【第十六話】都会のイケメン、距離感バグってませんか?
「ふぁああっ、わった立派なオフィスですねぇ…。
都会の匂いがぷんぷんします…」
ガラス張りのエレベーターを上がりながら私は小さくなっていく東京の風景を見つめて感嘆の溜息を吐く。
「っふ、なんですか。それ。でも、社長がオフィスのデザインには力を入れたみたいで有名な建築デザイナーさんが携わってくれたらしいです。
──あ、着きました。どうぞ」
そう言って桐谷さんがエレベーターのドアを開けてくれたので17階に降り立つ。
「わあ!なんか、可愛い机が沢山ありますね。」
カラフルで可愛いデザインのポップな椅子や机にワクワクしてしまう。
「パントンチェアっていうらしいです。社内の簡易的な会議や打ち合わせが出来るようになっていて。
──あ、この奥の会議室になっています。
河南さん、緑茶とミネラルウォーターどちらがいいですか?」
会議室前の棚には緑茶とミネラルウォーターが大量に置いてあった。
「あ、じゃあ緑茶がいいです。よろしくお願いしまーす…」
私は田舎者丸出しでキョロキョロしながら、椅子に座る。
「では、まず今月の数字の振り返りをしましょうか。お部屋の単価って今二名でどれくらいになりました?」
「そうですね。22000円になりました」
私がそう言うと、驚いた顔で桐谷さんが顔を上げる。
「…え?この前8000円でしたよね?」
「はい。リアルエージェントさんとの契約が切れたので」
私がそう言うと、目を丸くした。
「本当にそれで全部やめたホテルさんや旅館さんは初めてです」
「まあ、大きい会社さんなら厳しいと思いますけど。うちは18室しかねぇですし。家族経営ですから。まあ、あとはOTAの担当さんに言われたことを頑張ってやるだけです」
すると、桐谷さんは何故か固まったあと、ふっと笑った。
(わ、イケメンスマイル!絶対今の顔、ファッション雑誌の表紙いけただよ!)
「…そうですか。河南さんはまだ担当になられてから二ヶ月ですよね? 二ヶ月で単価を二倍以上に引き上げることはなかなか出来ることではありません」
そう言われて思わず嬉しくなってしまう。
「…へへっ。そうですか。嬉しいです」
ニマニマしてると、桐谷さんが笑いながらこんな事を言い出した。
「──河南さんって、可愛らしい方なんですね」
その言葉に思わず顔をあげてしまう。
(…え)
不覚にも仕事中なのに心臓が跳ね、ジワジワと顔に熱が溜まっていく。
そんな私に気づかないような感じで、桐谷さんは淡々と続ける。
「ところで、稼働率は今どれくらいですか?」
「…は、はい!82%だったと思います」
すると、桐谷さんは嬉しそうに笑った。
「すごいっ!たった二ヶ月で稼働率まで12%も上がったなんて。これは誇りに思っていい事です」
(う…。こんなにカッコイイ人に、仕事とはいえ二人っきりの部屋でこんなに褒められたら、嬉しくならねぇ人なんていないんだべな…)
桐谷さんはあくまでも仕事で褒めてくれているとわかっているのにドキドキしてしまう。
「…ありがとうございます。これからデイユースも取っていきたいんですけどね」
「是非プランを登録しましょう。ランチで今ウリにしているホタテ丼の写真を入れて、ホタテ丼とスイーツ、それに温泉がセットの日帰りプランはいかがでしょうか。部屋の利用なしで一人3500円、利用ありで人数を四人以上にして二時間四人で二万円ほどが妥当かもしれませんね。
…ただ、宿のオペレーションに影響があるかもしれないので、まずはお部屋なしプランや室数を限定にして出すのがいいかもしれません」
(一泊うちに試泊しただけなのに、こんなに具体的に提案が出てくるのは凄いべな…。見習わねぇと)
そんな事を思いながら頷く。
「わかりました。今の稼働率なら一日二部屋くらいなら出せると思います。青森帰って爺ちゃんに相談してみますね」
「はい、是非登録してみて下さい。あとは気になる事などありますか…?」
そう言われて悩んでしまう。
「…あ!そうだ! インバウンドってとった方がいいと思います?」
「そうですね。国内だけで今の所8割稼働しているなら無理に積極的には取らなくてもいいかと思います。うちと楽天さんにはお部屋出しして頂いているという話ですし。
国内のお客様に、国籍によってはインバウンド客が敬遠されがちだったり、客層がガラッと変わってしまう可能性もあるんです。
『のんびりや』さんの場合、お部屋数も少ないですし。」
その言葉に私は思わず納得してしまう。
「…なるほど。確かにそういう場合もありそうですね。」
「まあ、箱根などの高級旅館や、東京の五つ星ホテルで一人当たりの客単価を十万円以上を目指しているホテルが敢えてインバウンドを集客している場合もあるんですけどね。
あとは富士河口湖あたりのホテルさんもインバウンドに力を入れている所が多いです。」
(なるほどなぁ…。地域によっても客層が違ってくるんだべか。)
そういえば、青森の他のホテルさんは具体的にどれくらいの割合でインバウンドを集客しているのか知らないことに気づいてしまった。
「…青森って、どうなんですか? 十和田湖のホテルさんはブッキングドットコムさんだけやってるって言ってましたけど。」
「そうですねぇ…。ホテルさんによると思いますよ? 部屋数が多いと稼働自体を埋めるために必死で色んなサイトから取ろうと考えるホテルさんもいらっしゃるでしょうし。逆に部屋数が少なくなればなるほど、客層を気にされるホテルさんや旅館さんも多くなってきますね。」
(あー…そうだよなぁ。まあ、じゃあうちは無理して取ることねぇかな…)
なんとなく自分の中で折り合いをつけた私は桐谷さんの言葉に頷いた。
「そうですね。じゃあ、とりあえずこのままでいきます。」
「はい。他には何か気になることってありましたか?」
そういえば、『青森みやびホテル』の工藤さんと川中さんが、『ポイントわくわく旅キャンペーン』への参画を凄く勧めていた気がする。
「『ポイントわくわく旅キャンペーン』ってどうなんですか? 確かトップにバナーが表示されていますよね」
その言葉に桐谷さんが頷く。
「ええ。割と費用対効果は高い広告ですね。月一万円から二万円でお手頃に購入できますし。客層は弊社のポイントを重点的に集めているヘビーユーザーの方が多いですかね。」
「なるほど。ステイリンクさんってクレジットカードとかもありますもんね。航空会社とも提携してたりしますし。」
(…となると、割とビジネスの人が多いのかな。でも、主婦でポイント集めている人もいるしどうなんだべ。)
「…そうですか。ちょっと爺ちゃんにも相談して検討してみますね。…こんなもんですかね」
「かしこまりました。是非『わく旅』についてもご検討宜しくお願いします。──それではいきましょうか」
桐谷さんは国宝級スマイルを浮かべた。
(はぁあ…、わった幸せな時間だったなぁ)
私は席を立ちながら感慨に耽っていた。
「そういえば、河南さんってこのあと時間あります?良かったらこの後一緒にランチでもどうですか?」
(えっ、え、桐谷さんと一緒にランチまで食べられるの?! そんなに幸せなことがあっていいの?)
そんな事を思いつつ、私はブンブン首を縦に振った。
「ぜ、是非! 私ステイリンクさんのカフェテリアって、すっごく気になってたんです。この前テレビで特集を見て…。」
「あ、あれですか。僕達にもメールが流れてきていました。二つ食堂があるんですけど、ブッフェ形式の食堂の方でいいですか?」
私は憧れの桐谷さんとの食事に胸をときめかせてしまった。




