"预后"
項の匂いが、甘ったるく僕の鼻孔を苛めようとする
視線を、何処に向ければ良いのか解らなかった
夕飯後に家族で居間で過ごす際、胡坐した僕の上に弟が座るのはいつもの事だった
「いつも」と違う事があるとすれば、それは昨夜の………
『何故、平気で居られるのだろう』と思った
僕に腰掛けた弟は、必然的に僕に後頭部を向けている為、表情が伺い知れない
それでも合わさった自分の躰と弟の背中から、弟の心拍数が上がって居ない事は簡単に解った
逆に、僕の心臓が早鐘の様に暴れて、一向に落ち着いてくれようとしない事は『弟には手に取るように解って居る筈だ』
頭がおかしくなりそうだった
こうして居ても、昨夜の弟の姿が、いま眼の前に在るみたいに幾度も蘇ってしまう
僕の下で、一度も視た事が無いような蕩けた顔を視せて、一度も聞いた事が無いような声で乱れて居た
僕があまりに強く弟の両手首を握り締めたせいで、まだ彼の躰には痕が残って居る
噛み痕だってそうだ
それなのに、隠そうともして居ない
父さんや母さんに聞かれたら、どう答えるつもりなのだろう
弟は学校とか友達とかネットとかの、どうでも良い話を母と繰り返しては、いつもみたいに笑って居る
心の中では、何を思って居るのだろう
どうして、こんな風に振る舞えるのだろう
僕はきっと、いまここに両親が居なかったら、弟を昨夜みたいに───いや、止めよう
今は少しでも落ち着きたかった
例えば、トイレにでも行こう
何か仕切り直しが必要だ
ここままじゃ僕はおかしくなる
弟を押し退けて立ち上がる
大丈夫、別にいつもの行動の範疇だ
おかしくない
誰も怪しまない
居間を出ようとすると、弟が駆け寄って僕の背中を抱いた
「お兄ちゃん、お風呂入ろう!」
叫び出してしまいそうだったが、堪えた
呼吸を整えてから、「入らねえよ」とだけ答える
突然、父が「二人で入れよ」「面倒くせえ」と割り込んできた
言われてみれば、いつの間にか時刻的に『そろそろ僕たちが風呂を済ませないと、両親が苛立ち始める位のタイミング』に時計の針が動いてしまって居た
僕は「解ったよ……」と答えると、困惑しながら居間を後にした
我が家の浴室は洗面所に面して居て、服を脱ぐのは必然的にそこになる
ズボンの中を視せたくない
ズボンの中を視せたくない
ズボンの中を視せたくない………
急に弟が洗面所に入って来る
真正面から駆け寄って来た
そして弟は、僕のズボンを無理矢理に下げた




