第3話 あなたは、行ってしまった
サミエルとヒルダの旅は、
魔族の村々に小さな奇跡をもたらしていった。
サミエルの身体生成魔法は、
魔族にとって未知の技術だった。
切断された腕が繋がり、
深い傷が閉じ、
死にかけた子どもが息を吹き返す。
村人たちは最初こそ初めて見る奇跡に恐れを抱いたが、やがてサミエルの周りには
感謝の言葉と涙が集まるようになった。
ある村で、
角の折れた小さな魔族の少女が
サミエルのローブを掴んだ。
「おじさん……ありがとう……」
サミエルは少し困ったように笑った。
「おじさんはやめてくれ。
まだ四十にもなっていない」
「じゃあ……サミエル!」
少女は笑った。
その笑顔は、戦争の匂いを忘れさせるほど眩しかった。
ヒルダはその光景を見て、
胸が温かくなるのを感じた。
(……この人は、本当に“治すため”だけに生きている)
サミエルは誰に対しても平等だった。
魔族でも、子どもでも、老人でも……きっと人間でも。
ただ、必要とされているから治す。
ただ、それだけ。
夜になると、
ヒルダは焚き火のそばで魔法書を開いた。
サミエルは隣で静かに見守る。
「そこは違う。
魔力を流す方向が逆だ」
「こうか?」
「そうだ。
お前は素質がある。
魔族は魔力の質が高いから、
身体生成魔法との相性がいい」
ヒルダは驚いた。
「……魔族の方が向いているのか?」
「理論上はな。
ただ、文化がないだけだ」
文化。
その言葉がヒルダの胸に刺さった。
魔族には“治す”という文化がない。
だから死ぬ。
だから失う。
(……変えられるのか、私たちは)
ヒルダは魔法書を握りしめた。
しかし、光が広がるほど、
影もまた濃くなる。
ある村で治療を終えた後、
サミエルはふと呟いた。
「……怪我人が減らない」
「戦争中だからだろう」
「それにしては、傷の種類が偏っている。
焼け跡、矢傷、毒。
これは……村を狙っている攻撃だ」
ヒルダは息を呑んだ。
「人間が……魔族の村を?」
「おそらく。
軍ではなく……帝国の一部の勢力だろう」
サミエルの表情は、
いつも以上に暗かった。
「……俺が治した分だけ、
また誰かが傷ついている気がする」
ヒルダはサミエルの手を掴んだ。
「そんなことはない。
サミエルが救った命は……確かにここにある」
サミエルは目を閉じた。
「そうだといい」
その夜、
サミエルは焚き火の前で言った。
「……帝国に話してくる」
ヒルダは立ち上がった。
「駄目だ!
魔族を治しているお前は、人間にとって裏切り者だ!」
「分かっている。
だが、このままではいつまで経っても関係ない魔族が傷つく。
俺が行けば……少しは止まるかもしれない」
「そんな保証はない!」
「保証なんて、最初からない。
治療だってそうだ。
助かるかどうかは、いつも賭けだ」
ヒルダは震えた。
「……殺されるぞ」
「構わない。
俺はもう、家族を失っている。
残っているのは……治すという行為だけだ」
ヒルダは涙をこらえた。
「……私と一緒に魔王様に会おう。
サミエルを魔族の一員にできるよう、私が進言する。
魔族なら……サミエルを守れる!サミエルを必要としている!」
サミエルは静かに首を振った。
「ありがとう。
だが、俺は人間だ。
人間の問題は、人間が向き合わなければならない」
ヒルダは叫んだ。
「行かないで……!」
ヒルダはサミエルの腕を掴む。
サミエルは手をヒルダの手に重ねて微笑んだ。
その笑顔は、どこか寂しかった。
「ヒルダ。
お前は強い。
俺がいなくても……これから多くの者を救える」
そして、
サミエルは旅立った。
ヒルダは追いかけられなかった。
足が震えて動かなかった。
焚き火の火が消えるまで、
ヒルダはただ、
サミエルの背中が消えた方向を見つめていた。




