徒歩三分の喫茶店です。コーヒーを飲んでいます。領収書はありません。まだ何も聞かれていませんが、先に謝っておきます。』


「……先輩、これって」


「前にうちの課長から、本当に『今どこ?』ってメッセージが来たときの話。あの人、私がどこにいても、なぜか仕事を頼むのよ」


周囲のメンバーがどっと笑った。


「佐々木さん、そういう実体験が強いんですよね!」


「いやいや、皆さんの作品だって面白いじゃないですか」


先輩は照れくさそうに笑った。


俺はようやく事情を理解した。


つまり、SMクラブとは、ショートメールを使って遊ぶクラブだったのだ。


「でも、どうしてこんな名前なんですか?」


俺が尋ねると、店主が奥から顔を出した。


「昔は携帯電話のショートメールが珍しかったでしょう? 短い文章で遊ぶ集まりを作ったとき、ショートメールの頭文字を取ってSMクラブと名付けたんです。今はSNSのメッセージ機能も使いますけどね」


「なるほど……」


「ただ、名前のせいで誤解されることも多くてね。看板を変えようかという話も出たんですが、常連さんたちが『この名前だから面白い』って言うものですから」


店主は苦笑した。


そのとき、先輩が俺の肩をぽんと叩いた。


「鈴木君も、せっかくだから参加していきなさいよ」


「えっ、俺もですか?」


「次のお題はこれ!」


ホワイトボードが書き換えられた。


『会社の先輩がSMクラブに通っているという噂を聞いた。本人に確認したら、予想外の答えが返ってきた』


……おい。


「制限時間は三分。七十文字以内ね」


先輩はにっこり笑った。


俺はスマートフォンを握りしめ、必死に文章を考え始めた。


結局、その日いちばんの拍手を浴びたのは、俺の作品だった。


『先輩に聞いたらショートメールクラブだった。安心したので、噂を流した奴に長文で説教しておいた。』


「鈴木君、最後の一文が七十文字の趣旨を台無しにしてる!」


先輩が笑いながらツッコむ。


店内は大爆笑だった。


その翌日。


会社の給湯室で、俺は同期に報告した。


「佐々木先輩のSMクラブ、全然そういう店じゃなかったぞ。ショートメールで遊ぶところだった」


同期は、ほっとしたようにうなずいた。


「なんだ、そうだったのか」


「お前も今度、行ってみるか?」


「いや、俺はいいよ」


「なんで?」


同期は真顔で答えた。


「俺、文章を書くのが苦手だから。SMはちょっと……」


……だから、その略し方は誤解を招くんだって。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。