【第七話】青春、資源回収。
「…お邪魔しまーす…。」
賢治がなぜか少し緊張した様子で部屋に入っていく。
──お昼を軽く食べてから、久しぶりの東京の私の家に着いた。生ゴミなどは処分して、軽く掃除しておいたので変な匂いなどはしない。
今日モノをまとめて片付けたり売ったりして、明日『新春シンポジウム』に参加して、明後日電気ガス水道を止めて青森に帰る予定だ。
「はい、どうぞ。座って、今お茶入れるね。」
賢治を案内した丸いちゃぶ台の上にはちょっとだけ埃の被った『東京カレンダー』が置いてあった。
「っぷ。何これ。日菜子こんなん読んでんの?」
「…もう! いいじゃん!憧れてたの!…でもなんか。こうやって見ると不思議と今はそんなにときめかねぇな…。
前はさ、港区男子と銀座で寿司食べたいとか本気で思ってたけど。
──今は爺ちゃんの旅館の単価が2万3000円に上がったことの方が何倍も嬉しい。
きっと港区男子にお金を出して貰って食べるお寿司より、給料が上がって自分で食べるお寿司の方が美味しく感じる気がする。」
すると、賢治がなんだか優しい顔をした。
「…まあ、あれでねぇか? それってきっと日菜子が成長したんだと思う。
確かにこういう気取ってる格好も似合うかもしんねぇけどよ。でも今の女将やってるお前の方が、なんかちゃんとカッコいい。」
私は今入れたばかりのちびちび紅茶を飲みながら『東京カレンダー』見る。
すると、表紙に映ってる美人なお姉さんと目が合う。ちょっとカールした髪にバッチリメイクして、お酒を飲みながら背中がガバッと開いたワンピースを着ている。
「…でも、男の人ってこういう女の人好きでねぇの?」
「うーん、まあ美人だと思うけど…。俺は付き合いてぇとかは思わないかな。俺はもっと素朴で可愛い感じの子が好きだし…。」
そう言って何故かちらちらこっちを見てくる。
「…まあ、アレだね。青春ってことで一冊だけ持って帰って、あとは資源回収に出そうかな。
さてと、飲み終わったら片付けようかな。」
(──さようなら、私の青春。)
私が本棚の東京カレンダーを『資源回収!』と書いた付箋を貼ってスズランテープでまとめようとしているも、賢治が神妙な顔でこんなことを言い出した。
「それ、捨てるんなら一冊くれ。」
「は?何、賢治港区男子目指すの?」
思わず笑いそうになっていると賢治が仏頂面した。
「違う。敵情視察だ。」
◇◇
「──何にもなくなっちゃった。」
夕方5時半。青森の実家に送るモノを二人でスーパーで貰った段ボールにつめて郵便局に集荷してもらった。残りは捨てたりリサイクルショップの人に査定して貰って引き取られていった。
一人暮らしだったので思ったより早く終わってしまった。
空っぽになった部屋を見てると、なんだか胸に込み上げてくるものがある。
初めて一人暮らしして、自炊を始めたけどお味噌汁が味噌を入れすぎてしょっぱかったこと。
ホームシックになって、母ちゃんに電話しまくったこと。
同じゼミの友達と鍋パーティーしたこと。
彼氏が出来て、初めてそういう雰囲気になりかけた時に彼氏のスマホに表示されたメッセージで、サークルの友達と二股かけてたのがわかったこと。
サークル内で1番イケメンの先輩だったが、気まずくなってサークルをやめてしまったこと。
(あの日、そういえば泣きながら、丸めた東京カレンダーでバシバシ叩いて先輩のこと追い出したんだっけ。…先輩のボクサーパンツ、何故かスパイダーマン柄だった。)
クラスで1番仲のいいチハルと、遅くまで梅酒を飲みながら恋バナしたこと。
(…青春だったな。)
感慨に耽っていると、賢治に声をかけられた。
「…終わったか?」
「うん。ちょっと待って。部屋の写真だけ記念に撮っとく。」
そう言って最後にお世話になった部屋をスマホで撮った。
「そんじゃ行くか。」
「うん!!」
二人でコートを着込むと、ガラガラとトランクを引いて予約したビジネスホテルに向かう。
元々部屋のモノを空にする予定だったので、自分の家に泊まるのは厳しいと判断したからだ。
エントランスに入ると、受付の人が忙しなくチェックイン作業をしていた。
「──こちらを御記入下さい。」
そう言われて宿泊者名簿に記入する。ちなみにこの作業は旅館業法で定められているのでマストである。
「…枕は三種類から選べます。アメニティや部屋着はフロント前のものを必要に応じてお持ちください。
こちらが朝食券です。大浴場は十階にございます。
良かったらそこのレストラン会場でウェルカムドリンクが飲めますのでお楽しみ下さい。」
頷いてからレストラン会場に向かう。するとそこにはテーブルの上には様々なお酒が置いてあり、なんとドリンクバーまで飲めるようになっていた。
(…ビジネスでこのレベルのおもてなししてるの?全然値段も安いのに。)
そう思って驚いてしまう。
賢治が嬉しそうにコーラを飲んでいる横で、私は複雑な気分でスプラウトをちびちび飲んだ。
「じゃ、部屋に荷物置いたら集合な。飯食いに行こうぜ。
明日『新春シンポジウム』だから、早めに寝とこう。」
そう言われて私は頷いた。
──賢治とは同じ階で、向かいの部屋だった。
カードキーで部屋に入ると、ガラガラとトランクを引いて中に入る。
すると、空気清浄機がブウウウンと動いているのが聞こえた。
(…これ、最新のやつだ。)
私はベッドにドサっと倒れ込むと天井を見上げた。
東京で平日で一部屋一人一泊10500円で、青森駅近くの同じグループのホテルは確か7000円くらいだった。
(──お客さんは正直、うちの宿とこのホテル、客観的に見てどっちに泊まりたいと思うべかな。)
もちろん、『湯宿 のんびりや』は温泉旅館だしビジネスのお客さんは圧倒的に少ない。
二食ついて温泉も楽しめるが、コスパを考えるとファミリー層の人は果たしてどちらを選ぶのだろうか。
朝食だけつけてビジネスホテルに泊まって、温泉は日帰りで入って夜は外食した方が…とは思わないだろうか。
──料理長の松本さんの料理は美味しい。
でもそれを知らない人の方が多い。設備も正直古い。
そもそも『のんびりや』の強みって何なんだろう。
(なんか、他所の施設さんに泊まったら、『のんびりや』の駄目なところ、急に見えてきちゃったべな。
うちも、ウェルカムドリンクとかやった方がいいべかな。)
そんな事を思ってたら、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「──日菜子。飯食いに行くぞ。」
そう言われて私は慌てて飛び上がった。
◇◇
「…なるほどねぇ。今日のホテルはビジネスホテルだし、全然ジャンルも違うはんで、なんとも言えないけれど。」
言いながら賢治は焼き鳥を頬張った。
「さっきのホテルさ。無料のウェルカムドリンクついて枕も選べて朝食付いて。
あれで東京で一万ちょいって凄くない?」
「…まあ企業努力だべな。チェーンだから出来てるのかもしれないし。」
私はお通しの切り干し大根を飲み込む。
「うちの旅館も何か一個、ここに泊まりたいっていうウリを作らねぇとダメだなって思った。」
「…そうだな。まあそればっかりは試行錯誤するしかないべよ。」
そう言って、賢治がビールを流し込んだ。
「ねえ、賢治。二食付一部屋今二万だけど、どう思う?本当はもっと単価を上げたいんだよね。
…厳しいかな?」
私が見つめると、何故か少し赤い顔で視線を逸らされた。
「──っ、いや、でも部屋…、だろ?
一部屋に泊まるのが二人なら一人一万だし。むしろ二食付で温泉込みなら今十分安いと思うけど。」
(確かに…。)
「でも建物自体は古いし。Wi-Fiはかろうじてあるけども。」
「うーん、まあそこら辺も、明日何かヒントがあるんじゃね?」
結局私達は一時間程店に滞在した後、それぞれの部屋に戻って明日に備えることになった。
明日は『ステイリンク新春シンポジウム』。
私は明日世界がちょっとでも広がる事を願いながら眠りについた。




