第7話 わたしは、治す人
季節が境界の丘を駆け抜けるたびに、新しい風が吹き始める。
ヒルダはサミエルの墓の前に立ち、
両手で魔法書を抱きしめた。
土の匂い。
草の揺れる音。
どれも、あの日と変わらない。
ただ一つだけ違うのは──
ヒルダの胸の奥に、
サミエルの魔法が確かに息づいていること。
ヒルダは膝をつき、墓に手を置いた。
「……サミエル。
私は……あなたの意思を継ぐ」
声は震えていたが、迷いはなかった。
「魔族でも、人間でも……
倒れている誰かの前で、立ち止まる。
あなたがそうしたように」
風が吹き、草が揺れた。
まるで返事のように。
ヒルダは立ち上がり、
境界の向こう──人間領へと歩き出した。
足は震えていた。
喉は乾いていた。
恐怖は消えなかった。
(……それでも、行かなきゃ)
サミエルが歩いた道を、
今度は自分が歩く番だ。
村に入ると、
人間たちの視線が一斉にヒルダに向けられた。
恐怖。
警戒。
憎悪。
それでもヒルダは歩みを止めなかった。
広場の隅で、
血を流して倒れている人々がいた。
「……治すよ」
ヒルダが手をかざすと、
人々は悲鳴を上げて後ずさった。
「魔族だ……!
殺される……!」
「近づくな……!」
ヒルダは静かに言った。
「大丈夫。
私は……治すために来た」
光が溢れる。
サミエルの魔法。
あの温かい光。
裂けた皮膚が閉じ、
折れた骨が元に戻る。
人々は息を呑んだ。
「……痛くない……」
「なぜ魔族が……ありえない……」
ヒルダは微笑んだ。
「これは……人間のサミエルから継いだ魔法だから」
その名を口にした瞬間、
胸が熱くなった。
(……あなたの魔法は……ここでも届く)
治療を続けていると、
村人たちが何かを運んできた。
「兵士だ……!
この人も頼む……!」
担架に乗せられた兵士は、
ヒルダを見るなり叫んだ。
「なぜ魔族がここにいる……!
近づけば……殺す!」
その言葉は、
かつてヒルダ自身がサミエルに向けたものと同じだった。
ヒルダは静かに膝をついた。
「……大丈夫。
私はあなたを治したいだけ」
「嘘だ……!
魔族が人間を治すわけ……!」
ヒルダは手を伸ばし、
サミエルから教わった通りに魔力を流した。
光が溢れる。
兵士の傷が閉じていく。
兵士は震えた。
「……なんで……
なんで魔族が……俺を……」
ヒルダは微笑んだ。
「私が治したかったから。
それだけだよ」
その言葉は、
サミエルが初めてヒルダを治した時と同じだった。
胸の奥が熱くなる。
(……やっと……
やっとあなたに追いつけた気がする)
兵士は涙をこぼした。
「……ありがとう……」
ヒルダは空を見上げた。
境界の丘の方角。
サミエルの墓がある場所。
(サミエル……
私は……あなたの魔法を……
あなたの意思を……
ちゃんと継げたよ)
風が吹き、
ヒルダの髪を揺らした。
それはまるで、
サミエルがそっと背中を押してくれたようだった。




