【第十五話】遠山金太郎の正体。
「そうですか、そうですかー。
──河南さんも遂にノーショーの洗礼に遭いましたか。」
そう言って工藤さんがニコニコしている。
「…はい。いつも周りが優しい人ばっかりだったので、何だかびっくりしてしまって。
勿論宿は提供する側ですけど。やっぱりお客さまとの信頼関係の上で成り立っている仕事なんだなって…。」
私が答えると佐藤さんがうんうん頷く。
「──その通りですよね。うちの宿もこの前ノーショーに遭いました。違うOTAですけどね。
他の宿も言ってたんですけど、繁忙期に個人旅行手配のインバウンド系の業者がテキトーに偽名を使って色んな宿に部屋だけ確保していたみたいで。」
(──え?偽名…?と、遠山金太郎…。)
その言葉に思わずぎょっとしてしまう。
だが、ノーショーとはいえお客様の個人情報なので流石に具体的に名前を出すのはまずい。
「あ、それ私も聞きましたっ!最近何故かその人時代劇系の名前にハマってアカウント停止される度に違う名前で予約してるみたいですね。」
(…時代劇系?)
「…わんつか、待ってください。多分ウチの宿のノーショー、その人です。」
「えー、今回何て名前でした?
うちにノーショーした人なんて一人で三つ名前持ってた人いました。
もう調べてもらって偽名って判明したので言っちゃいますけど──
豊臣花子とか、安倍川 餅男、それに遠山金太郎。
ちょっと笑えるのが逆に腹立ちますよね。」
佐藤さんの言葉に私は目を見開く。
隣で賢治は『安倍川 餅男』で吹き出しそうになったがぷるぷる震えながら堪えている。
「…っ!!遠山金太郎ですっ!やっぱりっ!ひどい、本物の遠山の金さんに謝れって思いますっ!
大間のマグロの入った一番高いコースだったんですよっ!」
すると、工藤さんが牡蠣を殻から剥がしながら溜息を吐いた。
「いやー…食事付きだとかなり痛いですよね。
青森の某ホテルさんは20人で予約されてノーショーされたらしいですよ。」
「えっ、団体ですか?」
その言葉に佐藤さんが頷く。
「徳山家康って名前だったらしいんですけど、調べたら団体ツアー組むためにOTAで仮押さえしてる業者だったみたいで。
──遠山金太郎と同じツアー会社じゃないかって言われてます。家康の名前の方はアカウント停止されたみたいですけど。」
「うわぁああ…。」
私が青くなっていると、工藤さんが真剣な顔をした。
「河南さん。もう絶対事前カード決済にした方がいいですよ。今時現金で払う人も少ないですし。
そして、キャンセル規定をちゃんと設けた方がいいです。一週間前からキャンセル料20%かかるようにするとか。」
すると、佐藤さんがウンウン頷いた。
「うちもオーナーの意向で現地払いのプラン作ってたんですけど、豊臣花子の件でさすがに事前決済にしましたよ。さすがに懲りたみたいですね。」
「悲しいですけど自分達でそういう人から守るようにしていかないと、時々とんでもないことする人いますからね。」
川中さんの言葉に賢治がボソリと呟いた。
「…全部カード決済にしといた方がいいかもしんねぇな。」
その言葉に私は思わず深く頷いてしまった。
──帰り道。
私はほろ酔い気分でなんだか楽しくなりながら白い息を吐き出す。
「…飲み会、来て良かった!ていうか、賢治。正確には宿の人でないのに来てくれて、どうもね。」
私の言葉に賢治が首を振る。
「全然。俺も面白かったし。安倍川餅男にちょっと吹きそうになった…。」
そう言ってニヤニヤしている。
「…ねえ、賢治。でも、せっかくの休みなのに私と飲み会きてて良かったの?」
「──ん?どういう意味?」
私が尋ねると訝しげな顔で賢治が見つめてくる。
「いや、今いい感じの子とか彼女とかいないの?付き合わせちゃってる私も私だけどさ。」
その言葉に何故か賢治が『はぁー。』と溜息を吐く。
「な、何?!」
「いや、本当鈍いなと思って。とりあえず心配しなくて大丈夫だから。」
(??まだ彼女とかは作らんで独身を謳歌したいって事かな?…ま、いっか。)
◇◇
「桐谷さん。うちの宿、この前ノーショーにあったんですよっ!しかも施設さん達の中で有名な人だったみたいで。
個人旅行を手配している業者でねぇかって言われてるみたいなんですけど。」
休みが明けた日に私はいち早く現地決済のプランを削除して事前カード決済のプランだけにした。
爺ちゃんも了承済みだ。
キャンセル規定を他の宿を見ながら少し厳しくさせて貰った。
そして、キャンペーンの案内で電話をくれた桐谷さんにいち早くその事を報告した。
『…まさか時代劇系の名前ですか?』
その言葉に私は電話だというのに思わずブンブン頷いてしまった。
「そうっ、そうなんですっ!遠山金太郎でした!!」
『あー…、まさかのんびりやさんまで被害に遭われるとは…。すみません。入違いでうちでもそのアカウント停止させて貰ったんですが…。最近増えてます。』
そう言って桐谷さんが溜息を吐いた。
「まあこの出来事がきっかけで、うちもプランを事前カード決済だけに見直したりキャンセル規定を見直したりしました。
こういう悪徳業者だけじゃなくて、普通のお客さんでもノーショーする人とかもいるかもしれないですし。」
『そうですか。その方がいいかもしれませんね。』
私は桐谷さんとの電話を切るとフゥッと息を吐いた。
こうして『遠山金太郎事件』は幕を閉じた。
◇◇
「爺ちゃん、婆ちゃん!んだば、行って来ますー!」
それから、あっという間に二ヶ月が経った。
──明日は私の大学の卒業式だ。今日から爺ちゃんには3日休みをもらって東京に向かう。
せっかくなので、今日はステイリンクさんの本社の桐谷さんに挨拶に伺い、明日卒業式を迎える予定だ。
あれから『のんびりや』は、サイトコントローラーも入れ、ステイリンクさん以外には国内の『じゃらん』『楽天トラベル』『一休』などの大きなサイト、それに高年齢層を狙った『ゆこゆこ』などでお部屋の販売を始めた。
インバウンド集客向けの海外サイトにはまだ手を出していないが、ステイリンクさんや楽天さんがインバウンド向けにお部屋出し出来るのでとりあえずそこから始めることにした。
行政にも改装費用やシステム導入の為の補助金の申請をしたし、あとは抽選で受かるのを祈るばかりである。
(そういえば、ステイリンクさんの本社に行くのって初めてだな)
この前テレビの素敵なオフィス特集で、『YAHOO!』と『ステイリンク』の社屋が取材されていた。
とてもお洒落なデザインのオフィスでカフェテリアが広く、取引業者も社食を利用出来るとのことなので地味に楽しみだった。
(いいよって言われたら写真撮って帰ろうっと。賢治に自慢すんだ)
そんな事を思いながら東京駅に降り立ち、電車に乗り、ステイリンクの社屋の最寄駅で降りる。
Googleマップを見ながらガラガラとトランクを引いて、ステイリンクさんの本社へと向かう。
その社屋は何十階建てかわからないほど大きく、周りはスーツを着た『東京カレンダー』に出ていそうな人達が大勢闊歩している。
見上げると、エントランスに『STAY LINK』というロゴがデカデカと掲げられていた。
「…で、でっけえ!!」
思わず声を上げてしまう。
(は!驚いてる場合じゃねえべなっ)
私は慌ててエントランスを潜ると受付の綺麗なお姉さんに、桐谷さんと約束していた事を伝える。
「はい、ホテル・旅館事業部の桐谷ですね。少々お待ちください。」
そう言われてドキドキしながら待つ。
(…はぁあ…。中も立派だべ。)
レモンっぽい爽やかな匂いのハーブの匂いもするし、よくわからない観葉植物がおしゃれに並んでいる。
木のベンチにはイケイケな感じの社員さんや取引相手が談笑していた。
ソワソワしながら待っていると、後ろからトントンっと肩を叩かれた。
「──っ!!」
びっくりして振り向くとそこには国宝級イケメンが立っていた。
「河南さん。お待たせしました。行きましょう」
こうして初めて私はステイリンク本社に足を踏み入れる事となった。




